12-7
宮……。金剛玄洞への潜入時、和泉と日向が対峙した五音衆の一人。狐目に、濡羽色の髪。右目は前髪で隠れて見えず、少し顎髭を生やした若めの男だという。
近江と行動を共にしていた僕は会っていないが、実際に剣を交えた日向は瞬時に奴の力量を見抜いた。剣客であれば相手の強さくらい察知できなければ話にならない。宮は日本刀を扱い、抜群のスピードと圧巻の剣技を持っているらしい。
「話し方は物腰の柔らかそうな奴だった。でも、それとは裏腹に強い殺気を放っていたぜ。徴のことはまだ分からんが、宮はまず間違いなく今までの五音衆とはレベルが違うと思っていい。……商でもギリギリだったんだ。心体増強なしで勝てるとは、到底思えねぇな」
「……君が言うのなら、そうなのでしょうね」
日向の話を聞いた武蔵は、悲観するわけでもなく淡々と答えた。それに対し僕は、机の上で握った手に少し力を加える。心体増強にトラウマを抱える和泉のため、常態でも奴らと互角に戦えるよう今も鍛錬は続けているが、今後はそれも限界の敵と戦わなければならないということだ。
とはいえ、心体増強の反動に苦しむくらい僕は何とも思わないから、正直使うこと自体に抵抗はない。それでこの国を……、和泉を守れるのなら尚更だ。その和泉も心体増強を使ってしまったから、もう文句は言えないかもしれないけど。
問題は、使えるレベルの上限が『短3度』に留まるということだ。ただでさえ5分しか持たない諸刃の剣なのだから、もっと上のレベルまで上げられれば、短時間でも奴らに対抗できるはずなのに。でも流石に僕も死にたくはないし。
「おい。ひとつ、ずっとテメェに聞きたかったことがあるんだが。……越後」
「……あ?」
唐突に日向がカウンターで一人黙っていた越後に声をかけた。彼は和矢に熱弁を邪魔されて以降、拗ねたのか会話に参加することもなく、休憩中もずっとスマホをいじっていたのである。
折角、和泉が淹れてくれた紅茶にも口を付けないなんて……。アイツ、僕たちと上手くやっていく気はあるんだろうか。
「お前も商との戦いん時、心体増強を使ってたよな? だが反動の素振りも見せず、洞窟が崩れる間もピンピンして近江を運んでやがった。……どういう身体してんだ? 何かカラクリでもあんのか」
日向の問いに越後は「ハッ」と小馬鹿にしたような笑い声を上げると、カウンターに置いてあった紅茶を一気に飲み干した。……って、結局飲むのかよ。
確かに日向の言うとおり、彼は心体増強の効果が切れた後も、顔色ひとつ変えないで一緒に近江を洞窟の外まで運んだのだ。越後がいなければ筋肉バカの近江なんて、僕には到底抱えきれなかっただろう。日向は何かヒントがあるなら、と心体増強の活路を越後に見出しているのだ。
「知りたいなら教えてやるよ。俺が心体増強の反動をもろわねぇのはな……」
自分のことを褒められて調子を良くしたのか、急に饒舌になった越後は答えを勿体ぶる。
全員の注目を浴び、彼は得意げに親指で自身を指し、満を持して告げた。
「俺様が打たれ強いからだっけさ!」
………………。
絵に描いたようなドヤ顔で、静まり返る室内。
あぁ、期待した僕がバカだったよ。
「大丈夫かアイツ、フツーのこと堂々と言ってっけど」
「何で金髪ってあんなんなんだよ。なぁ、純」
「Oh~。ソレ、どーゆー意味ネ~? オーミ」
「ッ! 聞こえてるぞ、ガキども! そこのマヌケ面と一緒にすんなやッ!!」
リビングでコソコソと話す3人組の声を地獄耳よろしく聞き取り、越後が真っ赤な顔で怒鳴り声を上げる。まるで小学生のようなやり取りに苦言を呈したいところだが、生憎あの男3人を叱りつけたばかりで大声を出す気にもなれず、僕は頭を抱えた。
隣の武蔵もさぞかし呆れていることだろうと思い、チラリと様子を覗く。……でも意外にも、彼は予想外の表情を浮かべていた。
虚を突かれたというか、少し驚いているような。そしてレンズの奥の瞳は、どこか喜んでもいるような……。
「なるほど、日向君。それは良い着眼点です」
「……は?」
褒められるとは思ってもなかった日向が口をポカンと開く。しかし日向のことはそれ以上構うことなく、武蔵はすっかり自身の右腕と化している天才少年の名を呼んだ。
「和矢君。君は脳波解析なんてできますか?」
「えっ……。データをいただければ、できなくはないと思いますが」
「流石です。では僕の知り合いに頼んで、越後君の脳波を測定していただきましょう」
急に難しい相談を始めた頭脳班二人。当たり前のように話が進んでいるけれど、脳波解析なんて中学生ができることじゃないよな、普通。
すると話題の中心となっている越後が、何をされるのかと表情を引きつらせて会話へ割り込んだ。
「ちょい待てや! 勝手に決めんな、何で俺の脳波なんか――」
「君の中にある何らかの波長が、心体増強の反動を打ち消している可能性があるからですよ。それが解析できれば、我々にも活用できるかもしれません」
武蔵の言葉に、全員の表情に期待の笑みが差し込む。もし心体増強の反動を抑えられるならば、上位レベルの転調を使うことが叶うかもしれないのだ。そうすれば宮や徴、そして暗里にだって対抗できる力を得られる。
これは僕らにとって大きな進歩だ。……当の越後だけは、まだ納得していないようだけど。
「だぁから、何で俺がお前らのために協力しなきゃいけねぇんだっつってんらッ!」
「またまたぁ、今更何を。純君の鍛錬だって、嬉しそうにやってくれてるではありませんか」
「あっぱったれッ!? 嬉しいわけあるかボケ!」
容赦なくキレ散らかしている越後に対し、涼し気な表情で対応する武蔵。流石、あの金髪不良の扱い方にも慣れてしまったらしい。
越後が頑なに首を縦に振らないので、武蔵はついに大げさに溜め息を吐き、悲しそうに顔を俯かせた。
「そうですか。この役目は越後君にしかできず、越後君にしか頼めないことだったのですが……君ができないと言うなら仕方ありませんねぇ。他の方法を探しましょう、和矢君」
「……誰ができないじゃコラ。上等だ、脳波検査でも何でもやってやんよ」
わざとらしい言葉の強調に、奴はあっさりと引っかかった。




