其の壱百四「見えずとも解るもの」
これから語るのは、もしかするとこれから広まるかもしれない
いや、広まってしまうかもしれない「怖い作り話」です。
全部で壱百八話。どれも短い物語です。
しかしその中には、時に背筋に冷たいものが走り抜け、
時にひそひそと誰かの囁きが聞こえ、
時に見てはいけないものが見えてしまうこともあるかもしれません。
そしてひとつだけ、どうしても言っておきたいことがあります。
これらの話は、すべて作り話です。しかし、ただの作り話ではありません。
この話、本当なんです。
これから広まるかもしれない怖い作り話の投稿を始めて6カ月。
復路を書き始めてまだそれほど経っていない中、
読者の方から、こんなDMを頂きました。
それは、彼の体験談。「霊感」についてのお話でした。
◇◆◇
風間先生、これから広まるかもしれない怖い作り話「復路」を楽しみにしていました。
108本の創作怪談に、僕の話を加えていただければと思い、今回メールさせていただきました。
先生は以前、自身に霊感はないと書かれていました。
僕も先生と同じく、自分を霊感のない人間だと思っていました。
ですが先日、僕は自分に霊感があるのだと知ることになりました。
その日の深夜。
僕は友人と、特に行き先を決めないままドライブをしていました。
この友人は霊感のある、いわゆる“見える人”で、
以前から見えたときの話を何度か聞かされていました。
この日のドライブは目的を決めていなかったので、
途中で〇〇〜〇〇(地名は伏せさせていただきます)を回って帰ろうと決め、
車は山間の峠道へと進んでいきました。
友人が霊感のある人だったので、心霊スポットと言われるような場所は
避けていたつもりでしたが、途中で友人が急に話をしなくなることがあり、
僕は「もしかして?」と思っていました。
後に聞いたところ、友人が急に黙ったのは、
その時通った橋の真ん中に“霊が立っていた”のを見たからだというのです。
ただ、このとき僕も、彼の様子とは関係なくその橋に差しかかった瞬間、
先生の言葉を借りるなら、妙に背筋がゾゾゾとしました。
あとで思い返すとそれは、何も見えないのに“何かがいる”という感覚でした。
霊感のある友人と同じ場所で、
彼は見えていて、僕は見えなくても“いる”と感じていたのです。
以前から、いわくのある場所でゾワゾワする経験はありましたが、
それは先入観だと思っていました。
しかし今回の体験で、僕は霊は見えなくても“そこにいる”のを
感じられる人なのかもしれないと知りました。
今まで友人の「霊が見える」という話に興味はあっても、
どこか「本当なの?」と思っていた僕でしたが、
このとき、ある意味これは余計に厄介な感覚なのではと思いました。
そこにいるのが見えているなら、何がいるかわかります。
でも、そこにいるのがわかっても見えないのは、何がいるかわからない。
これなら、かえって見えた方がいいじゃないか。
そんな僕の体験談です。
復路108話、先はとても長いと思いますが、執筆がんばってください。
応援しています。
〇〇〇〇(名前は伏せさせていただきます)
◇◆◇
見えないのにそこにいるのが分かる。映画「プレデター」のような感じなのでしょうか。
確かに、自分には見えないのに“そこにいる”と感じるのは嫌でしょう。
このDMを送ってくれた彼には、そこは同情します。
しかし、そう言われてみると私もときに――
いえ、これはいつも怪談を創作しているからそんな気がする。
そう、気のせいでしょう。
だから、どこかで背筋がゾゾゾとしても、私はそういうことにしておきます。
この話、あなたはどう思いますか。
そしてあなたは「そこに見えなくても”背筋がゾゾゾ”とすることはありませんか?」




