其の参十八「とあるダム湖の噂話について」
これから語るのは、もしかするとこれから広まるかもしれない
いや、広まってしまうかもしれない「怖い作り話」です。
全部で壱百八話。どれも短い物語です。
しかしその中には、時に背筋に冷たいものが走り抜け、
時にひそひそと誰かの囁きが聞こえ、
時に見てはいけないものが見えてしまうこともあるかもしれません。
そしてひとつだけ、どうしても言っておきたいことがあります。
これらの話は、すべて作り話です。しかし、ただの作り話ではありません。
この話、本当なんです。
心霊スポットと言われているとある山間部の大きなダム湖。
水力発電、飲料水、治水を目的とした多目的ダムを有する湖は、
整備された道路に囲まれ、春は桜、夏は水上レジャー、秋は紅葉という
観光名所として、世間に広く知られているのだが――
冒頭でもお話したとおりこのダム湖、
「心霊スポット」という噂も長いこと語り継がれている。
それは夏の水上レジャーシーズン中、このダム湖の中心辺りに
白い服を着た老婆が立っているという噂。
湖の中心、水の上に人が立っているというのもおかしな話で、
その白い服というのは、陽の光が湖に反射することによって見えている錯覚だと
噂を一蹴する者も多くいる。
だが、そういった「怖い噂」「都市伝説」は、愛好家からしてみれば
とても興味深い話である。
◇◆◇
ある夏の日、ダム湖の噂の真相を確かめようという三人の若者が、
老婆が立っているという噂のダム湖の中心へと、小型の手漕ぎボートに乗って向かった。
三人は、心霊スポット巡りを趣味にしている仲間同士。
趣味といっても彼らは、現地に行き、土地の歴史を調べ、敬意をもって向き合う姿勢を持つ
遊び半分、興味本位の枠を大きく超えた本格的な「心霊民俗学家」のような仲間だった。
この日は、午前中に現地に入り、その後に地元図書館でこのダム湖の歴史を調べるという計画。
普段であれば、先に歴史を調べてから現地入りしていた彼らだが、
今回いつもと順番を逆にしたのは、暑さなどの様々なリスクがあることを考えてのことだった。
朝8時。天候は快晴。夏の強い日差しが降りそそぐ中、手漕ぎボートを漕ぎ進め
老婆が立っていると言われる湖の中央へと向かう三人。
ダム湖の発着場から現地まで、漕ぎ手を交代しながら約40分。
老婆が立っているという噂のダム湖中央部に着いたボートの上から周囲の様子をうかがう三人。
だが、待てども、見回せども、そして少しずつ移動しながら注意を払い続けても
一向に老婆の姿を見ることはかなわなかった。
時間は刻々と過ぎていき、10時30分。そろそろ発着場へ戻る時間になった。
彼らは、ここで何も見ることが出来なかったことを残念にも思いながら、安全を重視し
ボートを発着場に向けて、漕ぎ始めた。
10分ほどその場を離れた頃、「あ!!」と、ボートを漕いでいた一人が声を上げ
湖の中央を指差した。全員がそこを見ると――老婆!?
湖の中央、10分前まで彼らがいたその場所のあたりに、噂に聞いていた老婆!?らしい姿が
そこに見えたのだ。
話に聞いていたとおりの、白い服を着た老婆。
それは湖面に反射したぼんやりとした白い光のようでもあり、本当に人が立っているようでもある。
少し距離が離れているため、どちらと確定的判断はできないが、確かに何かが、何者かが、そこに立っているように見えるのだ。
彼らはその場で、しばらくその何とも言えない様子をじっと見ていた。
じっと見ている中、彼らはその白い老婆とも光ともとれる何かが、
どこか何かを訴えているような、奇妙な感触に、背筋をゾゾゾとさせていた。
数分が過ぎ、それはスゥーと、10秒ほどの時間をかけて消えていくのを見た彼らは
しばし呆然とそこに佇むも、一人の「もどろう」の声に、言葉を短く交わしながら
発着場へとボートを漕ぎ進めていった。
◇◆◇
昼食を済ませた彼ら三人は、予定通り地元の図書館に向かい地域とダムの歴史について調べてみると、
そこからこんな記述を目にすることになった。
このダムの建設地には、山間の小さな集落がかかっており、
そこはダムの完成と共にダム湖に沈むことになった。
集落は、様々な移転手続き、墓地の改葬なども行われた上で
このダム湖の中央部付近に沈んでおり、住民はダム湖周囲に新たな集落をつくり、
寺と墓地もそこに移転されているというのだが――
◇◆◇
彼らは、このダムに関わる歴史と、そこに見えたものの雰囲気が、
ダム湖の中央に立つ白い老婆という心霊の噂話となり、
それがまことしやかに囁かれ、広がっていったのだろうと結論付け、
最後にもう一度湖に戻り、白い老婆が立っていたほうへ手を合わせ、家路についたのだった。
さて、彼ら三人の見たものは、湖に反射した光が人のように見えていただけだったのか、
それとも、そこには本当に白い服を着た老婆が立っていたのか――
しっかりとした手続きを踏み、改葬されたとはいえ
その土地に思いが残ることが、無いとは言い切れません。
あの白い服の老婆が湖に立つ本物の幽霊だったら、彼らはどうなっていた事でしょう。
もしかして、もしかすると――
この話、本当にありそうなんです。




