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嬉しそうに笑って駅へと向かう和矢と広を送り出し「さぁ、行こっか」と僕らを振り返る和泉。二人からとびきりのサプライズを貰って、少しは元気を取り戻せたようだ。それでも僕は彼女の瞳の中にある〝揺れ〟を見逃せなかった。
彼女はまだ今からカルテットの合奏をすると思っている。きっと僕が指示したとおり、練習も沢山してくれているのだろう。
そんな和泉の出鼻を挫くようで申し訳ない気持ちは山々だったけれど、僕はゆっくりと首を横に振った。当然、彼女は自分のせいだと表情を曇らせた。
「ごめん、私が二人を優先させちゃったから……」
「違うよ和泉、そうじゃない。確かにもう帰ったほうがいい時間だけど、そうでなくても僕は今日の合奏を中止しようと思っていたよ」
そう言うと、今度は不思議そうに首を傾げる彼女。
和泉は武蔵のあの話を聞いてから、統括の時も無理して普段どおりに振る舞っていた。彼女は優しいから広のワガママに応えたけれど、心の奥底ではどうしようもない不安にかられていただろう。だから演奏している心の余裕なんて、本当はないはずなんだ。
和矢もそれに気づいていたから、広の申し出を受け入れた和泉に驚いていた。だから彼も〝折角なら〟と和泉を元気づけようとした。……結果、あの二人に先手を許してしまったわけだけど。
僕たちが――否、僕が誰よりも早く伝えたかった。何だか和矢と広に感化されたみたいで不本意だけど、言わないわけにはいかない。それに、これを言うことが僕の目的でもないしね。
「誕生日おめでとう、和泉。和矢たちに先越されちゃったけど、僕からも言わせてよ」
「……あっ」
僕がそう言うと、和泉は頬を赤らめて視線を泳がせた。
予想どおりの反応だ。まったく、君はひとつひとつの動作が可愛すぎる。
「お前、恥ずかしいからワザと黙ってただろ」
「だっ……だだだって! 言えないよっ、そんなの祝ってほしいって言ってるようなものだし!」
今度は日向に核心を突かれ、耳まで顔を真っ赤にして俯く和泉。彼女の姿を見て、近江も呆れたように溜め息を吐いた。
無論、僕もそんなことだろうとは思っていた。和泉は「今度、私の誕生日なんだ!」なんて自分から言い出すタイプではない。それが意外な形でバレる羽目になり、彼女にとっても想定外だったことだろう。
だからこれ以上、今回は何もしない。
君を困らせるために、こんなことを言い始めたんじゃない。
「うん。だから今日じゃなくて、今度お祝いするよ。来年の4月12日、和泉の二十歳の誕生日。……必ず、盛大に」
「……えっ?」
僕の言葉の意味を理解するまで、和泉は目を丸くして僕たちを見つめていた。
でもすぐに彼女は更に目を大きく見開き、恥ずかしそうに口元を両手で覆う。
武蔵は彼女の二十歳の誕生日が、黒使復活のXデーだと推測した。例え仮定だとしても、記念すべき自分の二十歳の誕生日を無事に迎えられないかもしれない恐怖に、和泉は体を縮みこませていた。
僕とて、前世に四人で祝った彼女の誕生日を、実は黒使によって悪夢に変えられていたと思うと、悔しさと悲しみに胸が苦しくなる。もしそれが事実なら絶対に許せない。あの日は僕らにとって幸せな時間であったはずだから。……その記憶がないことにも、憤りはあるけれど。
あの日、前世で何があったのかは、まだ分からない。
でも現世は。現世こそは、彼女と、彼女の大切な日を守る。
これは僕らの〝決意〟の宣言。
「約束する、黒使には絶対に邪魔させない。必ず君のことは僕らが守るから」
「だから無理して笑ってんじゃねーよ、バーカ」
「ま、せーぜー死なない程度には頑張ってやるかな」
僕に同調するように、日向が照れくさそうに続き、近江はどこか皮肉ながらも彼らしい言葉をかける。
そのうち和泉は口元だけでなく顔全体を手で覆ってしまい、肩を震わせて俯いた。泣かせたと思って焦ったけれど、すぐに彼女の消えそうな声が聞こえた。
「――いの?」
よく聞こえなくて、思わず息を止め「え?」と聞き返す。
「それまで私……皆と一緒に居ても、いいの?」
瞬間、僕の心が震え上がった。
君にとって僕らはただの『仲間』のはず。それでも君は、一緒に居たいと言ってくれるんだね。
「あ、当たり前だ――わぁっ!?」
喜んで肯定しようと思ったけれど、突然視界が歪んで口にできなかった。和泉が僕の両側にいた日向と近江を巻き込んで、僕の胸にそのまま飛び込み、三人を一度に抱擁したのだ。
故に日向と近江も僕にくっつくわけで、男同士気まずく顔を見合わせた。でも彼女の温もりを感じると、そんなことどうでもいいくらい、愛おしさが込み上げる。
「ありがとう三人とも。こんな私をいつも助けてくれて……、私の傍にいてくれて」
耳元で呟くその声に、両手に男を抱える和泉の腰へ、僕はひっそりと両腕を伸ばした。
当たり前だよ、和泉。僕は最初から君を必ず守るって言っただろ?
先程言いかけていた言葉を、心の中で告げる。
「私は皆を信じてる。……だから私も逃げない。全力で戦って、全力で皆を守るから」
「……あぁ」
「うん、皆で乗り越えよう」
最後は近江の鼻で笑う音だけ聞こえて、僕らは暫く心地よい余韻に浸った。
「じゃ、また来週」
「うん。三人も気をつけてね」
和泉を家の近くまで送り、僕らはシェアハウスへと踵を返す。でもその途中で和泉に呼び止められた。
「あの。もし嫌じゃなかったら、皆の過去の話も聞かせてほしい。何もできないかもしれないけど、少しでも皆のこと知りたいから」
「和泉……」
彼女の懇願に僕らはゆっくりと頷いた。あまり嬉々として話す内容ではないけれど、彼女が知りたいと望むなら……いずれ。
すると和泉は柔らかく微笑んだ。
「私、一緒に笑って過ごせて、今すごく幸せだよ! おやすみッ」
そう言って彼女はオレンジ色に染った住宅街を、元気に走り抜けていった。
――その時、脳裏に暗転した世界で光り輝く人影が映った。
たったそれだけの光景なのに、胸が張り裂けるような感覚に思わず膝から崩れた。しかも日向と近江も同じ行動を取っている。
「見たか、今の」
「あぁ。今のは……、一体」
僕らから失われた記憶は、想像を遥かに超えるものである気がしてならない。




