034
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暴君:だから言ったじゃないか!
下僕:偶然かも知れませんけどね…
〼田:…。
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鉄入7号は目を覚ました。
それはまるで、何事もなかったかのように…
しかし、目覚めた彼の記憶の大部分は壊れていた。
それも肝心な、旅立った後の記憶ばかり…
現在ユグドラシルと三星重工との共同で、失われた記憶の修復が出来ないかどうか研究が進められているが、本格的な調査は彼がユグドラシルの施設を出たあとになるそうで、結果が出るにはどうしても時間が掛かるそうだ。
でも、彼は自分を殺してくれと言っていた。
自分が自分でいるうちに…あれはいったい、どういう意味だったのかな…
彼はそうまでして、何を何から守ろうとしたのかな…
ゲーム上の演出…みんなはそう言っていたけれど、本当にそうなのかな?
彼は自分が阿頼耶識に繋がれ、俺たちが彼の記憶に踏み入った事も、ゲームの中で俺たちに倒された事も覚えていない。
目覚めた彼は、本当に彼なのかな…
本当の彼はあの時死んで、今は別の何かが彼を演じているのだとしたら…
それはいったい何がしたいんだ?
そもそも別の何かっていったい何だ?
鉄入ブラザーズや徳川社長の話では、7号の人格は旅立った時のままで、特に変わった所はないそうだ。
それならもう、以前の彼を知らない俺には、これ以上確かめる方法はない。
でも、何の根拠も無いにしても、ここまで都合の良い彼の帰還と覚醒は無視できない。
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暴君:どうする?今日は御隠居さんとレベル上げに行くけど一緒に来る?
〼田:…いや、今日はこれで落ちるよ。
下僕:焦っても仕方ありません。ゆっくり行きましょう!
〼田:うん。
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結局、彼らがどの座標へ向かったのか… 何ひとつ分からず終い。
現実世界への帰還の手がかりになると思われた7号の記憶も、たとえ修復できたとしても、今のままでは信用できない。
ミズガルズの航宙記録も完全に消えているし、これではもう八方ふさがりじゃないか…
今回の7号の記憶の修復や、そもそもの7号の帰還については、まだ公けには公開されていない。
不確定要素の多い情報は、ただ混乱を招くだけだし、彼らの帰りを待つ地球教の被害者家族にも、下手な期待をさせたくないから。
だけどあのギルド艦…
異人の正体は俺の古い友人かも知れない。
徳川社長にだけ打ち明けたが、それは他言しないようにと釘を刺された。
異人と同じように、この世界に混乱を招いたこの俺が、異人を良く知る者だったら…
そんな事が知れ渡れば、ただでさえ微妙な立場の俺の処遇がさらに悪化するかも知れない。
そうなれば…あの子やみんなを救うなんてことは夢のまた夢…
だから今は口を塞いで待つしかない。
ヘッドマウントディスプレイを枕元におき、タバコに手を伸ばす。
モヤモヤしててもやる事がないから、結局徹夜でゲームをしていた。
だけど、ついてない時はとことんついてないもので中身はカラ…
タバコの箱を握りつぶしてゴミ箱に投げても嫌われる…
本当についてない……
◆
やれやれ…寝ちゃったか…
やっぱりここは夢の世界なのかしら?
それならもっと都合よく来れたら良いのに…
〈こちらの都合はお構い無し?〉
白い空間には黒い箱があるだけで、ネフィリムはいない。
「今日はかくれんぼかい?」
〈じゃあ、探してみて。〉
声はすれども姿は見えず…
でもこの空間で隠れる所といったら箱の裏…いないか…
だから俺は振り返った。
〈見つかっちゃった…〉
そう言って少し寂しそうに笑ったネフィリムは黒い箱の上に座る。
〈…良かったね。〉
「…何が?」
俺も箱の上に座りそう答える。
〈あのまま死んじゃうのかと思ったよ。でも助かって良かった。〉
「追い出される事になったけどね。」
〈自業自得だよ。〉
「…ありがとうね。」
〈…何が?〉
ネフィリムは不思議そうに俺の顔を覗き込む。
「みんなから聞いたんだ。アルフヘイムでみんなが困っている時、君が助けてくれたって…」
〈お礼を言われるほどの事はしてないよ。〉
「タバコの臭いが消えないって文句も言ってたよ。」
〈…それは悪いことをしちゃったね。〉
遠くを見つめる瞳の色も、その金色の髪も…
やっぱり似ている。
〈今日は何しに来たの?〉
「…もう分かっているんだろう…」
〈…。〉
「…あの子に…会ってやってくれないか。」
〈…そっちか…てっきりあの男のことかと思ったよ…〉
「…。」
あの子の母親は、もういないよ…
確かに貴方が見ている私の姿は、あの子の母親のもの。
丁度あの子を産んだくらいの年齢かな…
でも、私じゃない。
私の中には彼女の記憶がそのまま存在している。
あの男を愛した気持ちも、あの子を想う母親としての気持ちも…
でも、私のものじゃない。
私の中にはね…彼女だけじゃなく、この世界で死んでいったたくさんの人たちの記憶があるんだ。
あの男に子供や兄弟を奪われた親兄弟の悲しみや憎しみも、私の中にあるんだ。
そんな私があの子に会って、あの子は喜ぶ?
あの子が笑えば嬉しいよ…でも、同時に辛いんだ…
どんなにあの子を愛していても、同じくらいあの子を憎んでしまうから…
あの子が泣いていたのも知っている。
あの子が転んで膝を擦りむいたのも知っている。
あの子はカレーが好きで、でもニンジンが嫌いだから、いつも残しちゃうことだって知っているんだ。
でも私は見ていただけ…
抱きしめたり、怒ったりもしなかった。
しようとさえしなかった。
そんな私に、いまさら母親の真似は出来ないよ…
少しだけ…期待していた。
ネフィリムなら、希望ちゃんをあそこから連れ出せるんじゃないかって…
希望ちゃんだけでも、救ってくれるんじゃないかって…
決して抜け出すことの出来ないAbashiriから希望ちゃんが消えれば、真っ先に俺が疑われる。
でも、一度は死ぬことだって覚悟したんだから、それでも良いと思ったんだ。
どんなに恨まれても、たとえ殺されても良いと思ったんだ。
あの子だけでも救えるなら…
それを知ったら、あの子は優しいからきっと泣いちゃうだろうけど、いつかまた笑える日がくると思ったんだ。
だって、大好きなお母さんと一緒なんだから…
その方が良いんじゃないかって、心のどこかでずっと思ってた。
でも駄目だね…やっぱり人に甘えてばかりじゃ何も変わらない。
変えたいと心からそう思うなら、自分の手で成し遂げないと。
「…どうしたら良い?どうしたらみんなを救える?」
〈…あの人を探して。あの人ならきっと地球を見つけている。だから地球を探して。〉
地球…ゲームの時には、設定の文章に載っていた文字に過ぎない。
でもあらゆるものが現実となったこの世界なら、きっと何処かにあるはずだ。
でも、そこに至るまでのルートは未だ闇の中…
手さぐりで探すにしても、宇宙は余りに広大すぎる。
でもあいつは見つけた。
そこに至るための何かを。
そうでなければ、あいつを慕う者たちも、何の根拠も無しに付いて行けるはずがない。
それならこの世界のどこかに、そのヒントがあるはずだ。
「…あいつは…異人は植村なのか?」
どこか遠くを見つめていたネフィリムは、胸に手をあてそっと目を閉じる。
〈…そう。直接は名乗らなかったけど、貴方の記憶にある彼の姿と同じだから…〉
「…あいつは…知ってたのか?」
〈…?〉
「君の…彼女のお腹に希望ちゃんがいたことを…」
〈…うん。だから…連れていってくれなかった…危険だからって…でも…必ず帰って来てくれるって、そう約束してくれた…〉
あの日から、もう会うことも無くなってしまった俺の友達。
あいつは…今どこにいるんだろう…
◆
植村とは俺が働いていたバイト先に、あいつが新人として入って来たことで知り合った。
植村と友達になれたのは、人付き合いが苦手な俺を気遣って、向こうから話しかけてくれたおかげ。
そうじゃ無かったら、俺たちが同じ大学の同じ学部なんて気づかなかったかも知れない。
俺たちがしていたバイトは、深夜のコンビニ。
繁華街から大分離れた場所だから、深夜帯は暇な時間が多かった。
だからいろいろ話した。
好きな女の子のタイプや、お互いの夢のこと。
俺にはやりたいことなんて無かったけど、あいつには夢があった。
役者になりたい。
そう言って笑うあいつの顔を見て、いつも羨ましいと思っていた。
ただ何となく生きてきた俺には、目標や夢があるあいつが眩しかった。
バイトの前に一度家で寝てくる俺と、演劇サークルに出てからバイトに来るあいつ。
いったいいつ寝ているのか不思議だったが、それでもいつも明るく元気なあいつは、俺と違って大学でもバイト先でも人気があった。
俺はといえば、いつもスマホ片手にサボってばかりで、あいつもゲームに誘ったけど、ガラケーだからと断られた。
一緒に馬鹿やったり、バイトが休みの日は、朝まで飲んで路上で寝たり…
そんな楽しい大学生活も終わると、俺は小さな会社に勤め、あいつは小さな劇団に入った。
最初の頃は良く連絡を取り合って、愚痴の言い合いをしたもんだ。
でも、小さいとはいえお互い仕事と稽古があるから、次第に連絡は途切れがちになって…
そんなあいつと再会したのは、このゲームのコラボイベントが発表される会場だった。
来場者に配布される限定サポートキャラクターのコード欲しさに出掛けた俺は、そこでヨレヨレのスーツを着て、疲れた顔で頭を下げるあいつを見かけた。
俺に気づいたあいつは照れくさそうに笑うと、言い訳みたいな言葉で誤魔化そうとした。
あいつは…役者を諦め、芸能事務所のマネージャーになっていた。
仕方ない…聞きたくなかった言葉を、あいつは何度も言っていた。
あいつには、ずっと夢を追いかけていて欲しかった。
それがただのエゴだと分かっていたけど…
そして、それよりもっと嫌だったのが、あいつがあのギルドのメンバーだったこと。
その時行われていたイベントは、運営会社が女性ユーザーの獲得を狙ったもので、当時人気のあった男性アイドルを起用したものだった。
新規に始めた人には、抽選で限定ライブのチケット購入サイトにアクセス出来る専用コードが送られるとあって、ファンの女の子たちは複数のアカウントを作ってゲームを始めた。
本来ならそれで終わり…そんな理由でゲームを始めた人が、そのままゲームを続けるはずがない。
でも違った。
そのアイドルは自分もゲームを始め、自分のギルドを作った。
それから数日でメンバー全員当時最高ランクのバトルドールを揃え、普通じゃありえない数の課金アイテムを全員が所持していた。
メンバーは皆新規のプレイヤーのはずなのにやけに慣れていて、ベテランの別アカか運営会社の社員じゃないかと噂も立った。
その中にあいつもいた。
そのギルドは、いきなりその月のギルドバトルで1位となり、その年の最強ギルド決定戦で優勝し、LG級ギルド艦〈ロキ〉を手に入れた。
でもそこで終わり。
ゲームに飽きたのか、そのアイドルやメンバーのログインは止まり、ファンの女の子たちもやめていった。
たったひとり、あいつを残して…
その後、運営への抗議やギルド艦ロキへの嫌がらせで、ゲームは荒れに荒れた。
悪質な嫌がらせをしたプレイヤーはアカウントを停止され、そんな状況に嫌気がさしたプレイヤーは引退し、ますますゲームは混乱したがそれでも運営は知らぬ存ぜぬの一点張り。
そんな時、あいつから連絡が来た。
あいつはギルド艦を引き渡すよう、複数のギルドから嫌がらせを受けていた。
ゲームではアイテムなどのトレードは出来なかったけどギルドは別で、別のプレイヤーを加入させ、そのプレイヤーに艦長を引き継げばギルド艦の譲渡ができる。
俺はその時の連絡で、初めてあいつがこのゲームをやっている事と、あいつがロキにいる事を知った。
ギルドを解散した方が良い。
そんな事しか言えない小さな自分。
ロキのメンバーは何か悪い事をした訳じゃない。
彼らは普通にメンバーを集め、普通に金を使って強くなっただけ。
その金がどういう金かは知らないけれど。
でもそれなら、みんながやっている事だ。
でもみんなは、限られた時間と限られた金を使い、それでも努力して強くなったんだ。
みんな悔しかったんだと思うんだ。
続けてくれるならそれで良い。
ただ新しい強豪が増えるだけだから。
でも、ただ金を使ってゲームを荒らすだけ荒らして辞めたのが嫌だった。
楽しみ方は人それぞれだし、あれが彼らの楽しみ方だったのかも知らないけど、何だか馬鹿にされた気がしたんだ。
人の楽しみ方を否定された気がしたんだ。
確かにゲームなんて遊びだけど、本気でやるから楽しいのに…
そんなちっぽけな、エゴの塊みたいな俺の手は、助けを求めるあいつの手を掴めなかった。
友達なのに…見捨ててしまった。
あいつは続けたかったんだ。
どんなに嫌がらせを受けていたとしても。
でもどうしたら良いのか分からなくて、それで俺に助けを求めたんだ。
あいつも好きになってくれたんだ。
俺の、俺たちの大好きなゲームを。
それなのに…あの頃の俺は気づいてやれなかった。
それから時は流れ、ゴタゴタ続きだった運営は別の会社に変わり、ギルド艦ロキはいくら検索しても見つからなくなった。
◆
確かにそれは8年以上前の話…
あの時には、あいつはもうここに居たんだ。
謝らなきゃ…
それで、許してくれるかは分からないけど。
でも、今度こそ見捨てない。
今度こそ、あいつも救ってみせる!
白い空間に俺の名を呼ぶ声が響き、空間が僅かに揺れ始める。
「もう一つ教えてくれないか?」
〈何?〉
「君は何なの?」
〈…そう聞かれると、なんて答えれば良いか難しいな。〉
「…ゲームの設定にさ、人に叡智を与えた謎の黒い箱ってのがあるんだ。それが君じゃないのか?でも、それっていったい何なんだ?」
〈…貴方にあってから、ずっと考えてたんだ。私は、私たちは何なんだろうって。〉
本来の私は、いつか何かに使われる予定だった、特別な物だったんじゃないかと思うんだ。
でも何の役割も与えられないまま、忘れられてしまった物。
私は気がついたらここにいたんだ。
自分がいつからここにいて、何の為にここにいるのかも分からないまま、ただずっと、ここでみんなの事を見てたんだ。
みんなが笑ったり怒ったり、楽しそうに遊んでいるのを見てたんだ。
嬉しかったよ!みんなが喜んでくれて。
悲しかったよ!みんなが離れてしまって。
そうしたらね。私の中にみんなの想いが集まってきたんだ。
みんなの大切な記憶が、今の私を作ったんだ。
私はね。貴方の言うゲームというものの魂なのかも知れない。
本来の役割とは違うのかも知らないけど、それが今の私なんじゃないかと思うんだ。
「…そんな君でも、あいつが何処に向かったのか分からないの?」
〈神様でもあるまいし、何でも分かる訳がないでしょう!〉
「…そんなもんかね…」
〈それより私からもお願いがあるんだ!〉
「…?」
〈私も連れて行って欲しいんだ!だからあの子も連れて行って!〉
「…あの子って希望ちゃん?」
〈そう。彼女が残してくれた希望の中に、いま私たちは存在している。〉
「…でも、何のために?」
〈あの子をあの人に会わせてやりたい。それに、あの人についていったみんなを迎えに行きたいから。〉
「…それだけ?」
〈……もう一度…もう一度だけ、あの人に会いたいから…〉
ネフィリムの抑えていた想いが頬をつたう。
やれやれ…これではもう断れないね。
空間の揺れはどんどん大きくなり、視界もぼやけてきた。
「それじゃあ行くよ!」
〈あの子をお願い!〉
薄れゆく意識の中で聞こえたネフィリムの声は、確かにお母さんの声だった。
◆
「いつまでむにゃむにゃ言ってるんですか!」
「ふぐっ…」
腹の上にダイブしてきた希望ちゃんは今日も元気いっぱい!
希望ちゃんをここまで連れて来てくれた鉄入くんは、遅めの昼食の支度をしてくれている。
「聞いて下さい白瀬さん!私お小遣いを貰ったんです!これで課金できます!」
「…!」
覗きに来ていた鉄入くんが、慌てて引っ込む。
「…こっちに来ちゃ駄目だよ…」
「何で!?」
「…課金はね…一度でも踏み入れば二度と這い上がれない底なし沼なんだ…だから君は来てはいけない…そんなことは、俺たちだけで充分なんだ…」
「意味が分かんない!」
俺はプンプン怒る希望ちゃんを抱きしめた。
守ってみせる!
彼女の理不尽な運命からも、人をサルまで退化させる課金の魔の手からも!
彼女を守れるのは、もう俺しかいないのだから。
「離せ〜!」
「うりゃうりゃ〜!」
寝るときはエアコンガンガン!
そして布団を掛けて寝る!
朝は寒くて目がさめる!
これが十のいつもの夏✧٩(ˊωˋ*)و✧
エコなんてクソ食らえな十なのです!




