044
もう一度、あの子に会いたい。
もう一度、あの子の声を聞きたい。
もう一度、あの子を抱きしめてやりたい。
もしももう一度あの子に会えるのなら、私はもう何もいらない…
それは地球教のシスターたちの声…
最初の地球へと旅立った者たちの母親の声…
彼らが旅立ってから、もう8年以上の時が流れている。
今でも彼らの無事を祈っているシスターたちも、心の何処かでは覚悟をしていたんだろうね。
もう二度と生きて会うことはないだろうって…
その残された者たちを救う方法…それが死者の蘇生という訳だ。
シスターたちの姿を見れば、それに反対するのは難しい。
でもそれだけに引っかかる…
本当にそれだけなのか…
この世界の設定を変更できるのなら、あとはもう何でも出来てしまう。
それは人類の進化によって得るようなものじゃなく、ただ言葉を書き足すだけで簡単に…
この宇宙の全てを支配する事も…
人が神のような存在になる事さえも…
それがこの世界に生きる全人類の総意として、この世界が進むべき正しい未来だというのならそれも良い。
だけどそれが一部の人間だけの独断というのなら話しは別だ。
人の生き死にだけじゃなく、世界の在り方まで変更してはどこかに歪みが生まれるかも知れない。
それに情に流され一度でもそれを許せば、自分の望みも叶えたいという連中が次々と現れ、収集がつかなくなるだろうから。
最初の地球へと到る道を知っている可能性のある黄金の林檎も、それを危惧しているのかも知れないね。
アルフヘイムへの帰途についたラグナロクの艦隊は、ヘイムダルと徳川社長を乗せたシャトルを囲むように艦列を組み、静かな宇宙を進んで行く。
…追い出されても不思議じゃない状況を作り出した俺たちを、地球教の皆さんはただ黙って見送ってくれた。
まあ、さすがに教皇や天草までは見送ってくれなかったけどね。
俺はヘイムダルのバトルドール格納庫でたった一人、置かれていた小さなコンテナに腰を下ろしニャモコスをふかす。
別に、ブリッジでニャモコスを吸おうとしたら、みんなが俺をまるでゴミでも見るかのような目をしていて、それに耐えられなかったからブリッジを飛び出して来た訳ではありません。
ちょっと一人になりたかったからです。本当に!
ふぅ〜…
タバコの煙とは違い、臭いも有害物質も含まない水蒸気は漂うことなく、最初から何も無かったかのように消えていく。
さて、人はどうだろう?
全ての願いが叶ったら、その後どうするんだろう?その後に何が残るんだろう?
世界は…ただ願うだけで何でも叶うようには出来ていない。
そして、どんなに努力しても、どんなに頑張っても、それでも叶わない願いも普通にある。
それが当たり前…
でも、それが当たり前だからこそ、少しでも自分が望んだものに近づく為に、人は前に進むんだ。
今までずっとそうして来たように…
でも、叶えたい願いが何も無くなったらどうなるの?
その次を見つけられるの?
不可能が可能になる世界が永遠に続くなら、みんな幸せに生きていける。
もう二度と悲しむ事もないだろうし、自分を不幸だと思う事もないだろう。
でも幸せが当たり前の事になったら、人は何に幸せを感じるの?
何でもありの世界の先にあるものは、何も感じない退屈が永遠に続く世界じゃないのかな?
俺はコンテナの上にゴロリと寝転び、勢い良く鼻から吐き出した水蒸気で鼻毛を揺らす。
そして、飛び出した数本の鼻毛を勢い良く引き抜くと、それを床にばら撒く…
《ビィッーー!!》
止めろぉーと言わんばかりに鳴り響くヘイムダルの抗議の警告音…
それと同時に殺到して来たお掃除ドローンが、鼻毛の吸引と共に消毒液を撒き散らす…
暇だねぇ〜…
暇だから、いろいろ考えちゃうんだねぇ〜…
ご立腹の警告音が鳴り響く中、静かに目を閉じた俺の脇腹を何かが軽く蹴飛ばす。
〈駄目人間もここまでくると、むしろ清々しいな!〉
◆
へぶしっ!
ネフィリムの可愛くないくしゃみが響くと、それまで冷えきっていた格納庫全体に暖房が入る。
そればかりか、俺たちの座るコンテナの周りにドローンたちがワタワタとストーブを設置していく。
この差はいったい何だろう…
〈ありがとうー!〉
《プップー!》
ヘイムダルにも聞こえるように大きな声で、にっこり笑ってお礼を言うネフィリムに、ヘイムダルがどういたしましてと言わんばかりの音を返す。
コンテナの上で足をぶらぶら…
少しだけ暖かくなった格納庫に二人きり。
ヘイムダルは艦内での出来事をセンサーやカメラで確認しているので、ミルフィーユたちもネフィリムが来たことを知っている。
それなのにみんながここに来ないのは、気を使っているのかな?
「こっちで会うのは初めてだね。」
〈そろそろ来ちゃいそうだなと思ったから出向いたまでよ〉
「…簡単に来れるなら、もっと早く来てくれたら良かったのに。」
〈私たちもそこまで暇じゃないよ…それに、いつまでも私たちを頼るのは良くないと思うからね。〉
聞きたい事や相談したい事は山ほどある。
それでも、これからの世界の事は生きている人が何とかしろ…ということなんだろう。
でも…
〈好きにして良いよ。〉
「…。」
〈私たちが望むのは、もう私たちの事で悲しんで欲しくないってこと。だから、そうすることでしか悲しみを消せないのなら、私たちはそれでも良い。〉
「…あの子たちも…君の中にいるの?」
〈…いるよ…あの子たちも、貴方がそれを望むなら、それで良いと思っている。…でもね、あの子たちが本当に望んでいるのは生き返る事じゃなく、この世界の亜人たちを救って欲しいってこと。貴方と同じようにね。〉
「俺は…あの子たちに何もしてやれなかった…」
〈…お帰りなさいって言ってくれた。〉
「…みんなじゃない…」
〈…仕方がないよ。あのままじゃ、貴方が壊れてしまうもの…貴方は今でも私たちの事を想っていてくれる…それだけで私たちは充分です。〉
俺の隣には、初めて見るアンドロイドの少女が座っている。
それはあの日、俺が救えなかった、俺が探すのを諦めてしまったサポートキャラクターの一人…
〈みんなをお願いします。マスター。〉
目を閉じた俺の頭を、少女は優しく撫でてくれた。
彼女たちは、ゲームのプレイヤーをサポートする為に用意されたシステムの一つだった。
でもこの世界では、人間の為に働き、人間を守る為に戦う便利な道具。
遺伝子操作と発達したAI技術によって生み出された、この世界の大部分を占める道具。
この世界の人間は、亜人なくして生きてはいけない。
でも亜人は、人間なんていなくても生きていける。
身体能力も知性も、全てにおいて人間は亜人に敵わない。
だけど亜人は、どこまで行っても人間の下…いかに優れていようとも、彼らは人の形をした物でしかない。
人間は被造物が創造主を超える事など認めない。
人間は万物の長でなければならない。
人間とは、動物や機械ではとてもできないことを考えだし、思想も生みだせば物も作り出す、まさに万物の王者…
そうあらねばならない。
そんな人間を超えるのは神以外にあってはならない。
ましてやそれが人間が作り出した物になど以ての外だ。
自分たちは、その神様を超えたいと思っているのにね。
でも俺が一番変えたいと思うのは、当の亜人がそれを当たり前の事だと思っていること。
この世界には、現実世界で言われているようなロボット三原則みたいなものは無い。
そんなものは必要ないから。
人間にそう教えられなくても、プログラムされなくても、自分たち自身でそうしたいと思っているから。
自分の事より人間の事を…
人間が幸せでいてくれるなら、いつも笑っていてくれるなら、それだけで自分たちは幸せだから。
人間と亜人の間には、お互いに譲れないプライドという壁がある。
無償の愛なんて綺麗な言葉を使うつもりはなし、妥協しようなんて言うつもりもない。
でも、受けた親切を素直に受け止め感謝し、自分がしてもらったら嬉しいと思う事を、今度は自分が他の人の為にする。
そうやって嬉しいと思うその気持ちを世界中に広げていけたら、人間も亜人も仲良くなれるんじゃないのかな?
せっかく、同じ世界に生きているんだから。
何が人で、何が人じゃないのか…
そんな人という小さな枠にこだわる必要はないのかも知れないね。
ヘイムダルのように感情を持ち意思の疎通も可能なギルド艦や、宇宙軍によって感情を取り除かれたバトルドールの無人機たち。
そして、船やコロニーなどのコンピュータが操作がする形状も様々なドローンたちも、みんな俺たちと同じ…
この世界の大切な一部なんだから。
そこには上も下も無く、みんながこの世界を形成する為の、何が欠けても成り立たなくなる大事な存在。
そんな風にみんなが考えてくれたら素敵なのにね。
目を開けて隣を見ると、そこにはネフィリムが笑ってこちらを見ている。
「どうしたら良い?」
〈まずは伝えてみたら良いんじゃない?貴方の言葉で、貴方の想いをありのままに。…あとはこの世界が…貴方のいた世界が決めてくれると思うよ。〉
「あとは?…どんな風にプログラムを変更すれば…」
〈ズルは駄目!ズルなんかしても何にもならない。今があって、その今を変えるから大切なの!最初から無かったなんて事にしたら、みんなはその意味にいつ気付くの?〉
「…俺に出来ると思う?」
〈出来なければ、出来る人を探すと言っていなかったかな?〉
〈それじゃあ、もう行くよ。〉
そう言って立ち上がったネフィリムは、お尻をはたくと元気良くコンテナから飛び降りる。
「…みんなと会っていかないの?」
〈そうしたいのは山々だけど、そうするともう帰りたくないと言い出しかねんのでね…この子が…〉
振り返ったネフィリムのお腹から、小さな手が飛び出している。
「それでも良いけどね。」
〈他人事だと思って気安く言うな!〉
「まあ、たまには良いじゃない?みんなも会いたがってるし!今度はアルフヘイムにおいで。みんなでパーティーの準備をしておくよ!」
それを聞くと、にょっきり伸びた小さな手がグッと親指を立てる。
〈…大変なんだからね!〉
やっぱり今行きます!と言わんばかりに顔まで出してきた希望ちゃんをネフィリムが押し戻す。
そうやって出てくるんだ…
《マスター。間もなくアルフヘイムに到着します。》
スピーカーからミルフィーユの声。
俺がそちらに視線を上げると、またねというネフィリムと希望ちゃんの声が聞こえた。
またひとりぼっちになった格納庫で、俺は先ほどまでネフィリムが座っていた所に手を伸ばす。
そこはまだ少し温かい。
みんな、いつも見守っていてくれるんだね…
俺は、その温かさの中にみんなの優しさを感じていた。
《マスター!!お尻の温もりを確かめるような変態的行為は止めて下さい!ドン引きなんで!!》
俺は更にその部分に頬擦りを開始する!
《ギィャーー!!》
《ビィッーー!!》
スピーカーからはみんなの悲鳴とヘイムダルの警告音が鳴り響く。
やれやれ…
まだ分かっていないようだね…
俺を蔑む罵声など、俺にとってはただのご褒美でしかないことを!
ほぼ月一…(−_−;)
あかんですな…頑張らねば…
せめて月二くらいは投稿せねば…とは思っている十でした。




