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死闘

 

「……ブルルッ、ブモォォオオオオッ……!」


 苦し紛れの咆哮を漏らしつつ、ミノタウロスが此方へ振り向いた。


 白銀に煌めく僥倖、蒸気の音に似た荒い鼻息、血生臭い体臭。やはり改めて近くで見ると、その迫力や殺気が格段に違う。流石は〝魔獣〟、と言った所だろう。


 そのあまりの迫力に思わず固唾を飲んだ。勿論、僅かながら恐怖も感じる。しかし、背中に感じるこの震えはその〝恐怖〟からではない。


 ……格の違う強敵とぶつかり合える、その思考から湧き上がる〝興奮〟によるものだ。


「ブルウゥォオアアアアアアアアッ!」


 さっきの一撃が私による物だと気付いたのだろう。ミノタウロスは目を見開きつつ大きく咆え、斧を振り上げた。


 しかし、あの一撃が大分効いたのだろう。動作が明らかに鈍い。これぐらいなら、余裕で躱せる……!


「ブルォゥッ!」


 私は後方に跳ねる。それと同時にまた咆哮が響き、巨大な刃が目の前に叩き付けられた。その衝撃と、ピリピリとした微量の魔力が、肌を刺激する。


 よし良いぞ、狙い通りだ。

 着地と同時に私は叫ぶ。


「蘭さん! 目を瞑って!」


 私はパーカーのポケットから球形の物体を取り出し、地面に叩き付けた。細く、強い光が漏れ出すのを確認し、目を瞑った。


 その直後、手榴弾の様な破裂音と、目を閉じているにも関わらず明確に解る強い光が辺りを包んだ。流石のミノタウロスでも、この一撃は中々刺さる筈だ。


「グォゥッ⁈」


 案の定、驚きに満ちた声が聞こえてきた。私は目を開ける。見ると、ミノタウロスが痛みを堪えるかの様に目を抑えていた。


「凄いぞ姫乃! 中々上手い立ち回りだ! それにさっきの光、私の〝フラッシュボム〟を使ったのか! まさかあれから愛用してくれてたとはな」


 蘭さんから絶賛の言葉を受け取った。

 素直に嬉しかったので、ついはにかんでしまう。


「えへへ、まぁね。それにこの閃光弾、すんごい扱い易いから愛用させてもらってるんだ」


 蘭さんのマジックアイテム、〝フラッシュボム〟。大きさは野球ボール程しか無い、小さなピンク色の球体だが、衝撃を加える事で強力な光を発し、目を眩ませる事が出来る戦闘用のアイテムだ。所謂、閃光弾と言うヤツだ。


 このアイテムは、大分前に蘭さんから買い取り、以降、魔物退治で頻繁に扱っている。デザインも可愛らしいし、何より使い勝手が良い、私の選ぶ〝神アイテム〟のうちの一つなのだ。


 しかし、完全に相手の動きを封じ込める訳ではない。あくまで目眩しとしてのアイテムだ。ここで調子に乗っては、折角作った好機が無駄になってしまう。


 むしろここからが本番だ。

 私は軽く深呼吸をする。


「さて、気を取り直して……」


「……あぁ、一気に叩き込むぞ」


 私は音楽の音量を上げた。

 丁度、私のお気に入りの曲が始まった。静かなサウンドから徐々に盛り上がっていくイントロに入り込みつつ、意識を集中させる。


 心の奥から湧き上がってくるこの感覚、〝感情の悪魔〟の力が身体全体に染み渡った所で、私は呟く。


「……〝感情魔力〟、解放!」


 私は思いっ切り地を踏み付け、跳躍した。イントロの盛り上がりによる感情の昂りに身を任せ、心のままに跳んだ。


 風を切りつつ滞空し、ミノタウロスの上空に達した。目を眩まされ、行動が覚束無いヤツの頭に、現界した二丁のサブマシンガンの銃口を向ける。


「はぁぁぁぁぁぁぁッ!」


 絶叫と共に、二つの銃口から火花を散らした。連射された幾つもの銃弾が、目標に叩き込まれる。


「…………ッ」


 ……手応えはあった。


 しかし、奴の反応は鼻息一つぐらいだった。やはりライフルの弾よりも威力が低い分、決定打にはならないようだ。もっと、もっと打ち込まなければ……!


 空中で一回転し、着地する。そして、瞬時に後方を振り向いた後、ヤツから一定の距離を保ちつつ、その頭部に銃口を向け、引き金を押し続ける。


 後頭部への集中攻撃。ヤツにとっては痒い一撃だろうが、頭部にダメージを蓄積させるには丁度良い戦法だ。取り敢えずはこれで様子見を――。


「……おっと!」


 予感がした。

 私は本能に従って横に跳ぶ。途端、私のすぐ横をヤツの斧が空を切る。左半身に受ける風が、その危うさを物語っていた。


 危ない危ない、ギリギリセーフ。

 いきなり背後を振り向き、不意打ちを振るうだなんて、本当に危ないヤツだ。常に警戒しないと――。


「っと……!」


 また来る。

 私は咄嗟に転がり、ヤツの二度目の斬撃を躱した。その背後で、地面の抉れる音が聞こえてくる。


 目が眩んでいるにも関わらず、この攻撃速度、この瞬発力。やはり、強者と呼ぶに相応しい相手だ。


 まぁでも、こんぐらい強くないと面白味が無い。

 やっぱ魔物狩りはこうでなくっちゃ!


「ふふ、いいね、もっと私を楽しませてよ!」


 ニヤリと笑い、また連射。ヤツからの一撃を警戒しつつ、次々と頭部に弾を叩き込んでいく。


 ふと蘭さんの方を見る。

 彼女はヤツの隙を見計らいつつ、大剣の重い一撃を次々とぶつけていた。


「えらぁぁぁぁぁっ!」


 蘭さん渾身の一撃が、敵の腹部に直撃する。

 大剣は、鈍い轟音を響かせ、装甲を凹ませた。


「ぶ、ブモッ……⁈」


 鋼鉄の装甲が相手にも関わらず、流石は蘭さんの大剣、その一撃によって僅かながら相手を怯ませていた。おまけにヤツの口から弱々しい声が漏れ出ている。


 よし、とても良いペースだ。

 この調子で行けば、お互い無事に帰還出来る。


 心の何処かで安堵する私。しかし、その矢先に感じた足元の強力な魔力によって、それも見事に打ち砕かれた。


「ッ!」


 私は後方に退がる。そして、その場所から黒い物体が伸びてきて、やがて見覚えのある姿へと変形する。


 この既視感のある人影、馴染み深い魔力。間違いない、今日倒した〝ディザイア〟の同種だった。察するに、ミノタウロスの魔力に釣られて現界したのだろう、その周辺からも次々と伸びてきた。


「くそっ、こんな時に!」


 私は悪態を吐く。折角順調だったのに、コイツらの所為で全てが台無しだ。このままでは、ミノタウロスがまた復活してしまう。


 くそ、どう対処する?

 コイツらの対処が優先か、それともミノタウロスに留めを刺すのが優先か。


 コイツらを倒さなければ、ミノタウロスの目眩しが解けてしまう。でも、だからと言ってミノタウロスを優先すれば、コイツらが邪魔に入るかもしれない。


 どうするのが最適なんだろう。

 どうしたら……。


「平常心だ、姫乃」


 ……蘭さんに声を掛けられる。

 途端、我に返った。


「お前はこのディザイア達をなんとかしろ。コイツは私一人でしばらく持ち堪える」


「……! 無茶だよ、蘭さん! いくら蘭さんでも、コイツを一人で相手にするなんて……!」


 そうだ、無茶振りだ。


 ミノタウロスは強敵だ。いくら蘭さんが強くても、相手はその遥か上を行く程強力だ。いつ目眩しが解けるかも解らない状況で蘭さんを一人になんて……。


「あぁ、そうさ。私は無茶を言っている。だがこれが最適なんだよ。二人で生きて帰る為のな。それに――」


「……それに?」


 私の問い掛けに、蘭さんはニッと笑う。


「……お前なら、この量の雑魚敵ぐらい余裕で片し終えるだろ。私は信じてる。だから、早く手伝いに来いよ、姫乃」


「――――ッ」


 ……全く、蘭さんは本当に凄い人だ。


 こんな危機的状況でも冷静に対処出来る判断力に、どんなに無茶な作戦でも迷わず立ち向かえる決断力を備えている。そんな彼女の高いカリスマ性を見る度、自分の無力さを痛感してしまう。


 あぁ……ほんと私ってば、馬鹿だなぁ。

 こうなったら、一秒でも早く、こんなヤツら退治してやる……!


「……うん! 絶対すぐに戻るから!」


 曲は、二回目のサビ部分に突入する直前だった。

 私は蘭さんに向かって笑顔でそう叫ぶと、キッとディザイアの群れを振り向き、睨んだ。そして現界させた新たな魔力弾を銃に装填し、また叫ぶ。


「死にたいヤツから前に出ろっ! その身体に風穴ブチ抜いてあげるっ!」


 ……我ながら女の子らしからぬ台詞だな、はは。


 私は跳んだ。ディザイアの群れに向かって。

 そして身体をスピンさせつつ、銃口から大量の弾丸を火花と共にばら撒いた。勿論、狙いは定めていない。自分の感覚を頼りにひたすら砲弾する。


 回る視界の中で弾丸を目で追う。弾丸は四方八方に飛んでいき、相手の頭部や胸部、下半身等に風穴を開け、貫通していった。


 空中で体制を整え、着地。周囲の様子を確認した所、さっきの生き残り数体が私に近づいてきていた。最初より明らかに数は減ったものの、まだ全滅には程遠かった。


「えやぁぁぁぁぁっ!」


 私はまた叫び、両腕を広げ銃先を旋回させながらまた放つ。いくつもの弾丸が一体、また一体と敵の胸に風穴を開け、その身を消滅させていく。しかし――。


「キリがない……!」


 このサブマシンガンでは一体一体細々と撃ち込む事しか出来ない。にも関わらず、敵の数は一向に減る気配も無い。その上、群れの背後から新たに湧いて来てまでいる。減るどころか増える一方だ。


 いくら減らした所で増えては意味が無くなる。

 まずは増援対策をしないと。


 ディザイアの特性、ディザイアの特性……過去に他の魔法少女から聞いた事があった様な……、思い出せ思い出せ……。


 ……確か奴等は、影から生成された人の〝負の感情〟の具現化だと聞く。身体を形成しているのは魔力だが、暗所で無ければその身を生成出来ない。証拠として、魔物は夜にしか出現しない。


 と言う事はつまり()()を使えば……。

 よし、一か八かで試してみよう。確かアレなら、まだ二つほど残っていたはずだ。


「お願いッ! 上手くいってッ!」


 私はポケットからフラッシュボムを取り出すと、宙高く放り投げた。そしてマシンガンの弾を一発、その小さな球体に掠め、咄嗟に目を逸らす。


 カツン、とヘッドフォン越しから軽快な音が聞こえたかと思うと、頭上から破裂音が鳴り、まるで白昼の様に辺りが白光に包まれた。光源を直視している訳では無いが、それでも眩しい事には変わりない。


 同時に地面から感じていた濃い魔力反応が、一瞬にして消えていった。これで新たに湧いてくる心配は僅かながら無くなった。


「よし、上手くいった」


 我ながら上出来だ。

 この閃光で相手はかなり弱ってる。鈍くなった動きと弱まった魔力が何よりの証拠だ。この好機を上手く活用しなくては。


 光は徐々に消えていき、視界がはっきりしてきた。

 私は後方に跳躍し、ディザイアの群れを抜ける。そして空中でサブマシンガンを光の粒子に変換し、新たな武器を脳内でイメージする。


 着地と共に魔力を一点に込め、自分の身体程ある巨大なガトリング砲を生成し、地面に叩きつけた。銃口を奴等に向け、私はニヤリと笑う。


「でやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 私はレバーを回した。途端、鼓膜が破れるかと思う程の発砲音と共に、大量の銃弾が一度に放たれた。


「…………ッ!」


 衝撃が強い。全身の骨が砕けそうだ。

 やはりガトリング砲の負荷は、私の様な女子中学生の小さな体躯では耐え切れない。


 だけどまぁ、それも相応の対価って事だろうな。


 ガトリング砲の重く、そして大量の弾丸がディザイアの群れを襲っていた。その煤黒い身体は弾丸によって一瞬にして灰と化し、次々と宙に消えてゆく。


「……ふ、フフフフッ……」


 まさに爽快だった。

 あんなに底の知れない数だった大軍が、ものの数秒で一気に溶けていっている。ゲームで雑魚敵を一掃している様で、あまりの快感につい頰が緩んでしまう。


 同時に、心の何処かでへばり付いていた不安が、少しずつ消えていく様にも感じた。まるで見えなかった勝機が、雲から差す光の如く薄っすらと見え始めた。これなら……勝てるかもしれない。


「いッッ、けぇぇぇぇぇぇぇ!」


 私はまた叫ぶ。


 消し炭となる敵の大軍を眼中に収めながら、そして、あと少しで届きそうな勝利を願いつつ、ただひたすら撃ち続けた。


 と、ここで。


「…………!」


 熱く、ピリッとした熱気と魔力が頰を刺激した。同時に、敵の大軍を収めた目に、ちらりと火の粉が舞うのが映った。


 方角は蘭さんの居た方だ。

 という事は……彼女が()()を使ったに違いない。


 レバーを回す手を休めず、私はその方角へ振り向く。その目に映るのは、紅く燃え滾る炎と、それを纏った大剣を相手に向けた蘭さんの姿だった。


 彼女を囲む様に上がる紅炎の壁。煙と共に宙を舞う火の粉。そして、こちらまで伝わってくる程の濃い魔力の反応。


 間違いない、あれはいざと言う時にしか発動しない、蘭さんの奥義。〝感情の悪魔〟との共鳴をより強くする事で発動される、魔法少女一人一人が持つ最強の切り札――。


「〝感情魔力〟覚醒! あたしの心に宿りし〝情熱〟の炎を以て、その力を解放する!」


 蘭さんは叫ぶ。

 直後、瞳が真紅に染まり、大剣を纏う炎が一気に力を増した。魔力も更に濃度を上げ、辺り一帯を包み込む。


 始まる。蘭さんの、本気モードが。


「〝情熱(パッション)()炎大剣(レーヴァテイン)!〟」


 肌を触れる熱気が強くなった。

 視界も段々と紅く染まってゆく。


 視線を戻しつつも、蘭さんの猛進撃が身体の芯まで伝わってきていた。剣と斧が交わる音、業火が燃え滾る音、そして、互いの咆哮と絶叫……。ディザイアの群れを見ているはずなのに、まるで彼女の闘いを凝視しているかの様だった。


 ……そうだ、そうだよ。

 蘭さんがここまで本気になるのだ。もしかすると、戦況が苦しくなっての発動なのかもしれない。あまり悠長にコイツらの相手をしてる暇は無い。


 ちゃっちゃと終わらせて、早く蘭さんの加勢に行かなければ……!


「蘭さん、待ってて……! もう少し、もう少しだから……!」


 気付けば、ディザイアの数も残り僅かとなっていた。ガトリング砲だけでなく、蘭さんの熱気によっても数が削られている。この数だったら、サブマシンガンの方が早い。


 私はガトリング砲をすぐさま光の粒子に変換、そしてサブマシンガンを再び形成させる。そして、引き金を強く押しつつ敵陣へと突っ込んだ。


 私は敵陣を舞う。敵の身に確実に弾丸を打ち込み、一体一体灰へと変えていく。そして――。


 ……最後の弾丸が、敵の頭を貫いた。


「……よし!」


 私は蘭さん目掛けて走る。

 炎を纏い、敵の刃とぶつかり合う彼女の元へと。


 あと、少しだ。


 この魔獣さえ倒せば、私達は無事に任務を終わらせて帰れる。いつもみたく、馬鹿げた話題で面白おかしく笑い合う事が出来る。


 ひとまず、約束は守れた。

 蘭さんの期待に応えられた。


 あとはヤツを倒せばこの闘いは終わる。

 最後の力を振り絞って、ありったけの力をぶつけてやる。きっと二人であれば楽勝なはずだ。


 あと少し、あと少しで射程範囲だ。

 範囲内に入ったら、私も蘭さんに続いて魔力の覚醒を……。


「………………え?」


 そこで私の脳内が真っ白になった。

 止めてはいけないはずの足も止まり、構えていた拳銃は力が抜けてだらりと下を向いた。


 目の前の光景に、私はただ呆然とするしか無かった。口から漏れるのは、吐息の様に掠れた声くらいだ。


「蘭…………さん?」


 喉に突っかかった声を、私は無理矢理吐き出す。


 私の目に映ったのは……ヤツの斧によって胸を剣ごと断ち裂かれ、血飛沫を飛ばした蘭さんの姿だった。





前から考えてた展開をやっとこさで書き上げました。時間が掛かってしまってすみません……。


次回、姫乃の身に〝何か〟が起こります。

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