其の六十壱「知らぬが仏:寝ぼけた彼と夜の訪問者」
これから語るのは、もしかするとこれから広まるかもしれない
いや、広まってしまうかもしれない「怖い作り話」です。
全部で壱百八話。どれも短い物語です。
しかしその中には、時に背筋に冷たいものが走り抜け、
時にひそひそと誰かの囁きが聞こえ、
時に見てはいけないものが見えてしまうこともあるかもしれません。
そしてひとつだけ、どうしても言っておきたいことがあります。
これらの話は、すべて作り話です。しかし、ただの作り話ではありません。
この話、本当なんです。
このお話は、友人から聞いたものです。体験したのは友人の友人(K君とします)。
この話を聞いたとき、私の心に浮かんだ言葉は「度胸のある人だなぁ」でした。
でもそれはある意味、その時の状況がそうさせたのかもしれません。
それはこんなお話です。
◇◆◇
K君の住むアパートでは、夜になると必ず”何かが立っているような気配”があったらしく、
それは玄関、キッチンの隅、寝室の入口など、いたるところから、
輪郭だけの白い影のようなものが、そっと、そしてじっと
こちらを見ている気がしていたのだそうです。
そんなある深夜のこと。
K君が寝ぼけたままトイレに向かうと、
彼は廊下の真ん中に例の白い影が立っているのを初めてはっきりと見ました。
ここで普通であれば、驚いて悲鳴を上げそうなところですが、
このときのK君は寝起きでぼんやりしており、頭が回っていなかったらしく……
「……あのさ。そこ、邪魔」
そう言って、白い影の“肩らしき部分”を手でぐいっと押しのけた瞬間、
白い影は予期せぬ出来事に驚いたかのようにビクッと全身を震わせ、次の瞬間――
「ひいいいいいいいいっ……!」
かすれた声を残し、白い影は全力で後ろに飛び退き、廊下の奥へ逃げていったそうです。
その様子は、まるで何かに驚いた猫の急発進のような速さ。
何事?とK君はぽかんとしながらトイレを済ませ、部屋に戻ったときにようやく気づきます。
「……あれ、もしかして俺、幽霊に触った?」
と小さくつぶやき、そのまま横になってスッと眠ってしまったそうです。
翌朝、廊下を見てみると、その真ん中には、何かが駆けていったかのような
黒いすすのような足跡らしきものがうっすら残っていました。
もしかすると、あの白い影が逃げた拍子にこすれたことで残ったのかもしれない。
K君はそう思いながら頭をかき、少し申し訳なさそうに言ったそうです。
「ひぃ!なんて聞こえたし、相当驚いたみたいだな……何だかちょっとかわいそうだったかな。」
この話を聞いた私の友人は、怖い話として聞かされたはずなのに、
どう反応すればいいのか本気で迷ったそうです……
そしてK君のアパートではそれ以来、あの白い影は一度も現れていないのだとか。
◇◆◇
友人からこの話を聞いたとき、私の心に浮かんだ言葉は「このK君って、度胸のある人だなぁ」でした。
でもそれはある意味、その時の状況がそうさせたのかもしれません。
寝ぼけてぼんやりしていたからこそ、
白い影に対してこんなことが出来たのだと思います。
もしパッチリ目が覚めていたら、「ひいいいいいいいいっ……!」と
その場から逃げていたのは、K君の方だったかもしれません。
何となく、「知らぬが仏」という言葉が思い浮かぶそんなお話なのですが、
友人いわく――この話は本当にあった出来事らしいです。




