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華々しい演奏会の雰囲気に粗ぐわぬ陰湿なオーラを放ちながら、その人物は目の前を立ち塞いだ僕をまじまじと見据えていました。今までに感じたことのない気迫が、彼を只者ではないと物語っていますねぇ。
奴ら特有のマークなど見なくとも分かります。……恐らく彼こそが、五音衆最強の刺客でしょう。
「初めまして、宮さん。僕のことは言わずともご存知ですよねぇ?」
「へぇ、こちらのこともお見通しというわけか。流石、国守護楽団の副長を務めた男だな……武蔵」
「お褒めに預かり光栄です」
前髪に隠されていない左目が鋭く僕を捉え、全身を武者震いが走り抜けました。
想像より若い、細身の優男です。妖艶でクールな雰囲気は僕とキャラが被っているように思いますが、顎髭があるところは嗜好が違いますね。……あの狐目の裏に、どんな冷酷さを秘めているのやら。決して油断のできない相手です。
「しかし意外ですねぇ。僕はてっきり君たちが会場を襲撃すると思って、警戒していたのですが」
「あぁ。そのつもりだったが、偵察から君がいると報告があってね。折角だから挨拶のひとつでもしてやろうと、予定を変更したまでだよ」
楽しそうにそう話す宮の姿に、僕は納得して深い溜息を吐きました。
……そう。僕は端から会場の人たちを守るために、今日はここへやって来たのです。
メストは音楽の強大なパワーを手に入れようとしています。だから今日のように大きな演奏会は、そのパワーを奪うのに絶好の機会なはずです。
いつもなら和泉ちゃんや日向君たちにも警戒するよう忠告しますが、今回はそれもわざとしていません。折角の彼らの晴れ舞台を、台無しにはしたくないので。外部を気にしていては良い演奏もできませんしねぇ。
最悪は越後君や純君の力も借りれば良いと思って連れてきましたが、必要なさそうですね。どうやら彼は僕と遊びたいようです。
演奏会は今頃『スラヴ行進曲』が始まったくらいでしょうか。
ならばこちらもあの曲のように、緊迫の序章を奏でようではありませんか。
「変化!」
手にしていたトランペットを掲げ、両刃斧へと姿を変えて構える。僕の動きに合わせるように宮も重心を低くし、彼の愛刀であろう日本刀を抜刀し、構えた。
周りの一般人は「映画の撮影?」とでも言いたげに、不思議そうな表情を浮かべて我々の様子を伺っている。彼らまで巻き込まないよう細心の注意は払わねば。幸い、宮にもそのつもりはないでしょうし。――奴らの〝ブリッランテ以外は殺さない〟というルールが未だ生きていれば、の話ですが。
しばしの沈黙の中、互いの動きに集中し合う。
そしてどちらからともなく大きく息を吸うと、一気に間合いを縮めてその刃を重ね合わせた。
――軽い。彼の攻撃は刀の峰で小突く漣のようなもの。奴にとっては所詮まだ〝遊び〟ということでしょうか。しかし動きは俊敏で、目で追うのがやっとのくらい。滑らかな足運びには無駄な動きなど一切ない。
マントを羽織った状態でこの身軽さ。対してこちらはただでさえ重量のある斧を扱っているのですから、厄介な戦いになりそうですねぇ。
「どうしたんだい。その武器では私の動きについてくるのがやっとかな?」
嘲笑する宮。警戒した割りに大したことない、とでも思われたのでしょうか。
よく言います。自分だって本気の5割も出していないでしょうに、これが僕の本気だとでも?
僅かに下がった眼鏡をたくし上げ、宮を見上げる。
「そう慌てないでくださいよ、まだ始まったばかりじゃありませんか。随分せっかちさんですね」
「……フン、格好つけめ」
不快そうに顔を顰めた宮はポンと軽く片足で蹴り上がると、体ごと旋回させた強烈な刺突を繰り出してきた。空を裂く甲高い金属音と共に斧で受け止め、弾き返す。
しかし舞い上がったマントが下りきる前に次の一撃。風を切る音が耳元を掠める。体を仰け反らせてそれを避け、こちらも奴の体勢を崩すべく足技を加えた。瞬間、高く飛び上がりバック転で後退する宮。
怯むことなく濡羽色の残像を追った。助走の勢いを斧に乗せ、会心の斬撃を振り下ろす。だがその先に宮の姿はなく、自分の足元へ浮かぶ影に気づくと、間一髪で頭上から降り掛かってきた奴の刃を回避した。その刹那、ほんの少しだけ身体に捻りを加え、宮の背中に踵蹴りを炸裂する。
この間、いつの間にか僕たちの周りにできていた一般人の野次馬からは「おぉ~っ」という歓声が上がり、中にはスマホで撮影をする者もいた。どうやら本気でアクション映画の撮影だと思っているようで。……カメラの姿、どこにもないんですけどねぇ。
「おぉっと!」
「……チッ」
余裕の笑みを浮かべた宮に蹴りはまたしても避けられ、柄にもなく舌打ちした。やはり彼のスピードは遥かに僕よりも上手のようです。
「遠慮するな、武蔵よ。今の貴様のスピードでは私にはついてこれん。あの妙な術を使え、でなければ面白くないね」
妙な術……? あぁ、心体増強のことですか。
まるで一時休戦とでも言わんばかりに、我々は一度間合いを取り会話を交わした。
「嫌な人ですねぇ、あの術の特性だってきっとご存知でしょうに。5分経って動けなくなった僕を、ゆっくりと殺すつもりですか?」
「見くびるな。言ったはずだ、今日は〝挨拶〟だと。ただお前と対峙するのに、何も手土産がなければ我らの主も納得なさらぬのでな」
なるほど。こちらの手の内を知ることが主への土産代わりというわけですか。
何かちょっとズルイ気もしますが、まぁいいでしょう。……丁度、こちらも試験材料が欲しかったところですし。
僕は今朝から右腕へ忍ばせているあるモノに、そっと左手を重ねた。これはまだ試作段階で、上手く機能するかも定かではありませんが、元より自ら試験体になる予定でしたので問題ありません。
舞台ではそろそろ『新世界より』が始まりますし、我々も本格化と参りましょう。
「仕方ありません、折角ですのでリクエストにお答えしますよ」
「……ほぉ? やけに素直だな」
意外、と瞳の奥を鋭く光らせる宮に微笑み返すと、顔にかかる前髪を掻き上げて斧を右肩に担ぐ。
さーて、どうなることやら。――僕も楽しみです。
「心体増強、4段増……ッ!」




