032
何でいつも暴牛さんにイジメられるの?
何で姫さんは名前を呼ぶと怒るの?
何でお父さんさんってみんな呼ぶの?
彼女の話は、いつもゲームの事ばかり。
でもそれは仕方がないこと。
俺がここに来るまで、彼女はずっと一人だった。
彼女は生まれた時から、ずっとここで暮らしている。
だから彼女の知る世界は、このAbashiriの中だけ。
それは彼女のお母さんが彼女を産んで、すぐに亡くなってしまったから。
このAbashiriは、彼女と、彼女のお母さんをこの世界から隔離する為に作られた、この世界とはまた別の世界。
お母さんの罪…それはこの世界に希望を残したこと…
彼女の罪…それはこの世界に生まれたこと…
この世界に残してはいけない、忌まわしい血を受け継いだこと…
彼女の名前は希望ちゃん。
それは彼女が生まれる前から彼女のお母さんがつけていた、彼女の大切な名前。
希望ちゃんはお母さんの顔を知らない。
写真すらこの世界に遺す事が許されないSランクの入所者たちが、この世界に遺せるのは遺骨だけ。
それもAbashiriの施設からは出せず、コテージの外に小さなお墓があるだけ。
希望ちゃんは夕食の前、今日あった事をお母さんに報告する。
希望ちゃんは朝食の前、昨日見た夢をお母さんに報告する。
それが希望ちゃんの日課。
今日はいっぱいレベルが上がったよ!
今日は新しいイベントに挑戦したんだ!
お墓の前で手を合わせ、笑顔で話す内容は今日あったゲームの冒険話。
ニーベルングを始めてから、希望ちゃんの口調や表情も、随分生きいきとした明るいものになった。
出会った頃のお人形さんのような表情とは、まるで別人のようだ。
希望ちゃんにとって俺は、生まれて初めて見る人間の男の人。
それまで見てきたのは地球教のシスターや、施設職員の鉄入くんだけだから、最初はどうしてもよそよそしくて…
夕食を一緒に食べようと提案した時も、仕方なくといった感じだったし、会話もこちらから一方的に…
おはよう。こんばんは。おやすみなさい。
最初はそこから。
話したい事と話したくない事があるのなら、聞いて良い事と聞いちゃいけない事がある。
だからゆっくり。
食事をしながら…毎朝、湖の周りを散歩しながら…
ゆっくりと、希望ちゃんのここでの暮らしを教えてもらった。
あの木はおじいちゃん!
この木はまだ赤ちゃん!
ひとりぼっちだった希望ちゃんの世界を知れば知るほど、金色の髪を弾ませながら明るく笑う希望ちゃんを見れば見るほど…
何故こんな優しい子が、世界からその存在を否定されるようなこの場所にいるのか、疑問が生じた。
その理由をこの子は知らない。
だから俺は通信手段として送られてきた阿頼耶識を通じ、仲間たちに呼びかけた。
その理由を調べてくれと…
そして手に入れた答えは…記録がない。
正確には公的な記録は始めから無く、存在するのは信憑性のない憶測だらけの当時のゴシップ記事だけ…
でもそれは、あの男と繋がる答えだった…
それは不思議な青年だった。
多くの仲間を従えていた彼は、それでもいつもひとりで何かの答えを探していた。
どこか儚げで、いつも遠くを見つめていた彼に最初に声を掛けたのは、小さな子供たちだった。
歌を歌ったり、追いかけっこをしたり。
子供たちを見つめる瞳やその歌声に、多くの者が惹きつけられ、少年や少女たちが、そして同世代の者たちが彼を慕い集まった。
皆は彼の為に全てを捧げ、そんな事にも無関心だった大人たちが気づいた時には、既に手遅れ…
彼は、彼を慕う者たちと共に旅立った。
たったひとりの少女を残して…
それが異人…
そしてその少女…その後このAbashiriに幽閉される事になった少女が、希望ちゃんのお母さん…
…でもそれって…
「白瀬さん!カレーのおかわりは?」
「…えっ?ああっ…お願いします。」
「金曜日は良いねっ!幸せ!」
毎週金曜日はカレーの日。
曜日感覚が無くなりそうなAbashiriでの生活では、こういった事も必要だ。
金色の長い髪をお団子にして、ニコニコしながら甘口カレーを頬張る希望ちゃんを見ていると、まるで自分の子供のように思えてくる。
…その後についての情報も、曖昧だが僅かに残っていた。
残された家族たちは、異人たちを探す為にある組織を作ったが、政府は捜索の許可を出さなかった。
理由としては、どの座標へ向かったかも分からない彼らを探す事は不可能に近いため。
そして二次被害を出し、これ以上世界を混乱させないために。
…要は面倒事に巻き込むな、という事だろう。
でもそれで納得する者は誰もいない。
そこで政府は、残された少女を利用した。
全ての罪を少女に着せ、政府への批判を回避した。
それは少女が望んだ事でもあったから。
人間を罰する法のないこの世界で、少女に罪を償わせる為に、政府はこのAbashiriを作った。
人々は、このAbashiriで死ぬまでたった一人で生きていく少女に向かって、罵声を浴びせ石を投げた。
あの人は自分の生まれた星《地球》へ帰った。…でも、きっとまた会える…
それはAbashiriに向かう少女が残した最後の言葉。
でもそれは残された者たちにとっては希望の言葉。
なぜ少女はそんな言葉を残したのか…
それが真実なのか、それとも悲しむ者たちを救う為についた嘘なのか、今となっては分からない。
だが、残された家族たちは捜索の為に作った組織を地球教へとその名を変え、いまでは最初の地球への帰還を夢見る者たちも信者として取り込み、この世界で無視の出来ない巨大な存在へとなっていく。
少女は彼らに希望を与えた。
この世でもっとも罪深い、希望という名の災いを…
昔話に出てくるパンドラの箱というものがもし本当にあったとしたら、パンドラが犯した罪でもっとも罪深いのは、希望を解き放ったこと。
全ての災いを閉じ込めたとされる箱の中に、なぜ希望もあったのかを考えもせず、人々を救うという嘘かも知れない希望の言葉を信じ、結局は解き放ってしまったのだから。
希望なんて無かった方が、人は幸せなのかも知れないね。
希望があるから、人は諦める事をせず、いつまでも悩み、苦しみ続ける。
第五火星の人々や俺がそうだったように…
希望さえ持たなければ、人はもっと楽に生きられるかも知れないのに…
そして少女がもう一つ、この世界に残したもの。
それが希望ちゃん。
少女は人間の男性と接触する事の決してないこのAbashiriで、入所後すぐに希望ちゃんを出産した。
父親の情報は何も残されていないが、幽閉された段階で既に希望ちゃんを身ごもっていたのなら、それは集まった者たちの誰か…
希望ちゃんは異人の子供かも知れない…
人々がそう考えたとしたら、いまの希望ちゃんの処遇も理解できる。
自分の子供や兄弟たちを奪われた者たちが、その怒りや恨みをぶつける相手は、もう希望ちゃんしかいないのだから。
親の罪を子が負うなど有ってはならない。
でも…そんな事は頭では分かっていても、心ではそうはいかない。
希望だけでは消すことの出来ない、家族への想いだってある。
だから復讐を考えた者もいるだろう。
そうしなければ、心が壊れてしまうから。
だから希望ちゃんはここに居るんだね。
住む場所を、住む世界を分ける事で、何も知らない子供に憎しみをぶつけなくて済むように。
ここは、もう二度と被害者も加害者も出さない為に、両者を隔てる壁として存在しているんだ。
それなら、ここを訪れる地球教のシスターは、いったいどんな気持ちでいるのかな?
どんな気持ちで、希望ちゃんと歌ったり笑ったりしているのかな?
決して消す事の出来ない想いを、どんな気持ちで表に置いて来るのかな…
何か…出来ることはないのかな?
ここへ来て、それを知って、そればかりずっと考えている。
でも第五火星の時とは違う。
何が正しくて、何が悪いのかなんて決められない。
でも…
「紅茶でも如何ですか?」
ティーセットを用意してくれた世話係の鉄入くんは、温めたカップに紅茶をそそぐ。
「ごちそうさまでした!あっ私も手伝います!」
デザートまでペロリとたいらげた希望ちゃんは、食器を片付ける別の鉄入くんと一緒にキッチンへ向かう。
「…これ以上、深入りしない方が良いと思います。」
「…どうしてですか?」
「貴方はいずれここを出て行く。その時、あの子はどうなります?」
「…。」
「このままの方が良いとは思いません。ですが、責任が持てないのなら、ある程度の距離は必要です。」
「…それが、あの子のためですか?」
「みんなのためです。誰かを救うという事は、誰かを傷つける事になる。だから、答えなんて無いんです。みんなを満足させるような答えがないのなら…」
「何もするな…ですか?」
鉄入くんは俺と向かい合うように座ると、自分のカップに紅茶をそそぎ、甘い香りのブランデーを入れる。
「貴方もどうです?」
「…じゃあ、少しだけ。」
「はい。」
キッチンから、鉄入くんと希望ちゃんの明るい笑い声が聞こえる中、目の前に座る鉄入くんは紅茶を一口飲むと、カップを見つめながら静かな声で話しを続けた。
あんなに楽しそうに笑うんですね。
あんなに嬉しそうに話すんですね。
子供なら当たり前のあんな姿を、私は初めて見ました。
ずっと一緒だったのに…
ずっと…我慢させていたんでしょうね…
なんで…あの子なんでしょうね…
あの子はちっとも悪くないのに。
あの子はね…ずっとお母さんのお墓の前で、ひとりで泣いていたんです。
でも私たちは…それを知りながら…抱きしめてやれなかった…
私たちの冷たい機械の腕では、あの子を暖めてやれないから…
だからあの子のあんな笑顔を見ると、ただそれだけで嬉しくて、私たちも救われるんです。
鉄入くんはそこまで話すと、手にしていたカップをテーブルに置き、こちらをまっすぐに見つめる。
「…貴方なら救えますか?」
「…どちらをですか?」
「どちらもです!私たちには、あの子さえ救えないけど、第五火星の人々も救ってみせた貴方なら…」
「…私では、どちらも救えない。」
「…。」
「でも、あの子たちなら、きっとなんとかしてくれる。」
このAbashiriで世界を分けていれば、みんな幸せでいられる。
誰も傷つかずにいられる。
だけど人は人の中にいるから人でいられる。
だから偽物ではない、みんなが直接触れ合い傷つけ合っても、それでも笑って暮らしていく世界が必要なんだと思うんだ。
まだ少し温かい冷めた紅茶を飲み干して、窓の外に広がる風景を眺める。
映像の月明かりに照らされた湖面には、まるでホタルのようなナノマシンの集合体が集まり、水と空気を浄化している。
確かにここは、退屈だけどいつまでも暮らしていたいと思える優しい世界。
でもそれは外の世界だって同じなんだ。
あとは人の心しだい。
「でも、何か具体的な策はあるんですか?」
「彼らを連れ帰る。」
「…生きていると思いますか?」
「でも、帰ってきましたよ。」
宇宙マンボウから現れた、彼らを乗せたコロニー〈ミズガルズ〉は、鉄入7号だけを連れて帰ってきた。
未知の宙域に旅立ってから8年。
旅立った者たちの生存の可能性はゼロかも知れない。
でも、そこにいるのなら、せめて家族のもとに帰してやりたい。
それでみんなを救うことになるとは思えないけど、キッカケにはなると思うんだ。
「7号さんの修復が終われば、彼らがどうなったのか、何処へ向かったのか分かるはずです。」
「…それは…無理かも知れません…」
「…?」
「兄さんの身体は、間もなく修復が終わります。ですが記憶領域にも損傷があったので、目覚めさせるには、データを初期化しないといけません…」
「初期化…」
「…兄さんの記憶は全て消えます。」
「なんですか!?」
立ち上がった拍子に倒した椅子の音に驚いた希望ちゃんが、手を泡だらけにして駆け込んできた。
「ごめん。なんでもない。」
「もう少しで終わりますから、終わったらみんなで遊びましょう!鉄入さんも、まだ大丈夫でしょう?」
「ダメです!今日はずっとゲームをしてたでしょう!?それにまだお風呂に入ってない!」
「大丈夫!」
「大丈夫じゃない!」
「はい!お風呂!」
「なっ!?」
食器を洗い終わった鉄入くんが、希望ちゃんを持ち上げ、お風呂場に運んでいく。
「やー!!…」
希望ちゃんの声が遠ざかる中、倒した椅子を元に戻し、ふたたび腰掛ける。
「いま7号さんは?」
「ユグドラシルで修復されている最中です。ですが、まだ初期化はされていません。」
「初期化せず、記憶を修復する方法は?」
「…わかりません。でも、もしかしたら梓さんなら…」
「すぐに連絡を…お願いしても良いですか?入所者の私では問題になるかも知れませんから。」
「はい。すぐに!」
これが、最後の希望になるかも知れない…
…希望か…
やれやれ…本当に楽をさせてくれないね。
遅くなりました(=ω=;)
書けない時は本当に書けんね…
黒い悪魔の出る季節になりましたね…
十は奴らが苦手です…
ホイホイ、ブラックキャップ、〇〇ジェット全て完備!どんとこいです!
どんとこられたら気絶するかもな十でした。




