表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国守護楽団 Brillante  作者: 貴良 一葉
第13曲 attacca ―接近―
PR
134/137

13-6

 楽屋へ戻り急いでおにぎりを頬張った私は、喉に詰まらせかけて焦っていた。

 幸い、近くにいた楽団の先輩に背中を擦ってもらい、大事には至らなかったけど。


 お茶で一服する間もなく、レースとシフォンの黒いワンピースに着替える。軽くお化粧もしてドレスアップすれば、心地よい緊張感で身が引き締まるから不思議だ。

 楽屋を出ると丁度日向君たちも準備を終えたようで、扉の前でバッタリ会った。タキシード姿でクールに決め込んだ三人は、いつもの倍以上にキラキラとして見え、何だか急に顔が熱く感じた。やっぱりオーケストラの演奏会と野外ステージでは、身なりの格も違うよね。


 ――このイケメン三人組に囲まれて演奏する、私の身にもなってほしいのですが。


「ににに似合ってるねっ、和泉。じゃ、じゃあ行こうかッ!」


 視線に困っていると、普段と違い前髪をオールバックにした安芸君の声に、恐る恐る顔を上げた。

 すると何故か彼の視線も泳いでいて、心なしか頬が赤いように見える。そんな安芸君の様子を見た日向君が、慌てたように彼と肩を組んで絡み始めた。


「バ、バーカ! 緊張してんじゃねぇぞ、安芸」

「バ……!? き、君だって同じだろッ日向!」

「ッはァ!? ふっざけんな、俺のどこがっ!?」


 二人とも完全に声が裏がっている。

 緊張……? あそっか、流石に本番前だもん。彼らだって緊張するよね。


 納得した私は照れも何処へやら、二人の肩に手を置くと、先輩風を吹かせて「皆なら大丈夫!」と声をかけた。すると二人はポカンとした表情を浮かべ、小さく溜息を吐いた後に苦笑した。……と。


「――ッ!?」

「ッ、イッテ!!」


 急に悲鳴を上げる二人。

 振り返った彼らの視線の先にいたのは、大層な呆れ顔を浮かべた近江君だった。どうやら二人は彼に後頭部を思いっきり叩かれたようで。


((惚))けてる場合か、遅れるぞ」


 彼の言うとおり他の皆はすっかり舞台袖へと向かい、気づけば周りには誰もいなかったという。



『ご来場の皆様に、ご案内申し上げます。まもなく、和泉フィルハーモニー音楽団の定期演奏会を、開演いたします。どうぞ、最後までごゆっくりと、お楽しみください』


 開演を知らせるアナウンスがホールへと響き、胸の高鳴りがピークに達する。

 舞台袖に集まった皆と自然と目が合い、微笑み合う。〝今日もいい演奏会にしよう〟――言葉にはしなくとも、誰からもその意が感じ取れた。


 開演のブザーが鳴り、一斉に舞台上へとその一歩を踏み出す。


 スピーディーに譜面を用意し、コンサートミストレスである私の音を基準に、皆がチューニングを開始。途中で三人と目が合えば、彼らは自信に溢れる笑みを返してくれて、またそれが嬉しかった。静かになったところを見計らい、着席する。


 チューニングの残響も静まり返った舞台へ、指揮者である団長が登場。舞台の反対側まで満員となった客席から、温かい拍手が届けられた。

 小太りの団長も燕尾服で身を包んでいる。でも毎度、首元の小さな白い蝶ネクタイが居心地悪そうに見えてしまうのは……秘密で。


 団員の皆を見渡した団長がタクトを構えて満面の笑みを浮かべ、布の擦れる音と共に出だしの奏者たちが楽器を構える。


 大きく息を吸う団長。

 振り下ろされるタクト。


 さあ、誘おう。

 私たちが奏でる、最高の音楽の世界へ――。




 第一部のオープニングは、ジャン・シリベウス作曲、交響詩『フィンランディア』。演奏会の幕開けに相応しき、ファンファーレのような厳かな音色(メロディ)が会場へ高らかと響き渡った。

 重苦しい金管の演奏に始まり、木管の柔らかな音色へ引き継ぎ、弦楽器の壮大な音楽へと発展していくシリベウスのこの名曲。中盤へ進むにつれ旋律は高揚感を増し、最後には強い〝勝利感〟を味わうことができると有名である。


 これで観客たちの心を一気に引きつけ、ひとときの異空間へ招待することができただろう。


 一呼吸おき2曲目。重厚なメロディで歓迎した次は、まるで満開の花が包んだような華やかさで彩る、モーツァルト作曲の歌劇『フィガロの結婚』序曲だ。

 先ほどとは真逆の曲調に会場の雰囲気が一変する。観客は最初の重い空気から安心感に解き放たれるはず。


 2曲目を終え、ここで団長の挨拶と曲紹介タイムが挟まる。

 彼の関西人丸出しなおしゃべりを楽しみに来る人も、少なからずはいるとのこと。


 しっかりと会場の笑いを取り、満足そうに団長が振り返ったところで3曲目。歌劇イーゴリ公より『ダッタン人の踊り』、作曲はアレクサンドル・ボロディンである。

 テレビCMなどにも採用されているから、耳にしたことのある人も多いのではないだろうか。こういう日常に溢れている曲をレパートリーに取り入れるのも、観客を飽きさせない工夫のひとつだ。2曲目のように華やかな曲ではあるけれど、こちらはどこかエキゾチックな雰囲気に溢れているのも魅力的だ。


 4曲目はガブリエル・フォーレ作曲、ペレアスとメリザンドより『シシリエンヌ』。冒頭でパワーを発揮した金管の皆さんには少しお休みしてもらい、ハープの和音に乗せた弦楽器と木管の美しい主旋律が際立つ、第二部へと引き継ぐ4分ほどの曲だ。……ちなみにホルンだけは木管の仲間として参加。

 この曲も多くの人に聞き馴染みのあるメロディから始まる。終盤にはカルテットを先行して、安芸君の優雅なクラリネットソロをつまみ食いできてしまったり。


 拍手喝采を浴び、第一部が無事に終了した。

 でも、今回の前半はこれだけで終わりではない。


「ほな、ここでウチらはいったん下がらせてもらいますけど、皆には今ウチの楽団でいっちゃん勢いあるニュースター〝ルミナス・カルテット〟の演奏を、たっぷり堪能してもらうでぇ!」


 団長の掛け声で会場が湧く中を、私たち四人を残して他のメンバーが舞台袖へと捌けていった。

 すっかり周りは淋しくなってしまったけれど、不思議と彼らと顔を合わせているほうが、皆での演奏よりも大きな安心と自信に満ち溢れる気がする。


 いつものように軽い安芸君の挨拶を終え。

 曲はもちろん、クルーセルの『クラリネット・ヴァイオリン・ヴィオラ(ファゴット)・チェロのための四重奏』。


 私たちが満を持して披露する美しい調べに、観客たちはしばし酔いしれるのだった。


※今回演奏した曲の紹介動画は、本編の演奏会が終了した後にまとめて掲載いたします。どうぞお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ