042
「…それはこの下にあるのでは?」
「ここにあるのは二人の遺骨だけです。」
「見せて頂くわけにはいきませんか?」
空調から吹く爽やかな風が頬を撫でる。
しかしその風も、彼らから感じる湿った雰囲気までは、どうにも吹き消してはくれないようだね。
「…あまり良い趣味とは言えませんね…」
俺がAbashiriから持ち込んだ黒い箱。
でもそれはゲームの設定にある箱ではなく、中には希望ちゃんとお母さんの遺骨がそのまま納められた、この世界で作られた何てことはない普通の箱。
…それは希望ちゃんと向こうの世界で再会した後、俺ひとりでもう一度中を確認したから間違いない。
彼らの探し求める黒い箱はここにはない。
それは、ネフィリムの世界ともいうべきあの空間にあった黒い箱がそうだと思うから。
あれは、人が認識できる場所とは別の所にあると思う。
ネフィリムは希望ちゃんのお母さんがこの世に残した希望の中に箱はあると言っていた。
でもそれは希望ちゃんの身体の中に物理的な箱として存在するという意味ではなく、希望という想いの中に形のないものとして存在するということなんだろう。
黒い箱はそれ自体がネフィリムであり、それは亡くなった人々の想いが集まった、本来とは別の姿となったもの。
だからそれは目に見えないし触れもしない。
でもいつも俺たちの側にあって、いつも俺たちを支えてくれる大切なもの。
だから彼らのように箱の力を利用することしか考えない連中に、汚させる訳にはいかないし、渡す訳にもいかない。
でも、その心配もいらないのかな…
今のところあの空間に行けるのは俺だけみたいだし…そもそもどうして俺だけが行けるのかさえ分からないんだから。
何か資格があるのか、ただの偶然か…
それは俺にも分からないが、でも彼らのような連中にはそこに行くことも、その存在に気づくことも出来ない気がする。
ネフィリムも嫌がるだろうからね。
「それで気がすむのなら…」
俺はアップルたちに指示を出し、希望ちゃんとお母さんの為に慰霊碑の地下に造られた納骨堂に彼らを案内した。
そこは蒼白く輝くクリスタルで覆われた壁を、ナノマシンの集合体が作り出す光の粒が流れ落ちる小さな部屋。
淡い光をたたえた床の中央には箱の置かれた台座があり、そこへ向かう小さな道が延びている。
天草は二人の遺骨が納められた箱に歩み寄ると、再び目を閉じ祈り始めた。
そしてゆっくりと箱を開け、中を覗き込む。
…最初から分かっていたのかも知れない…
小さな溜め息と共に箱を閉じた天草は、二人に非礼を詫びるように膝を折り頭を下げると小さな声で話し始めた。
「…この箱は貴方が用意されたものですか?」
「…どういうことです?」
「いえ…何故わざわざ黒い箱を用意されたのかと思いまして…」
確かに…普通こういうのは骨壷と無垢の桐箱とかを使うものだ。
俺は天草にそれまでの経緯を説明し、この箱は政府から派遣された鉄入くん達が用意してくれたものだと伝えた。
やっぱり…
口ではそう言わなかったが、天草の表情は苦いものへと変わっていく。
彼らはいつもそう…
彼らはいつも…我々が求めるものを知りながら、まるで我々を答えから遠ざけるように惑わす…
そして、結局は何も教えてくれない。
「…そうまでして何が欲しいんですか?」
「…。」
「…まだ足りないんですか?…黒い箱に、最初の地球に、これ以上の何を望むんですか?」
荒廃した世界から人々を救い、人を宇宙に適応させるだけの文明を与えた黒い箱。
その文明はいまでも進歩を続け、ついには星喰の脅威から人々を救うにまで発展した。
この世界は、俺のいた現実世界なんかよりずっと進んだ、それこそ空想の中にあるような文明を持っている。
…それでもまだ不満なのか?
もっと力が欲しい。
もっと楽がしたい。
そうやって人は進んできた。
でもそれは決して悪いことじゃない。
欲望もまた人を形づくる大切なものだと思うから。
…でも、人はどこまで行けるの?
「…もう誰も悲しい想いをしなくてすむ…そんな世界を創りたいだけです。…やはり貴方は私の思っていた通りの方だ。教皇様も貴方にぜひお会いしたいと仰っております。」
「…教皇…」
「はい。ぜひ一度ヴァナヘイムにお越し下さい。貴方でしたら何時でも歓迎致します。」
ヴァナヘイム…
それは地球教の本拠地として造られたスペースコロニーで、ゲームの時から名前だけは存在していた。
だが移動の選択肢に登場することはなく、ゲーム画面にもその姿を現したことはない。
でも知っている…
ゲームをしていた現実世界での俺の記憶には無くても、この世界で冒険者として生きていた俺の記憶にはそれがある。
ヴァナヘイムは、第五地球の周りを周回する他の4つのスペースコロニーとは違い、それより離れた第五地球の衛星がわりとも言うべき朔望月と同一軌道を周回していたスペースコロニー。
そこから俺たちを、第五地球を、いつも見下ろしていた。
そしてヴァナヘイムが他の4つのスペースコロニーと決定的に違う点がもう一つ、それはヴァナヘイムが12基の核パルスエンジンを搭載した移動型のスペースコロニーであること。
それは周回軌道を維持するために必要という訳ではなく、このソール恒星系から、この世界から旅立つために必要なもの。
彼らはずっと前からこの日のために、全てを捨てる覚悟をもって準備を進めてきた訳だ…
この世界がゲームのころから。
参ったね…
いまの彼らなら、最初の地球の座標…とまではいかなくても、ひとつ前のシャマシュ恒星系の座標さえ分かってしまえば、誰が止めようと旅立ってしまうかも知れない。
そこに行きさえすれば、その先の情報はまだ残されているかも知れないんだから…
いまこのソール恒星系に生きている人間は、朔望月が運んできた人間の子孫たち。
それはシャマシュ恒星系から、それよりずっと昔のそれこそ最初の地球から、それまで築いてきた文明とそれまで育んできた命を、星喰から逃げるための餌にして繋いできた命たち。
でも捨ててきたそれまでの世界が、全て消え去ったとは限らない。
このソール恒星系が宇宙マンボウに襲われた時のように、見捨てられた人々も無抵抗のまま、ただ死を待っていたわけではないだろう。
大切な人を守るために…
自分たちが生きた証しを残すために…
彼らも必死に足掻いたはずだ。
もし…生き延びてくれた人間たちの子孫が今もそこに暮らしていたら…
もし…守り抜いたそれまでの文明をさらに発展させていたら…
こことは違う別の世界がそこにある。
そして、そこにもここと同じように、断片的であったとしても人が歩んだ道筋が残されているはずで…
そこにはもうそれを隠そうとする者はいない。
…全ては憶測…でも誰も確認していないのだから可能性はゼロじゃない。
「…産み落とされた情報はコピーされ、世界の端々に拡散しています。それはもう彼らでも取り繕うことが出来ないほどに。情報源はいくらでもあるのです。それは個人が撮った映像だったり、紙媒体の日記だったり…」
立ち上がった天草は振り返ると、シスターたちの待つ出口に向かって歩き出す。
「どんなに彼らが秘匿しようと、全てを消し去り無かったことになんて出来ないのです。」
「…。」
「ヴァナヘイムでお待ちしています。」
彼らを止める上手い言葉も見つからず、ただ黙っていることしか出来ない俺に天草はそう告げるとシスターたちをつれ納骨堂を出て行った。
「…マスター。」
そんな俺を心配したアップルが声をかけてきた。
まったく…情けないね…
彼らはこの世界をどうしたいんだろう?
みんなの力を合わせることで、これまで経験したことのない困難にも立ち向かうことが出来るようになったというのに…
そりゃあ、この世界のみんながみんな幸せという訳ではないだろう。
世界はまだまだぎこちなく、そこに不満をもつ者も、自分はまだ不幸だと思う者もいるだろう。
でも…
黒い箱や俺のいた現実世界から新しい力を得たとして、みんなが笑って暮らせるほど人の幸せは簡単なものなのだろうか?
本当の幸せが何なのか、ちゃんとした答えを持っている人なんて、そうはいないだろうに…
彼らが出した答えか…
この世界に残していくたくさんの人達のためにも、先ずはそれを確認しないと…
妹ズがどこから用意したのか分からないお清めの塩を撒く中、緊張から解放された俺は汗で湿った頭を掻く。
しかし、あの枢機卿とやらでこれだ…
確認するには、地球教のトップに直接会って話しをするのが手っ取り早いんだけど…
やれやれ…先が思いやられるね…
アップルが、これまたどこから用意したのか分からないタオルで俺の汗を拭いてくれると、扉の外からバタバタと階段を降りて来る音がした。
「大丈…ギャーー!」
扉を蹴破るように入ってきた土方姿の徳川社長は、妹ズが撒いていた塩が直接目に入り、その場でもんどりうってのたうち回る。
何をやっているのよ…
「俺たちも、もう行こう。」
俺が希望ちゃんとお母さんに向かって手を合わせると、アップルたちもそれにならう。
徳川社長は一緒についてきたネイから渡されたペットボトルの水で目を洗うと、俺の汗つきタオルで顔を拭く。
「…どうするつもりです?」
「それは表に出てからにしましょう。」
「…。」
俺を心配して、ここまで走って来てくれた徳川社長の息はまだ乱れたまま。
徳川社長は、ここに来る途中で地球教の連中とすれ違い、彼らの表情を見た。
挨拶も会話も無かったが、それで事態を察し、さらに俺の表情を見たことで確証を得たようだ。
「父と会っても無駄です!…貴方の友人はこの世界を旅立つ時、父を連れて行かなかった…それは父の考えに、父の成そうとする事に、疑問を持ったからではないのですか?…地球教はその父が作った組織です。彼らに何を言われたかまでは分かりませんが、これ以上彼らと関わることには反対です!」
地上へ上がる階段を昇っている間、徳川社長はずっとこんな感じ。
徳川社長の言うことはもっともで、おそらくその通りなんだろう。
彼らは自分たちが成そうとしている事のために、俺たちを利用しようとしている。
でもそれはこちらも同じこと。
俺は自分が元の世界に戻るため、多くの仲間やこの世界を巻き込み、彼らを利用しその情報を得ようとしているんだから。
そんな俺に、彼らをどうこう言う資格はないよね…
中央公園に戻った俺たちは納骨堂へ続く扉を施錠すると、心配して集まってくれていた鉄入くん達に、そのままにしていたゴミやリアカーの片づけを頼みその場を後にした。
アップルにはギルドメンバー全員を、これから向かうヘイムダルに集めるよう指示している。
あとは…
「…どうしても行くんですか?」
「…すいません。」
「それなら私も同行します!」
「でも…」
「ギルドメンバー全員ということは、梓も一緒ということでしょう?それなら兄である私がついて行っても構いませんよね?」
「ただ話しを聞くだけですよ?問題を大きくしないでくださいよ?」
「それはあちら次第です。」
「…。」
…ダメか…
アルフヘイムの宇宙港に到着したが、そこに停泊しているのはヘイムダルが一隻だけ…
エネミー討伐のクエストは常に発行されているとはいえ、遊びに夢中な子もいる今、これは余りにも不自然だ。
嫌な予感がする…
だが、すでにヘイムダルも出港準備が整っているということで、俺たちは確認も出来ないまま仕方なくヘイムダルに飛び乗った。
出港したヘイムダルの後ろには、ヘイムダルに乗ることが出来ない徳川社長が自家用の大型シャトルでついてくる。
シャトルってことはないだろうというその船は、ギルド艦よりさらに巨大で火力も高そう…
まあ、これならギルド艦のスピードにもついて来れるか…
…はい…嫌な予感がみごと的中…
アルフヘイムの表面を覆う銀色の流体金属を抜けた先には、ラグナロクに所属する全てのギルド艦と、ユグドラシルなどから借りっぱなしの大型輸送船が武装を整え待機していた。
「…。」
「ラグナロクのギルドマスターが、わざわざこちらから出向くのです。なめられる訳にはいきません!」
通信を繋いできた鈴鹿姫は涼しい顔をしている。
…また、戦争でも始めるつもりでしょうか…
また問題を起こせば、今度こそ処刑されちゃいますよ…俺…
そこから始まる押し問答。
結果、ヘイムダルと徳川社長のシャトルの他に1,000隻のギルド艦が護衛としてついてくることになりました…
相手からしてみればこれでも十分脅威だが、ラグナロク全ての戦力よりはマシでしょう。
さて、地球教の連中が…とくに徳川社長の父親である教皇が何をしたいのか。
それは自分の欲望を満たすためか…
この世界をより良くするためか…
まずはそれを確かめないと。
俺はこれ以上、この世界の変化に関わってはいけないと思う。
生まれ変わったこの世界のことは、これからもここで生きていくみんなが決めなきゃいけないだろうから。
でも俺は、この世界に大切なものを残していく。
だから関わらないと。
この世界がずっと、みんなが笑顔で暮らせる世界であり続けるために。
ギリギリ11月中…
来月もこんな感じかも…
年末はみんな忙しいよね!と言い訳したい十でした⊂⌒~⊃。Д。)⊃




