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武蔵の問いかけに挙手をする者は誰もいなかった。静まり返った空気を前にヤツは「ですよね……」と、端麗な顔へ落胆の色を浮かばせる。
しばしの沈黙の間に、俺は和泉によって配られた紅茶で喉を潤した。今日のはアイツのスペシャルブレンドと聞くが、口へ含んだ瞬間に芳醇な香りが広がり、今まで飲んできたどの紅茶よりも美味いと思った。
残り最後の仲間、伊予――。愛媛を拠点とする首領だ。近隣である俺と安芸は伊予とのコンタクトも図っていたが、何の手がかりも掴めず今に至る。
「皆は何も知らない相手と、どうやって連絡を取り合ってきたの?」
当然その方法を知らない和泉が問う。そもそも知らなくても、アイツの元へは全ての転生者が勝手に集結してくるわけで。
「俺たちが転生者に接触する唯一の手がかりは〝音楽〟。つまり音楽に関わることで、互いの存在を知らしめるんだ」
「例えば僕と日向が、九州地方のコンクールで出会ったようにね。数年前から周辺地域で開かれる音楽関係の大会を片っ端から当たっていたけど、伊予らしき名前は一度も見かけなかったよ」
俺と安芸が簡潔に説明すると、和泉は関心したように息を吐いた。高校生活は多くのコンクールにエントリーできるよう、チェロの腕を磨くのに必死だったものだ。特に俺は安芸と違って、好きでやっていたわけじゃねぇしな。
とはいえ、武蔵や越後のように単独で動いてるヤツもいるし、必ずしも仲間を探し当てる必要はない。あれだけ当たって接触しなかったっつーことは、伊予もそういうタイプなのか? ……ちなみに広を己の頭脳で探し当てた和矢は、特例中の特例。
「おい、まさかまだ生まれてないってことはないよな? 和矢と広みたいに、転生時期が遅れてる例だってあるだろ」
「……流石にそれはないでしょう。我々の転生は、黒使の復活に合わせて仕組まれているでしょうから」
近江の唐突な推測に、ダイニングにいる和矢と広が虚を突かれて驚いていたが、その対面で武蔵が渋い顔を浮かべて反論した。
腕と足を組んで紅茶を嗜む様が絵になる武蔵と、無邪気に足をスイングさせながら、オレンジジュースとクッキーを頬張る広。何とも対照的な光景が並んだものだ。そして口周りの食べカスを拭き上げる和矢は、完全に保護者である。
「仮に今から生まれるとすれば、戦力となるまで最低でも10年は必要です。しかしもう、それほどの猶予は残されていません」
「……どういうことですか? まるで武蔵さんには、黒使の復活時期が分かっているように聞こえますが」
「ッ、武蔵! テメッ本当は最期の記憶、あんじゃねぇだろうな!?」
意味深な武蔵の発言へ食いつく安芸。それに便乗した俺が突き詰めるが、奴の鋭い視線が突き刺さり、思わずたじろいだ。だが、前世の俺たちの最期について記憶がないことは、全員一致であるとつい先日に再確認したばかりなのだ。
すると武蔵はカップを静かに置き、小さく溜め息を吐いた。
「君たちに嘘を吐いてはいませんよ。……ですが、その前の記憶ならば話は別です」
武蔵の言葉が室内に響き渡り、空気を震わせる。
必然と全員の注目を一身に集めた武蔵は、トレードマークのメガネを押し上げて一呼吸置いた後、どこか言いづらそうに重い口を開いた。
「ある日の記憶です。前世の僕は和泉様に連絡をもらい〝大切な用事があるから、明日一日の統括権を貴方に委任したい〟と頼まれました。その〝大切な用事〟の内容を知っていた僕は、その日だけでも彼女に肩の荷を下ろして楽しんでもらおうと快諾したのです。ですが、その後の記憶は例によって一切ありません。その日に黒使の襲撃に遭い、和泉様が奴を封印した……そう考えるのが自然でしょう」
奴の話を聞き、俺の脳裏に微かな映像が流れ込む。何だか寒気がした。
――俺は、〝その日〟を知っている気がする。
そんな俺の状況を知ってか知らずか、武蔵は不安そうな表情を浮かべる和泉を光るレンズ越しに真っ直ぐと見つめ、核心を述べた。
「その日は、和泉ちゃん。……前世の君の、二十歳の誕生日でした」
「……え?」
瞬間。和泉は息を飲み、俺と安芸、近江が目を大きく見開いた。
フラッシュバックするように、脳裏の映像が鮮明に広がる。
「奴にとってのXデーは君の二十歳の誕生日。つまりその日こそ、奴が復活を遂げ君に復讐を果たす、最悪で最高の日なのです」
「そんな――」
「う……うあぁあっ!!」
悲痛な和泉の声を押しのけ、最初に奇声を上げたのは安芸だった。続いて俺がソファを強く叩いて立ち上がり、近江も額を押さえて顔をしかめる。一体何事かとすぐ側にいた純がオロオロし始め、広と和矢も怯えたように俺たちを見つめていた。
流れ込んできた記憶は、俺たちが前世・和泉の誕生日を祝う光景だった。4人で集まること自体も久しぶりで、和泉はとても嬉しそうに笑っている。これは恐らく俺たちが覚えている、前世最後の記憶だ。俺の中でも純粋に楽しかったことしか覚えていない。……そう、あれは〝幸せな記憶〟だったはず。
あの時に、黒使に襲撃された、だと?
そんなバカな!
「フザけんなっ! そんなのお前の憶測にすぎねぇだろ!!」
「ですから、ずっと言おうか迷っていたんです。君たちからは、その記憶すらも消えかかっていたようですし」
「でも、それが本当なら……私」
恐怖のあまり和泉は、自らの両腕を掻き抱いた。それもそうだ、最悪は二十歳の誕生日を迎えられないと言われたようなものだから。例え憶測だろうと武蔵の話は尤もらしい可能性だ。
いつもなら優しく抱擁しそうな安芸も、今ばかりは自分の精神を落ち着かせるのに精一杯のようだった。
そんな緊迫した中、ついにあの男の声が空気を裂く。
「――ウッセェら。今ツベコベ心配したって仕方ねぇっけさ、あっぱったれ共が」
「んだと、越後!?」
既に頭へ血が昇っている俺は奴に飛びかかろうとしたが、寸前で近江に裾を掴まれて身動きが取れなかった。俺の姿を一見した越後は鼻で笑うと、更に言葉を続けた。
「要するに。……そこの女が二十歳の誕生日を迎える前に、黒使の音の小玉をブッ壊せばいいんら?」
その答えはあまりに単純で、殺気立った場を静めるには十分だった。




