046
恒星ソールの光を浴びて白く輝く希望の船
滅びゆく命の種を未来へと繋げた救世の船
第五地球の上空から人々を見守る母なる船
それが朔望月。
第五地球の上空およそ384,400kmを周回する全長3,474kmの人工物は、それ自体が第五地球の衛星代わりとなっている。
ソール恒星系に存在する衛星の中でも、第五木星の衛星〈第五イオ〉に次ぐ5番目の大きさを誇る朔望月は、それを見上げる人々に様々な感情を抱かせる。
それは人類をこの世界まで運んで来た偉大な船…でも三体の宇宙マンボウが進行してきた時には、自分たちを見捨て逃げ出そうとした船…
全ては人という種を守るため。
それは分かる…頭では。
でも…心に生まれた小さな疑問は、いつかきっと大きくなる。
見下ろされる自分たちは、彼らにとって何なのか…
多くの犠牲を払い守り抜いた大切な子孫?
自らの行いを検証する為の実験動物?
それとも…カウントされるだけのただの数字?
…そうだったとしても…それを不満に思っても…縋るしかない…
…自分たちでは何も決められないのだから…
これがこの世界の現状。
用意された道を進むことしか知らない人間に、新しい道を自ら探す勇気はない。
でも、そういう人間に育てられたのだから仕方がない。
そうなるように何度も修正を繰り返してきた者たち。
まさに現代に蘇ったノアの方舟のようなあの船に乗る、いまこの世界を回す者たち。
黄金の林檎…
かつて滅びゆく地球から人々を救い出し、ここまで導いて来た指導者たち。
その中でも特に優れた者たちが、選別され今もあの船で生きている。
…今も生きているってのがスゴイよね…今いくつよ?
「会えばわかりますよ。」
徳川社長はそう言っていたが、それはもう只者ではないという事だろう。
最初の地球を旅立つ際の指導者もいるという何千年も生きている人間たち…
それはいまでも人間と呼べるものなのだろうか?
彼らはいまでも自分のことを、人間だと思っているのだろうか?
しかし、普通の人間が何もせずそれだけ長く生きられるわけがない。
だとすれば…既にこの世界には、それだけ長く個を維持できる方法が存在するということだ。
では地球教の連中は何がしたいん?
「おらー!キビキビ動かんと日が暮れんぞー!」
宇宙で日が暮れると言われても、あまりピンと来ませんな。
現在アルフヘイムでは、宇宙港に隣接するドックを使用し、朔望月潜入作戦の準備が進められている。
もちろん俺は邪魔だからとすみに追いやられ、ただ椅子に座ってニャモコスを吸っているだけなのですが…
しかしこれはまた…なんとも壮観ですな。
第五地球や朔望月の周りには、大小さまざまな岩石や氷の塊が物によって様々だけど秒速何kmもの速度で周回しています。
俺たちはその中から直径10mほどの氷の塊をいくつも運び込み、その内部をくり抜きバトルドール部隊でギュウギュウの捕獲器を収容する偽装作業を行っております。
これが朔望月への潜入部隊。
それがこのドックを埋め尽くす氷の山。
早い話が氷の塊で朔望月に当たって砕けろという、誰でも考えそうで、だけど実際にやるとなれば躊躇するだろう馬鹿げた作戦。
岩石や氷の塊などの天体とスペースコロニーなどの人工物との衝突というのは、実は結構な頻度で起きている。
その中でも大きな物はバトルドールやギルド艦などで破壊するのだが、小さな宇宙のゴミなどは無視をしている。
それは防御フィールドがあるから。
しかし、直径10mの氷の塊との衝突ともなれば、さすがにコロニーの防御フィールドでは防げない…
でも、朔望月なら話は別。
例えギルド艦を超えるような岩石が衝突してもビクともしない朔望月では、そんな小さなものなら観測すらしていない。
だからそこを突く。
今回の作戦にはバトルドールおよそ12,000機を投入する。
射出された氷の塊は防御フィールドにぶつかる直前で内部から破壊し、展開した部隊は防御フィールドを中和し朔望月内部に突入する。
百戦錬磨の彼女たちなら、こんなことは朝飯前。
…なんだけど、問題が二つあった。
一つは、朔望月が警戒しないのは、あくまでも岩石などの無生物だけということ。
つまりは生体反応を示す人間などが近づけば、偽装をしていようがバレてしまう。
そこで選ばれたのがアンドロイドの冒険者たち。
…でも、それで問題解決とはいかない。
確かに機械であるアンドロイドには生体反応はない。
それどころかアンドロイドの身体には、自らエネルギーを作り出す機能がない。
そこでアンドロイドはコロニーやギルド艦などから〈ワイヤレスエネルギー伝送システム〉とかいうご大層なものでエネルギーを得ているわけだ。
では、そのエネルギーをどうするか?
バトルドールや小さな乗り物にも、短時間なら活動可能な簡易システムが搭載されている。
しかし宇宙に存在する他の氷の塊のように周回しながら近づくとなれば、途中でエネルギーが尽きてしまう。
そこで潜入するアンドロイドの冒険者たちには、朔望月の防御フィールドに接触する直前までスリープ状態でいてもらう必要がある。
そんな状態で、もしバレたら?
全方位に対応可能な朔望月の防衛システムの砲撃に対し、一度打ち出されたら方向転換すら出来ない氷の塊では回避も無理だし、そもそもスリープ状態の彼女たちには、それに気づくことすら出来ない。
そこで朔望月の観測と、バトルドールとアルフヘイムとの暗号通信を繋ぐ中継器として、直径3,000mの大岩に偽装した無人のヘイムダルをつけることになっている。
これなら何とかいけるのかな?
「なるようになりますよ!」
潜入部隊に志願したアップルが、そう言って俺の肩を叩く。
そしてもう一つの問題。
こちらの方がより大きな問題かな?
…それは今回の作戦が、全て彼女たち任せだということ。
俺が現実世界に戻るために必要な事なのに、俺は何もせずただ見ているだけ…
あれから彼女たちは何も言わない…何も言わず目の前のことをただ黙々と進めていく。
俺はあの後すぐ、俺について来てくれると言ってくれたミルフィーユたちギルドのメンバーにも、彼女たちと同じようにもう一度考えるように言っておいた。
いまのメンバーの中には、この世界の人間である梓もいるし…お兄ちゃんからも何とかしてくれと泣いて頼まれたし…←いろいろあったみたいです。
余計なことを考えれば手が止まる。
一度手が止まればその分時間を失う。
その失った時間が自分を殺す…仲間を殺す。
だから余計なことは考えない。
考えるのは如何に目的を達するか…それだけで良い。
今は作戦に集中する。だから…もうちょっと待って…
作戦に参加する者、サポートする者。
全ての冒険者たちの、それがいま出した一人ひとりの答え。
元々急がせるつもりは無かった…
でも、帰るのは俺ひとりだけでも構わないんだよ?
だからみんなには自分が本当にやりたい事を選んで欲しい。
だから俺もちゃんとしないと。
◆
やっぱり俺も行く!
そう言うのは簡単だが、言えばこの作戦自体が成り立たなくなる。
黄金の林檎が警戒するのは、自分たちに逆らう可能性のある自分たちと同じ人間だけ。
だから許可なく立ち入る者には容赦はしない。
(普通はね…まあ、あの人はアレだから…向こうも諦めているのかな…)
でもそれは自分たちが守ってきた人間を信用していないってこと。
…それもなんだか寂しいね…
いまあの船にいる人間は、自分たちしか信用しない彼らだけ。
その為あの広大な船を全知全能の神さまではない彼らは管理しきれていない。
そこで朔望月の防衛や警備、外部内部の観測や警戒監視は全て彼らが作ったコンピュータと、それが操るドローンが行っている。
潜入することさえ出来れば…
それらのシステムも、うちの問題児たちが作り出したウイルスで無効化できる。
これは間違いなくできる…そうでなければ、あんな笑い方ができるわけがない。
だから朔望月に行くまでを何とかすれば良いわけだ…
それなのに、人間ひとりくらい何とかならんの?
「マスターが死体になれば良いんニャよ!」
うん!簡単に言うな!
あてもなくアルフヘイムの中をブラブラ歩く俺のあとを、問題児のひとりが笑いながらついてくる。
でも死体か…本当に死ななくてもそれに近い状態になれば行けるんじゃない?
「無理。」
そんな薬もあるだろうと相談にいったアルフヘイムの医務室で、玉藻は俺の顔すら見ようとしない…
「そんな薬が必要になる状況がこの世界にあると思う?それならそんな薬を誰が作るの?でももしそんな薬があったとしても、私がそれをマスターに投与すると思う?」
顔を見ないまま、立て続けのごもっともに言葉も出ない。
「ありますぜ!」
その声に振り向くと、数本のアンプルを手にしたもう一人の問題児が、医務室の入り口に立っていた。
「これは私が作った試験薬の失敗作なんだけど、その副作用で一時的に心肺が停止するんだ。」
「そんなの私が許可するわけないでしょう!」
「決めるのはマスターだ!…これを飲めば朔望月に行けるよ?どうするマスター?」
梓はアンプルの首をハート型のヤスリで切断すると小さなストローを刺してテーブルに置く。
飲むタイプということか…全ては自分の意思で自分で決めろということか…
試されているのかも知れない。
そう思った。
全てを捨ててついて行くだけの価値が俺にあるのか…これはその試金石…
迷うことなくアンプルに手を伸ばすと、梓は小さな咳払いをする。
その前に、この薬について説明しよう!
これは私が開発した毛生え薬の失敗作だ。
この世界の育毛はナノマシンを使用したものが一般的だが、そんなナノマシンが作り出した偽物の髪じゃなく、天然の自分の髪を育てたいというニーズに応え開発したものだ。
なんだけど、副作用で仮死状態になるわ、逆に髪は抜けるわで開発は中止!
いや〜まいったよ!
「ちょっと待って!」
「ん?ああっ!これは新しく調合したものだから消費期限は心配ないよ!」
「そうじゃない!…抜ける?」
「ああっ髪の毛ね。うん!つるっつる。」
━〈マスター心の叫び〉━━━━━━━━━
つるっつるだとぉーう!
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伸ばした手だけじゃなく身体全体が凍りつく。
それは…あまりにリスクが高すぎる…
「もちろん飲み続ければの話だよ。…だけど…」
俺の隣に座った梓はテーブルに置いた別のアンプルを再び手にする。
「これは全て別々に開発した毛生え薬だけど、全てに副作用…いや、全てに奇跡的な効力がある。足手まといにしかならない人間が、アンドロイドについて行くのなら…これを必ず飲む時が来る。」
「…これも飲めば…」
「飲めば飲むほど、何故か頭皮の毛根に壊滅的なダメージを受ける!」
━〈マスター心の叫び〉━━━━━━━━━
頭皮の毛根に壊滅的なダメージだとぉーう!
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「男の価値は髪の量じゃないニャ!その生き様ニャ!」
━〈マスター心の叫び〉━━━━━━━━━
じゃあ何で口元が緩む?
お前、楽しんでるだけだろ?
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「やめてくださいマスター!こんなの誰も望んでいません!」
━〈マスター心の叫び〉━━━━━━━━━
いまチラッと生え際を見たよね?
想像してから言ったよね?
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「…でっ、でもあれだろ。俺、自分の部屋で…ボタン一つで髪型変えたよ…あっその時ニャモもいたじゃん!」
「それがナノマシン。そう見せかけているだけ…実際の髪の毛が変化したわけじゃない。」
「…そんな…」
「それに、マスターは帰るのでしょう?この世界では偽りの髪で誤魔化せても、元の世界に戻ったら…」
━〈マスター心の叫び〉━━━━━━━━━
戻った瞬間つるっパゲ!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「さあ、どうしますマスター?」
潜入作戦の準備は間も無く整う。
あとは俺がどうするか…何もせずここに残るのか…朔望月に行って毛も逝くのか…
震える手でアンプルを手に取った俺は、それをイッキに飲み干した。
懐かしい…こんな感覚久しぶりだな。
心臓がバクバクして軽く目眩までする。
後悔しながらも、何が起きるかワクワクする…まるでボーナス丸まる課金するようなこの感じ。
これは自分がやらなきゃいけないこと…
そうじゃない。
悔しかったんだ。
羨ましかったんだ。
本当は自分が一番楽しみたいだけなんだ。
死の危険があったとしても、それでも何処か楽しそうなみんなを見て、俺もそこにまぜて欲しかった。
これから始まる新しいイベントを、みんなと一緒に楽しみたかった。
偉そうなことを言っても、それが朔望月に行きたい俺の本心。
薄れゆく意識の中、クスリという問題児二人の笑い声と、やれやれという玉藻の小さなため息の音だけが聞こえ、その音もだんだん小さくなっていく…
俺の大きな覚悟と共に、朔望月潜入作戦は開始される。
はたしてその覚悟に見合う情報があの船にあるのかどうか…それは、カミのみぞ知る…
なんてな。
少しだけ早く書けたかな…(≡Д≡;)
月一ペースは変わらんが!
次もサクサク書けますように。
でも年度末…
だから早めに投稿した十でした。




