12-3
次の日、日曜の午後。楽団の練習を一足先に抜けた私たちは、日向君たちのシェアハウスにいた。ブリッランテのメンバーで集まるのに彼らのハウスは都合よく、アジトとして成り立っている。
一旦東京に帰った武蔵さんたちを待ちながら、私は安芸君とお茶の準備をし、日向君と近江君はこの後に合奏予定のカルテットを部屋に篭って練習中だ。引き立て役と嘆いていたけど、聞き耳を立てると彼らの旋律にも見せ所らしき部分はきちんとあり、何だかんだ楽しそうに演奏している雰囲気が伝わってきた。
「ところで、越後さんはあの後どうしてるの?」
沸いたお湯を茶葉が入ったポットへ注ぎながら、安芸君に問う。今日は私が差し入れたスペシャルブレンドティーだ。
ちなみにお昼は安芸君が、とんでもなく美味しいペスカトーレパスタを振る舞ってくれている。何でも昨日から仕込んでいたのだとか。……私、近江君が「安芸はいい奥さんになる」って言いたくなる気持ち、少し分かるかも。
「あぁ、どうやら武蔵さんと一緒に東京へ行って、純をシゴいているそうだよ。あんなでも越後の武術は確かだから、武蔵さんが頼んだんだろう。あのまま僕らの周りをウロウロされても困るしね」
そうなんだ、と返しながら、私の頭には泣きながら拷も……鍛錬を受ける純君の姿が浮かんだ。
武蔵さんだけでも十分厳しそうなのに、越後さんまで加わっているなんて。
そんな話をしているうちに、玄関のチャイムが鳴り響く。安芸君が扉を開くと、今日も白衣が眩しい武蔵さん、相変わらず仏頂面の越後さん、そして少しお疲れ気味の純君がハウスに上がり込んだ。
チャイムを聞いた日向君と近江君もリビングに現れて、お茶会兼今後の作戦会議が始まろうとしていた。でもまだメンバーが揃っていない。武蔵さんが持ちこむパソコンで、可愛いあの二人もお招きしなければ。
「すみません、いつもこちらまで来ていただいて。交通費だって馬鹿にならないのに」
「気にしないでください、和泉ちゃんの元に集まるのが昔からの習わしですし。逆に我々こそ毎度君たちの家に押しかけて、申し訳ないですねぇ」
リモート通信の準備を武蔵さんがしている間、私は紅茶を配ることにした。ダイニングテーブルで奮闘中の武蔵さんと安芸君に出した後、リビングのソファでテレビを見ている3人に持っていこうとすると、なんと日向君が「手伝う」と言ってお盆を持っていってくれた。
最後に越後さんがいるキッチンのカウンターへ向かう。彼はまだ皆の輪の中に入る気はないらしい。意を決してカウンターにカップをそっと置くと、フンと鼻息を吹いてそっぽ向かれてしまった。ま、負けるな私。
「繋がりました、約束の時間ギリギリですね。……おや? でも向こうがまだのようです」
真っ暗なままのリモート画面を不思議そうに覗く武蔵さん。いつもなら時間ピッタリに画面へ現れる二人なのに。
その時、玄関のチャイムが再び鳴らされた。安芸君が首を傾げつつも扉を開いた瞬間――。
「ズ〜ル〜イ〜の〜だぁああああッ!!」
聞き覚えのある愛らしい声が、はち切れんばかりの雄叫びを上げてハウスに飛び込んできた。現れた招かざる客の姿に、出迎えた安芸君を始め私たちも声を失い、ポカンと彼らを見つめる。
そこにいたのは、画面の向こうにいるはずの広君と和矢君だった。
サプライズ登場なら大歓迎なのだけれど、肝心の二人は何故かお怒りモードだ。
「二人とも、何で――」
「何でもへったくれもないのだ! 僕、皆がメストの秘密基地に乗り込んで、ずぅーっとドキドキしてたのだ! それなのに……お泊まり会してるって、どーゆーことなのだ!?!?」
…………あ。
そっか。それはそうだよね……。
「武蔵……」
「すみません、僕が最後に撮った写真を送ってしまいました」
呆れて睨む日向君に、武蔵さんは渋い顔を浮かべた。彼にしては珍しい痛恨のミスだ。当然、優しい彼のことだから見せつけで送ったのではなく、〝このとおり皆無事です〟の意味を込めて送ったのだろう。
でも私たちの無事を祈り待ってくれていた若き二人には、酷い報告以外の何者でもない。自分たちを差し置いて温泉で楽しんでいたなんて。
「で、わざわざ大阪まで文句言いにきたのか」
「そりゃそうですよ! 僕たちがどれだけ心配したと思ってるんですか!?」
物腰の柔らかい和矢君ですら、冷やかす近江君に食ってかかるほど怒っている。
それから私たち――というか私と安芸君と武蔵さんで必死に謝り、いつか必ず二人も一緒に超絶豪華な温泉旅行へ連れて行くことを約束し、30分ほどかけてお許しを貰うことができた。
相手がIQ190の超秀才とあれば、生半可な言い訳など通用しないので、かなり苦労したけれど。途中で彼らとは初対面のはずの越後さんが「いい加減にしろっけさガキが!」と怒鳴り始めて、日向君たちが抑え込むというカオスになってたし。
「じゃ、じゃあ気を取り直して……武蔵さん、進行をお願いします」
この短い時間にすっかり窶れた安芸君が振ると、武蔵さんは咳払いをして皆を見渡した。
「では、僭越ながら僕が指揮を取らせていただきます。まずは初めて会うかたもいますので、改めて紹介させてもらいますよ」
そう言って武蔵さんは、メンバー全員の名前を呼び始める。
「まずは我らが総長、工藤和泉ちゃん。そして僕が元副長の今川武蔵です」
「よろしくお願いします……って、あの、私も〝元〟でいいんですけど」
畏まると彼は「まぁまぁ」と軽く流して次に進めた。
うぅ、そこは譲ってくれないんだ。
「僕の隣にいるのが荒井安芸君。あちらが高杉日向君、和田近江君、但馬・オリバー・純君。そちらが陸前和矢君、陸中広君。最後にカウンターにいる越後享平君です」
「何だ、越後って苗字だったのかよ」
「あんだよ悪ぃら? イチイチ関わってくんなや」
先ほどの騒動を引っ張っているのか、関心の声を上げた日向君に越後さんが突っかかる。それを軽く武蔵さんが制すると、彼は話を続けた。
「これで九人揃ったので、残る仲間は一人です。誰か彼と……伊予とコンタクトを取っている人はいませんか?」
伊予――それが最後の仲間の名前だと、私はこの時に初めて知った。




