037
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千葉県:お帰りなさい御隠居さん!
民号:もう無茶したらダメですよ!
御隠居:えへへへっご心配おかけしました。
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希望ちゃんはニーベルングを再開し、貧乳はステータスのメンバーに復帰した。
でもまだ退院した訳ではなく、いまや廃墟同然となった医療施設のベッドの上からログインしている。
俺も今、希望ちゃんの病室のソファーを借りてログインしており、病室には他にも担当医師の鉄入くんが待機していて、希望ちゃんに少しでもおかしな事があれば何時でも強制ログアウトが出来るよう準備がされている。
これがゲーム再開の最低条件…
現在の希望ちゃんの状況を考えると、いまゲームをする事はとても負担が大きく、出来ることなら止めさせたい。
だけど希望ちゃんのこのゲームに対する想いを知ってしまうと、どうしても強く言えない。
希望ちゃんにとっても、このゲームはもうただの遊びではなく、世界と繋がる唯一の方法なんだから…
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暴君:でも何でそんなに急いでレベルをあげるのさ?
御隠居:そりゃあ早く強くなって、やりたい事があるからです!
暴君:やりたい事?
御隠居:はい!まだ誰にも攻略されていないダンジョンに私の名を刻むのです!
民号:…あれですか。
暴君:…う〜ん…でもそれは…かなりキツいよ?いまあるダンジョンはほとんど攻略されているし、まだ攻略されていないとなると上級者向けのがいくつかあるだけだよ?
御隠居:だからですよ!
〼田:そこでみんなにお願いがあるんだ。
暴君:…?
下僕:ここでは何ですし、一度街に戻りましょう。他のみんなも待っていますから。
御隠居:…みんなって何ですか?
下僕:大丈夫です!全て私に任せて下さい!
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ニーベルングの広大なフィールドには拠点となる街がいくつかあり、ここはその中でも最大の街〈ニーベルハイム〉
街には神殿や宿屋など冒険に必要な施設が揃い、その中央には遷都により使われる事のなくなった古城があり、その城のいくつあるのかも分からない無数の部屋は、プレイヤーが設立したギルドのギルドホールとして購入する事もできる。
そんな古城に向かう中央通りの片隅にある小さな酒場の一つに、ラグナロクから選ばれた複数のパーティが招集されていた。
『遅いよ!!』
酒場の扉を開けると最初に言われたのがそれだった。
小さな店構えの酒場だが、店内は別のフィールドになっており集められた100人近いメンバーも思いおもいにくつろいでいる。
酒樽に座り酒を飲む者、カウンターで澄まして飲む者様々だが、みんな何かしらの酒を飲んでいる。
しかしここはゲーム内の酒場。
出される酒は飲んでも味はしないし、そもそも飲んだ気がしない。
何かが回復する訳でもないし、飲みすぎればステータスが〈泥酔〉に変わり、まともに動けなくなってしまうのに…
酒場の床には、すでに出来上がった数名が倒れており、その状態で普通に会話している。
みんなもストレスが溜まっているようだ。
地球教による政府との水面下での交渉は進んでいるようだがその足取りは一切掴めず、こちらの動きは何故か相手に筒抜けで、身動きが取れずにいたからね。
下僕さんは酔っ払いを縫うように進み、酒樽が積まれた一番上に登るとひとつ手を叩いた。
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下僕:えー皆さん!本日はご多忙の中お集まりいただき誠にありがとうございます!
獅子頭:嫌味か!挨拶は良いから用件だけ言ってくれ。
下僕:分かりました。本日皆さんにお集まりいただいたのは、御隠居さんの夢を叶える為に皆さんの力をお借りしたいからです。
御隠居:えっ!?どういう事ですか?
〼田:大丈夫。下僕さんに任せよう。
東映:…それは構いませんが、それは今でなければならないのですか?
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東映ことフレイヤ艦長ペロがワイングラスを片手に歩み出る。
確かに現状を考えればゲームなんてしている場合ではない。
直接敵対するような事はしてこない地球教の連中だけど、その目的がはっきりしないまま信用なんて出来るわけがない。
その地球教が自分たちより一歩も二歩も先を進んでいる状況なのだから、いま優先するべきは彼らへの対応と、彼らの目的を把握した上での政府との交渉だ。
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東映:確かにいま我々に出来ることは少ないかも知れません。ですが、だからといって何もしない訳には行きません。
獅子頭:おい!そんな事は下僕だって分かった上で頼んでるんだ!最後まで聞いてやろうや。
下僕:…ありがとうございます。確かに…東映さんの仰るとおり、いまは我々がおかれている状況の打開を優先するべきであり、これ以上彼らの好きにさせない事の方が大事なのは分かっています。…ですが…もう時間がないんです。
獅子頭:…どういう事だ?
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床にうつ伏せで倒れている獅子頭ことオーディン艦長シーサーは、そのままの格好で下僕さんに問いただす。
その場に倒れていない者たちの視線が集中する中、突然フリーズして動かなくなった下僕さんに代わるように、俺は御隠居さんの手を握りそのまま酒樽の前に歩み出た。
事実を伝えた下僕さんと決めたんだ…いつも通り、いつものままでいようって…
だけど、やっぱり無理だよね…
俺の手を握る小さな手。
ゲームだから体温までは感じないけど、確かな意思を感じる手。
守ってあげたかった…救い出してやりたかった…
でも、それが出来ないのなら、せめて彼女を笑顔にさせてやろう。
御隠居さんの目はくりくりしていて、希望ちゃんの目と良く似ている。
その目に映る俺のアバターの顔に表情はない。
こんな時どんな顔をすれば良いかなんて分からない…
でも、御隠居さんは小さく頷くと、笑顔で俺の手を強く握りしめてくれた。
仲間であるみんなに嘘はつきたくない。
だから、本当の事を話す。
希望ちゃんは、もうすぐ死んでしまう。
それは担当医師の鉄入くんが何度も何度も確かめたから間違いない。
希望ちゃんはゲームのデータから生まれたこの世界の人間と、俺と同じ現実世界からやって来た俺の友人との間に生まれた子供。
例え見た目は同じでも、それは全く別の種の間に生まれた子供。
その身体は…その細胞は相いれず徐々に崩壊を始めていて、今ではもう手の施しようもないそうだ。
いま希望ちゃんのいる医療施設では、心が壊れなかった担当医師の鉄入くんがたった一人で、それでも希望ちゃんの延命処置を続けている。
だから、いまのうちに…
希望ちゃんの命があるうちに…
彼女の夢を、彼女の望みを叶えてやりたい。
彼女の夢。
それは、この世界に生きた証しを残すこと。
例えそれがゲームでも、例えただの文字に過ぎなくても、これはこの世界に何も残しちゃいけない彼女に出来るたった一つの方法なんだ。
こんなやり方じゃ、自分の力で夢を叶えたいという希望ちゃんの望みとは違うのは分かってる…
だけどもう…俺たちだけじゃ間に合わないんだ。
だから…希望ちゃんのために…みんなの時間をくれないか?
静まり返る酒場の中、獅子頭はむくりと起き上がるとその巨体をぐらりと揺らし、一瞬で俺の顔面にその巨大な拳を叩きつけた。
俺の身体は軽がると吹き飛ばされ、うず高く積まれた酒樽の山は、その上で固まっていた下僕さんごと崩れ落ちる。
暴力行為が一切禁止の街中だが、いま仲間内で貸し切りにしているこの酒場の中なら問題ない。
ふらふらと御隠居さんの前で膝をついた獅子頭は、大きなその手で御隠居さんを抱き締める。
殴られた側の俺も、殴った側のシーサーも、いまどんな顔をしているのかな…
アバターの顔は決まったパターンの表情しか作れないから、それを操る人の顔までは分からない。
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獅子頭:…馬鹿野郎が…それにしたって…言い方ってもんがあるだろうが…
御隠居:やめて下さい…ケンカは…しないで下さい…私は…もう…諦めますから…
獅子頭:ケンカなんてしていない。それに貴女の夢は、簡単に諦めて良い夢じゃない!
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御隠居さんの…希望ちゃんの泣き声だけが酒場に響く。
それを立ったまま、床に倒れたままで聞いていたみんなも御隠居さんの前に集まると、皆その場に片膝をつき頭を下げる。
酒樽の下から這い出した下僕さんは、そのまま御隠居さんの横まで這いずると、みんなに向かい土下座をし、額を床に擦り付ける。
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下僕:…皆さんにお渡し出来る報酬は何もありません。それに、皆さんには損な役回りばかりを押し付ける事になります。それでも…
獅子頭:…そんな事はどうでも良い。聞きたいのは、いま何をすれば良いかだけだ。
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頭を上げた下僕さんは、正座をしたまま静かに説明を始める。
このニーベルングは、我々ラグナロクの関係者だけがプレイするゲームではなく、一般のユーザーも参加するゲームです。
ですから運営会社の社長として、御隠居さんのレベルやステータスを操作したり、いまの御隠居さんでもクリア出来る新しいダンジョンを作るような特別扱いは出来ませんし、そんな事は希望ちゃんも望んでいません。
そこで我々は現在公開されているクエストの中でも最難関のクエスト《霧の谷の迷宮》を攻略します。
あの高レベルのモンスターが蠢く霧深い谷の森の中、ランダムに出現位置を変える迷宮の入り口を探し出す。
それだけでも相当の時間とアイテムを必要とします。
ですがそれを短時間で行うには、当然皆さんだけでは足りません。
ラグナロクの冒険者の力が必要です。
そこでまず皆さんには私たちの仲間を集めて貰います。
いまはこの世界より、私たちのこれからより、たった一人の仲間の夢を叶える為に…
それは強制ではなく、共に心から笑いあえる仲間を、ここに集めて下さい。
下僕さんが再び頭を下げると獅子頭は立ち上がり、まだ泣き顔の御隠居さんの頭をその大きな手でワシャワシャする。
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獅子頭:こんな小さな酒場じゃ収まりきらんよ!なんならあの古城すべてを買い取るか?
東映:既にギルドホールを購入済みの一般の方からクレームが来ますよ?
獅子頭:こちらには運営様がついているんだ!何とでもなるさ!…でも、ギルドか…どうする?俺たちも新しいギルドを作るか?
下僕:ギルドのメンバー数には上限がありますからね。ですが、ちょっと考えているものがありまして。
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ギルドという枠にとらわれない、みんなの為の組織を作りましょう。
もちろんその盟主は希望ちゃんです。
名は《Reve de tout》(レヴェ デ トゥー)
最初の地球にあったという何処かの国の言葉でみんなの夢という意味です。
希望ちゃんの夢は私たちみんなの夢です。
みんなで夢を叶えましょう。
博識ぶりを披露した下僕さんの言葉を無視するように、みんなは再び御隠居さんの前に跪く。
我らの全ては貴女のために。
貴女の夢は我らの夢。
全て我らにお任せ下さい。
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下僕:…。
希望:皆さん…ありがとうございます…あれっ?私の名前…
暴君:ステータスはいじらないんじゃなかったの?
下僕:まあ、これくらいは良いでしょう。
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ONE FOR ALL ALL FOR ONEという言葉がある。
〈ひとりはみんなのために、みんなは勝利のために〉というのが本来の意味なんだそうだ。
でも俺は〈みんなはひとりのために〉であって欲しいと思う。
そっちの方が好きだから。
訳した人も、知らずにそう訳したわけじゃなく、そちらの方が良いと思ったんじゃないのかな。
だってそっちの方が格好良いと思うから。
酒場に集まった冒険者たちは動き出す。
宇宙で待つたくさんの仲間たちを集めるために。
さあ始めよう。
俺たちの大切な、小さくて可愛い仲間のために。
でもその前に、まずは蘇生をして貰わないと…
どんどん書くのが遅くなる(≡人≡;)
頑張らねば…
何とか今月中にもう一本…
いけるかな?
相変わらず壊れたスマホで頑張る十でした。




