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慟哭

 

「す、すまねぇ……姫乃……」


 蘭さんの身体が、力無く血溜まりへと倒れる。その弾みに、ぱちゃりと悍ましい音を立てつつ辺りに血飛沫を飛ばす。


 その様子を見た所為か、勝手に足が蘭さんの方へと急いでいた。近づくにつれ、血の生臭い匂いが強くなり、むせ返りそうになる。


「蘭さん……!」


 やっと、まともな声が出せた。

 私は蘭さんに駆け寄り、倒れた彼女に声を掛ける。


「どうして……こんな……」


 苦痛に耐えながら身を起こした蘭さんは、無理矢理作ったであろう笑みを浮かべた。


「怒る……よな、はは……。本当に悪りぃ……あたしとした、事が……手こずってしま――」



 ……突如、目の前で何かが空を切った。



 その()()がヤツの斧であった事を理解する頃には、蘭さんの首は紅い噴水と共に吹き飛んでいた。


「――――――――」


 すぐ向こうで、首が生々しい音を立てて地に落ちた。


 私の頰に、彼女の血液が掛かる。

 その切り口から吹き出す噴水は止まる事を知らず、私はただ呆然と、その血を浴びた。


 やがて、頭部を失った、つい先程まで共闘していた友人の身体がまたぱたりと倒れ、新たに血溜まりを作る。


「何…………で……?」


 それしか言葉が出なかった。


 嘘、だよね。

 そんな筈が無い。そんな、蘭さんが敗れるだなんて、そんな事……有り得ない。


 だって、蘭さんは強いんだよ? 私が今まで見てきた魔法少女の中で一番強いと断言出来る。こんな風に死ぬだなんて。


 そんな事、有り得ない。


 有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない……。


 有り得ない、そんな事があってたまるか。


 一体どうして、どうしてこんな……。


「ブルモォォォォォォォォォおおおおッ!」


 ……もう何も聞こえない。

 何も考えられないし、何も感じない。


 嗚呼、ただ、何というか……。

 ()()()()()()()()()()()()()()だけは、流石に理解が出来た。


「……ブモォゥゥウッ!」


 ……今のは、一度(ひとたび)の咆哮と、斧が叩き付けられる音だろうか。考える事を止めた所為か、音の判断はつく様になった。


 ……こんな事を考えてる時点で、考える事を止めた、というのはちょっと矛盾しているか。ま、そんなのは今更どうでもいいけど。まぁ、どちらにしろ――。


 ……その一撃、あまりにも遅過ぎる。


「ッ⁈ フーーーーーーーーーッ……」


 ……ヤツがやっと後ろを振り向き、目があった。


 さっきの攻撃が繰り出される頃には、私は既にヤツの背後に立っていた。と言っても、テレポートを使った訳では無い。魔力の覚醒による身体強化によって、高速で移動したのだ。


 ある意味これが、私の〝魔力覚醒〟と言えよう。

 蘭さんや他の魔法少女の様に、封印を解く呪文を詠唱する必要は無い。この〝感情の昂り〟がある程度達するだけで、私には十分過ぎる。


「ブモォォォォォォォォォォォォォォォォッ!」


 ……嗚呼、何て醜くて、腹立たしい吼えだろうか。


 今、私の中で荒ぶるこの感情、世間一般では〝憎悪〟と呼ばれる物だろう。このどうしようもない、苦痛、絶望、妬み、憎み、それら全てを、ぶち込んでやる……ッ!


「……ッ! ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」


 私は突撃する。

 風よりも、音よりも早く、前方へ跳躍するか如く、ヤツに目掛けて突進する。


「ブルゥウ――――」


 斧が振り上がった。

 でも遅い。あまりにも遅い。


 瞬間的にヤツの目の前に接近した後、腹部へと跳躍。そのまま体勢を変え、両足を使って蹴り飛ばした。


「――――ッウォォオッ⁈」


 ミノタウロスが後ろに体勢を崩す。更に、その弾みで空中で一回転、続けて現界させたサブマシンガンで頭部に向かって連射する。


「………………ッッッ!」


 無防備となったヤツの口から苦痛の声が漏れる。

 そりゃあ効くだろう。さっきの弾丸とは違って、自身の魔力を用いて更に威力を上乗せしたからな。


 でも、まだだ。まだまだだ。

 この程度じゃ、私の恨みは一ミリたりとも晴れる事は無い。


 地面に着地した後、また前方へと跳ぶ。


「うああああああああああああああああああッ!」


 私が再び接近する頃には、ヤツは体勢を整え、起き上がっていた。……流石は魔獣。戦況の立て直しが早い。だけど、それでもやっぱり遅い。


 私は上空へと跳んだ。そのまま身体を回転させながら体勢を整え、ヤツの頭に着地する。


「死ね…………っ!」


 私はサブマシンガンを粒子に変え、ライフル銃へと変化させる。そして、銃口をヤツの頭に密着させ、引き金を引いた。


「ブルゥゥゥウああああああアアァッッッ!」


 鈍い銃声、生々しい血肉の音と共に、激痛に苦しむ凄まじい悲鳴が耳を劈く。銃創から赤黒い液体が吹き出し、顔面を穢す。


 嗚呼、痛いだろう、苦しいだろう。だけどこの程度、蘭さんが受けた激痛とは比べ物にもならない。


「死ねッ! 死ねッ! 死んじゃえッ!」


 私は引き続き弾を撃ち続ける。その度、ヤツの生臭い血液が吹き出し、銃声と血肉の音が混じった音が鳴り続ける。


 ヤツの血は人のそれよりも悪臭だった。例えるなら、赤潮が流れてきた溝川の匂いだ。もし理性が保たれていたならば、耐え切れず嘔吐してしまっていただろう。


「ブルゥッ! ブモォゥッ!」


 その上、ヤツが私を振り払おうとその巨体を大きく揺らしていた。視界が大きく揺れ、今にも飛ばされそうだった。角を掴み、バランスを取りつつ、必死で堪える。


「…………くっ!」


 このままでは駄目だ。


 今この状況では引き金が引けない。その上、振り払われるのも時間の問題だ。最悪、こうしているうちに、ヤツが自己再生で傷を回復するかもしれない。


 いつまでもここに居る訳にもいかない。

 だったらもう、()()()を使うしかない……!


「〝感情魔力〟覚醒ッ!」


 そう叫び、また空へ跳ぶ。


 身体中に爆発的に行き渡る大量の魔力を感じつつ、空中で意識を集中させる。


「……私の中で荒ぶる感情の〝興奮〟を以て、この一撃を解放する……!」


 空中で体内の魔力を外へ放出させ、脳内のイメージを念じた。それに呼応するかの如く、私の横に大量の光線銃や、人一人分の大きさのミサイルが次々と生成され、標的に銃口を向ける。


 よし、これで砲撃準備が完了した。魔力の調子も良好、目標の挙動も鈍い。あとはアイツに……全てをぶつけるだけだ。


「喰らえっ! 〝狂乱(クレイジー)()銃撃戦(ガンファイト)〟!」


 絶叫を合図に放たれた、無数の光線。それらは、重症によりすっかり鈍った標的の巨体を、次々に貫いていく。周囲のアスファルトは抉れ、宙をどす黒い血液が飛び散る。


 そんな殺戮の光の雨が降る中、背後からミサイルが放たれ、追い討ちを掛ける。風を切りつつ標的目掛けて直進していくそれは、やがて着弾し、激しい衝撃と爆音、黒雲を作り出していく。その爆破はかなり強力なもので、滞空する私にまで熱風が伝わってくる程だった。


「……よし」


 役目を終え、光の粒子と化し空へ溶けてゆく光線銃を横目に、私は地へと落下する。そして、スナイパー銃を手元に生成し、着地する。


 やがて、ミノタウロスを包囲していた黒雲が晴れた。土埃や灰に塗れたその身体には、赤く濡れた弾痕や深傷が刻まれ、爆風によるものか右腕の肘から下を失っていた。挙動も先程より明らかに鈍く、ぎこちないものだった。


 そんな容態でありながら、ヤツは此方に向かって歩みを進めていた。右腕を失い、扱えなくなった斧を片手に引き摺り、闘志や敵意、怨恨の類いの感情を燃料とし、一歩一歩と近づいてくる。


 ……コイツ、まだ動くんだ。

 底の知れないヤツの耐久力に唖然とし、溜め息混じりで私は皮肉を込めた言葉を吐き捨てた。


「まだ動けるんだね。けどもう私も疲れたし、あなたの醜い姿ももう見たくない。……だからもう終わりにしてあげる」


 勿論、まだ心残りはある。

 むしろまだ足りない。


 けれど、自分が疲労困憊である事は確かだった。全身激痛で悲鳴を上げているし、魔力も底を尽きてきている。悔しいけれど、ここで区切りを付けないと。


 私はスナイパー銃を構える。スコープを覗き、銃身を支える左手に力を込め、引き金に指を掛ける。ヤツの頭部に狙いを定め、小さく息を吐く。


 一発だ。

 一発で仕留める。ヤツの頭を貫いて、蘭さんの無念を少しでも晴らす。その為にはあと数歩。ヤツが良い感じに近づいたら、この弾を放つ……!


 絶好の機会を伺う私は、ヤツの鋭く白銀に煌めく僥倖と目を合わせる。



 ……途端、心臓がどくんと鳴り――


「――――ッ⁈」


 ――急に視界がぐらりと揺れた。



 その直後、眼球が痺れ、それに伝達するかの様に全身が麻痺する。つい先程まで何とも無かった身体が急に硬直し、体内で何かが疼いた。同時に魔力の感覚を失い、スナイパー銃がパッと蒲公英の綿毛の如く消えていった。


「な……何……? 何が起きたの……?」


 立ち眩みがする。頭痛が酷い。

 何が起きた? さっきまで異常が無かったのに。ヤツか、ヤツと目を合わせた時からだ。アイツ、一体私に何をしたの?


 戸惑い苦しみつつも、何とかヤツの姿を眼中に収める。ヤツは自身に魔力を、目で明確に解る程濃くし纏い始めていた。今来の経験から理解は容易い。あれは魔力を用いて傷を治療しているのだ。


 このままではまずい。ヤツが最高潮に回復するまで時間の問題だ。そうなれば、私が一撃で死ぬ事等、火を見るより明らかだ。


 早く動かないと。

 でも、相変わらず動けない。まるで全身が石化したかの様に、指一本でさえも動かせない。


 そんな最中、やがてある事に気づく。


 そうか、蘭さんは――。

 蘭さんも、その眼に睨まれ殺されたのか。私の様に、全身が麻痺し、動きを封じられた所でその斧に首を刎ねられた――。


 そっか、これが〝魔獣〟の力。

 魔物とは格の違う怪物の力。誰もが認める強者を死に追い遣る、強大な力。私は、そんな怪物を舐めていたのかもしれない。


 でも、そうだな。

 もしも、蘭さんと同じ方法で一生を終えられるのであれば――。


 ……それはそれで本望、なのかも。


 私は抗うのを止めた。

 無理矢理身体を動かそうと必死だった気力を殺し、ゆっくりと目を瞑る。


 一音、また一音と大きく重い足音が地に響く。石の身体に衝撃が伝い、それが段々と大きくなってゆく。

 ……不思議と恐怖は感じなかった。


 そして衝撃がぴたりと止まり……斧の上がる気配を察知した。



「させないのぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」



 ……一度(ひとたび)の絶叫が耳に入ってきた。同時に、二種の鉄の鈍い音が重なった。その音の発せられた元が何か、私には理解出来なかった。


 私は驚き目を開く。

 目の前に立っていたのは、クマのパーカーフードを被った、既視感のある小さな背中だった。


「しっかりするのっ、姫乃さん! 菜乃()()が何とかするから……意識を強く持つなのっ!」


「菜乃……ちゃん……?」


 どうして、どうしてこんな所に……。

 駄目だよ、菜乃ちゃんだけじゃヤツに勝ちっこない。もうこれ以上被害者を増やしたくない。だから早くここから……。


 ……今、何て言った?

 ……菜乃、たち?


「……〝冷然なる(クールネス・)吹雪(ブリザード)〟」


 冷たく、淡々とした声が、鼓膜にはっきりと伝わってきた。その直後、肌身が凍り付きそうな冷気が辺りを包み込み始める。


「…………ッ⁈」


 な、何? 何この冷気は?

 今は六月だ。こんな冷たい風、季節外れにも程がある。それに、急に魔力の気配が濃くなった。という事はつまり……。


 そんな考察をしているうちに――。


「ッ⁈ ヤツが……」


 ヤツが……ミノタウロスの身体が、段々と凍り付いていた。脚の先から腹部へと、目で追うのでやっとの速度で。


 そして……やがてその巨体が丸々と、完全に氷漬けとなってしまった。


 ヤツが動く気配は、微塵も感じなかった。


「そんな……、一瞬にして……」


「……魔法少女には、それぞれ〝適正〟と言うものがあるの。あの魔獣……ミノタウロスは、〝憤怒の化身〟。怒り狂う者、荒れ狂う者の魔力を無力化出来る反面、冷静かつ平静な者の魔力には滅法弱い……」


 淡々と話す声の方へと目を移す。


 そこに居たのは、白いローブを身に纏い、群青の宝玉が嵌められた長い杖を手にした、長い黒髪の少女だった。


「けれど……一撃で仕留められたのも、貴方や蘭の死闘や犠牲があっての事よ」


 細く美しい声でそう言うと、彼女はミノタウロスの前へと歩いてゆき、その氷塊をこつりと杖先で軽く叩いた。


 途端、その氷塊がヤツの身体ごと粉々となり、そのまま音を立てて崩れ落ちた。細々となった氷塊は、白青の光の粒子となって、空へと消えていった。


 ヤツの最後を見守り終えた所で、彼女は此方へと振り向き、寂しそうに微笑する。


「ありがとう、姫乃さん。そして……ごめんなさい。もう少し私の到着が早ければ、蘭の命を失う事は無かった……」


 俯き加減で彼女は言った。

 この言葉を機に、私ははっとする。


「……! そうだ、蘭さんは?」


 私は辺りを見回そうと首を動かすものの、よろりと体勢を崩してしまった。無理も無かった。今まで麻痺していた身体を急に動かしたものだから。


 それでも何とか体勢を整えると、痛みと麻痺の反動で軋む身体を無理矢理動かし、蘭さんの遺体を探す。確か、魔力を覚醒した所だった筈だ。あの衝撃で地にクレーターが生まれた覚えがあるから、この付近の筈。


「こっちなのっ! 姫乃さん!」


 西方から菜乃ちゃんの声が響く。

 私は出来る限り速い速度で声の方へ向かう。


 到着した私の目に真っ先に映ったのは、蘭さんの遺体を抱き正座する菜乃ちゃんの姿だった。そして、目線を下げた先に……首を失った戦友の姿があった。


「蘭さん……」


 私は地面に崩れ落ちた。

 未だに信じられない。今、私は酷い悪夢に魘されているのだと、心の何処かでそう言い聞かせていた。


 でも、やっぱり現実だ。

 痛みは身体の芯まで感じる。意識もはっきりしている。それに、鼻孔に染み付く蘭さんの匂いが、夢では無いと物語っていた。


「ごめん……ごめんね。私の所為で……私が弱かった所為で、こんな惨めな姿に……。」


 そうだ、私の所為だ。

 私がもっと早くディザイアの群れを倒し終えていれば、動きが封じられた蘭さんを助けられていたかもしれない。


 後悔でしかない。

 自分に対する怒りしか感じられない。


「痛かったよね? 苦しかったよね? 本当にほんとうに……ごめんなさい。私の所為で。私がもっともっと強ければ……」


「姫乃さんのせいじゃないのっ!」


 途端、少女の声が私の言葉を遮った。

 振り向いた先にいる菜乃ちゃんは……大粒の涙を零していた。


「姫乃さんのせいじゃない。きっと、蘭姉ちゃんも同じ事を言うの! むしろ、蘭姉ちゃんは姫乃さんを褒めてくれると思うの! いつもいつも、菜乃に聞かせてくれるから……『とっても、強くて強くて、立派なヤツだ』って!」


「………………ッ」


 駄目だ、もう歯止めが効かない。


 壊れてしまいそうだ。

 首が飛んだ直後も、ミノタウロスと闘ってる時も、我慢出来た筈なのに。


 そうか……そうだったな。

 蘭さんは今まで、私を咎めた事なんて……一度足りとも無かったな。いつだって、私の事、信用してくれてた。信頼してくれてたんだ。


 だけど……いや、だからこそ。


 私は悔しい。

 彼女の期待、彼女の信頼に応えられなかった事。そして何よりも……私をいちばんに信用してくれてた人を、失ってしまった事が。


 蘭さんが私を悪く言わなくても……私が自分を責めたいよ、非難したいよ。


「うぐっ……ひぐっ……」


 ――蘭さん。


 魔法少女に成り立てだった当初から私を支えてくれた、姉の様な存在。


 私にとってかけがえのない……だいすきな人。


 今までありがとう。

 そして…………っ、ごめんね……。



「――――ひぐっ……う、うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ」



 私は泣いた。

 情けなく、赤ん坊の様に、叫び、泣いた。


 真夜中の広大な駐車場の真ん中で、二人の少女に見守られながら、ただただ、慟哭を轟かせた。


 ヘッドフォンからの音楽は、いつの間にか……止んでいた。






御精読、有難うございました。

この様な悲しいお話を作るのは人生で初めての事だったので、書いてる途中で身体を震わせていました。お話の中とは言え、まだ十歳弱の少女を苦しませているというのもあるので。

次回で一章は終了です。蘭さんの死を機に姫乃の下した決断とは……。

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