其の八十六「捜査は続く」
これから語るのは、もしかするとこれから広まるかもしれない
いや、広まってしまうかもしれない「怖い作り話」です。
全部で壱百八話。どれも短い物語です。
しかしその中には、時に背筋に冷たいものが走り抜け、
時にひそひそと誰かの囁きが聞こえ、
時に見てはいけないものが見えてしまうこともあるかもしれません。
そしてひとつだけ、どうしても言っておきたいことがあります。
これらの話は、すべて作り話です。しかし、ただの作り話ではありません。
この話、本当なんです。
このお話は、昨日の続き。
私の友人の中に、元警察官のKさんがいます。
小説で事件の捜査場面を書くとき、私はよく彼に内容を確認してもらいます。
現実の捜査と矛盾がないようにするためです。
そんなある日、私は「刑事や警察官のカン」について興味深い話を聞きました。
その流れで、Kさんはふと、十数年前の“ある事件”について語り始めました。
「現場で、今も捜査を続けている巡査部長がいるんだよ」
そう前置きして、Kさんは静かに話し始めました。
◇◆◇
それはKさんが二十代の頃、まだ現役の警察官だった時に聞いた話。
十数年前、ある都市の深夜の住宅街で殺人事件が起きました。
犯人は逃走中で、現場は混乱していた。
巡査部長のTさんは応援要請を受け、現場に駆けつけました。
しかし、犯人を追跡中に路地裏で刺され、そのまま殉職。
――そのはずでした。
ところが数年後、その事件現場となった住宅街で、奇妙な通報が相次ぎます。
「夜中に警察官が立っている」
「懐中電灯で地面を照らしていた」
「“ここだ、ここを見ろ”と声をかけられた」
だが、警察が確認に向かうと、そこには誰もいない。
最初はイタズラだと思われました。
しかし通報者の証言には、ひとつの共通点がありました。
「その警察官、顔色が悪くて……今とは違う制服を着ていた」
そんな噂が署内で広まりつつあったある夜。
若い巡査が現場付近を巡回していたとき、路地の奥に人影が立っているのが見えました。
懐中電灯を向けると、そこには制服姿の男性。
背筋を伸ばし、じっと地面を見つめている。
――噂の人物だろうか?
「警察の方ですか?」
巡査が声をかけると、その男はゆっくりと振り返りました。
「……まだ、終わっていない。犯人は――」
低い声でそう言うと、男は再び地面に視線を落としました。
巡査が近づこうとした瞬間、無線が鳴りました。
ビクリと肩を震わせ、ほんの一瞬だけ目をそらした。
ほんの一瞬だった。
だが――その一瞬の間に、路地には誰もいなかった。
◇◆◇
後日、巡査が先輩にその話をすると、先輩は静かにため息をつきました。
「……それ、多分Tさんだよ。Tさんは犯人を追ってる最中に刺されたんだ」
そして続けました。
「事件は未解決のままなんだ。だからTさんは……まだあそこで捜査を続けてるって噂だよ。あくまで噂だけどな」
巡査はその日以来、夜の巡回であの路地に近づかなくなったそうです。
なぜなら、Tさんが見つめていた“地面”には、
犯人の残した痕跡が、今も薄く残っているように見えたから――。
そして時折、誰もいないはずの路地から、こんな声が聞こえるという。
「……ここだ。まだ、終わっていない。犯人は――」
◇◆◇
Kさんは最後に、こう付け加えました。
「警察は現実的な物的証拠をもとに捜査する。“幽霊がこう言ってた”なんて証拠にならない。だから巡査も、Tさんが見ていた“地面”については言えなかったんだろうね。捜査にオカルトを持ち込むと……どうなるか、想像つくよね」
私はコクリと頷きました。
「風間さん、この話、本当だと思う?」
そう言ったときのKさんの表情が――
ニヤリと意味深に笑っていたことが、今も忘れられません。
私は確信しています。
この話、本当なんだと。




