12-11
『伊予が現れたぁッ!? それも女性……ですか!?』
「……はい」
その日の夕方、僕は早速今日のことを武蔵に電話報告した。彼は話を聞くなり、素っ頓狂な声を上げて驚いた。伊予が現れるだけならまだしも、男性のみと思われていた仲間に女性が混ざっていたのだから、無理もない。
『その子は本当に伊予なのですか? 我々を惑わせる敵の罠ということも……』
「僕たちだってそう思いましたよ。だから勿論、確かめさせてもらいました」
僕は眉間を押さえながら、日中のことを振り返った。
突然の伊予の登場に驚いたのも束の間。僕らが入団した時のように、団長による全体への新メンバー紹介もそこそこに練習がスタートしてしまった。ただ流石に本番一週間前ということで、今回のコンサートでは伊予は見学ということになっているようだ。彼女は楽団の後ろのほうで演奏を眺めていた。
昼休憩時、伊予は練習室にいなかった。よって会話もできぬまま午後の部に突入し、いつもどおり合奏は終了。
彼女とまともな話ができたのは、練習室を撤収した後だった。
<待てよ、伊予! ……いやお前、本当にあの伊予なのか!?>
颯爽と駅へ向かって歩き、普通に帰ろうとする伊予を引き止めたのは日向だ。彼女が女性であることをさて置いても、僕らの記憶と伊予の顔は全くと言っていいほど一致しない。前世の伊予はもっと目つきの優しい男だったけど、彼女は猫目でキツイ印象だ。顔つきそのものは、幼さを残した端麗ではあるが。
疑いの目を向けられているというのに、伊予はその猫目で余裕の表情を浮かべ、日向をゆっくりと見上げた。
<当然よ。面識もない私が貴方たちを知っているのに、仲間である以外に理由がある? それとも、大事な和泉サマ以外に女がいることが、そんなにご不満かしら?>
<べ、別にそんなことは……>
<私だって好きで女に生まれたんじゃないのよ。文句があるなら、転生を仕掛けた前世に言ってちょうだい>
あの日向を黙らせるほどのハッキリとした物言い。これは相当気が強そうだ。
だがここで、近江が冷静に伊予へ詰め寄る。
<前世に文句なんて必要ない。証拠を見せてみろ>
<……はぁ?>
唐突な要求に、伊予は不機嫌そうに眉を顰めた。
喧嘩でも始めそうな彼らを心配したのか、和泉が静かに僕へ視線を送る。でも近江に賛同する僕は「黙って見ていよう」という意味を込めて小さく首を横に振った。
<お前が伊予だという証拠だ。そうしたら信じてやるよ>
有無を言わさない近江の圧に、場が一時沈黙する。
……そう、僕らには決定的な証拠を見せる術がある。もし彼女がホンモノならば。
すると伊予は深く溜息を吐いて沈黙を破り、重厚なケースの中からピカピカに磨かれた銀色のアレを取り出した。
<はいはい、やればいいんでしょ>
固唾を呑む僕らの気持ちとは裏腹に、彼女はフルートを組み立てあげると、自信たっぷりな笑みを浮かべてあの言葉を告げた。
<……変化>
その瞬間、フルートが眩いばかりの光に包まれ、見る見るその姿を変える。
呆気に取られる僕らを差し置き、彼女は現れた武器をキャッチ。更に目にも留まらぬ身のこなしで体勢を低くし、日向の背後を取った。そして気付いた時には、日向の喉元へ鋭い刃が当てられていたのである。
伊予の武器、二刀流タガーによって。
<ッ……!?>
<これで信じてもらえたかしら? 疑り深い仲間のミ・ナ・サ・マ>
まるで煽るような彼女の視線に、近江は悔しそうに小さく舌打ちをした。
「――というような具合で、彼女が伊予であることに間違いはなさそうでして」
『変化が使えるのですか……。それならば、疑う余地はありませんねぇ』
スマホの向こうで、武蔵がメガネを押し上げながら溜息を吐く姿が想像できた。
変化はブリッランテだけが使える特殊能力。それができるということは、仲間であるという何よりの証拠だ。よって伊予は正真正銘のブリッランテメンバーである。
僕らは前世の完全なる再来ではない以上、性別が変化して生まれ変わっていても不思議ではない。顔の違いは性別の違いによるもの、といえば説明は一応つく。それにしても似てなさすぎるけど。
……何故だろう、胸騒ぎが収まらない。僕には彼女が全くの別人であると思えて仕方がない。
記憶の相違だけでなく、本能が〝違う〟と訴えてくるのだ。自らを名乗った時の彼女の笑みが、脳裏に焼き付いて離れない。
『とりあえず伊予は本物であると認め、協力してもらいましょう。ですが安芸君、くれぐれも……』
「分かっています。何より〝女性〟ということが、和泉も心を許しやすいでしょうから」
和泉は同性の仲間が現れるのを楽しみにしていたらしい。先日、残念ながらそれはないと否定したばかりだが、実際に女性が現れてしまった。今後二人の仲が親密になる可能性は十分にある。
仲間ならば何ら問題はない。同性であること故の安心感が生まれるなら本望だ。――けど、もし万が一、そうでなかったとしたら? 和泉の身近に迫る絶好のチャンスを与えていることになる。
この推測に根拠はなく、あくまで僕の勝手な妄想だ。でも……疑って申し訳ないけど、伊予。和泉のため暫く、君のことは警戒させてもらうよ。
『よろしくお願いします。僕も近々、様子を伺いに行きますので。……それはそうと、僕も安芸君に話があるのですが』
「何でしょうか?」
武蔵からの申し出にスマホを持ち直す僕は今、リビングでクラリネットを磨いている。今日は伊予に邪魔されて、思っていたほどカルテットの練習ができず消化不良だった。明日はもっと詰めたいなぁ。
『折角大阪にいるので、君たちにも僕の鍛錬メニューを熟してもらおうと思いましてねぇ』
「ッ、はぃい!?」
予想外の展開に、片手で掴んでいたクラを落としそうになり、慌てて掴み直した。
伊予の話とはまた別の嫌な汗が、額を伝ったのは言うまでもない。
◇
いつものように支度を済ませ玄関を出た私は、そこで思わず固まってしまった。
視線の先にいるのは、絹のような髪を靡かせる、昨日出会ったばかりの少女。
「いーずみっサマッ、一緒に行きましょ!」
「い、伊予ちゃん……」
何故ここが? と問いかける間もなく、彼女は私の手を引き、走り出した。




