新しい力⑤
本日2話分更新。こちら2話目です。
「……そう。抜け出したの」
「うん」
「待ってるって、昨日の夜に約束したのにね」
「ごめんなさい、ママ」
「ごめんなさい……」
「本当にもう! 危ないことは駄目よって言ってるのに!」
「「ごめんなさーい!」」
「まったく……」
シェイラは両側にいる二人の頭を引き寄せ同時に撫でながら、吊り上げていた眉を下げる。
「……アシバ様は、十数年分の成長を飛ばしてココが成長したって言ってたのね」
「うん。俺、もう刷り込みも終わった頃の大きさだろって言われた」
「そうなの……」
普通の竜が卵から産まれて成竜になるまでの期間は三十~五十年。
しかし刷り込みの効果が消えて親から離れようになるるのはもっと早く、十年~十五年くらいだと聞いていた。
成竜になるまでは里からは出られないが、親から離れて里の中で一人で生活することが許されるのがこのくらいらしい。
……一年と少し前、生まれたばかりのココを王城に連れて行って、どうすればいいのかと問うたシェイラに、王子であるアウラットがいったのだ。
独り立ちするまで、十年は離れることは出来ないと。
でもその十年かかると思われた成長をココはたった一年と少しで終えてしまったらしい。
ゆっくりと見守りたかった成長を見られなかったのは少し残念だが、もちろん嬉しくもある。
でもそれより、もっと気になることがあって、シェイラは唸った。
「刷り込みの時期が終わったということは、もう巣立ち出来るってこと? 私から離れちゃうの? 寂しすぎる……!」
思わずぎゅうううっと、ココとスピカの頭を抱え込む。
「ママ、くるしいー」
「シェイラ。痛い痛い」
「うー……独り立ちするって離れられたらどうしようかしら。急すぎるわ。寂しくて死ぬかも。でもそれが成長なのよね。うん……」
しかし本当に、十年かけてするはずだった心の準備を、今しなければならないのだろうか。
明日にも、ココは離れてしまうのだろうか。
突然すぎることに涙目になるシェイラだったが、そこで腕の中にいたココが身を捩って抜け出した。
「シェイラ。大丈夫だよ! 行かないから!」
「え?」
ココは隣に座るシェイラを見上げながら、口端を上げている。
今までとは違う、少し大人びた表情だった。
「ココ?」
ココはシェイラの手を取り力強く握ると、ふんわりと笑った。
「俺はずっとシェイラと居る。やっと力を持てたんだ。シェイラのこと、傍で絶対守るよ」
「コ、ココ……! やだもう何ていい子なのかしら! 恰好いい! 大好き!」
「俺も、シェイラ大好き!」
嬉しくて。
またシェイラは、ココに抱き付いてしまう。
今度はココも頬を摺り寄せて抱き返してくれて、シェイラは彼の頭を抱え撫でた。
まだまだ十歳程度の子どもの容姿だが、今までよりもずっと大人になった子。
自然と、話しかける言葉もこれまでより大人に向けたものになった。
「ココ、愛してるわ。一緒に居たいって言ってくれて嬉しい。……でもね、行きたいところが出来たら行っていいの。縛るつもりもないのよ。それは覚えておいてね」
「うん」
額と額を合わせて、二人は微笑みあうのだった。
* * * *
……ソファでいちゃいちゃとくっ付いている二人に、キッチン前のテーブルでビスケットを食べ進めるカザトは呆れた目を向けていた。
いつの間にかスピカもこちらへやってきていて、カザトの前の席に座りビスケットを食べている。
彼女に紅茶を注いでやりながら、カザトは小さく呟いた。
「ソウマ、やばくね? ラブラブじゃん。成長が早いってことは、まじで追いつかれるかもじゃん」
その小さな声を耳に入れられたのは、目の前のスピカだけ。
彼女は大人ぶった様子でうんうんと頷いている。
頬には子供らしくビスケットの欠片が付いているが。
「ねー。これ、ちじょのもつれってやつ!?」
「……意味わかってんのか?」
「びみょーに? なんとなく」
「ふうん。……お前、食べるの下手だな。こぼし過ぎ」
「むずかしいのー! あ、ねぇねぇカザト」
「なに」
「スピカはいつおおきくなれるの?」
「あー……? いや。お前は普通にあと十年か十五年は以上かかるだろ。珍しい種類の黒竜っていっても、始祖竜とは違うし」
「えー」
不満そうなスピカの声を聞きながら、カザトは自分で今言った台詞の違和感にふと気づいた。
(普通の竜とは違う。……もしかして)
ココをちらりと見たカザトの目が、鋭く細められる。
(始祖竜は、普通の竜より成長が早い。さらに他の竜より力も強い……ってことは)
……竜の身体は、世界を漂う見えない力が凝縮して出来ている。
そして竜が力を使う時、もちろん周囲に満ちた力を行使してはいるが、身体の中に元々ある力も同時に使っていた。
力を使えば使う程に命の源である力を削っていると言っていいようなものだ。
ただそうして普通に力を使い続けても軽く三百年ほどの寿命はもつから、今まで問題視されていなかったのだが。
でもココはたったの一歳で、普通の竜が十年以上かけて使うようになるほどの力を行使出来てしまうようになった。
もし。
普通の竜の十年分を、ココが一年で消費してしまっているとしたら?
(普通は力の強い竜は長寿になる傾向だけど。でもココの力も成長も規模が違いすぎるし、普通の竜には当てはめられない感じがする………これからも同じ成長速度だったら、つまり老化も早いってことだし。―――ヤバくないか?)
万が一、始祖竜が今カザトの想像しているような一瞬だけ燃え盛ってあっと言う間に消える、マッチの火のような存在なのだとしたら。
だから他より強い力を使えるのだとしたら。
「……」
「カザト様?」
「っ!」
声をかけられはっと我に返ると、目の前にはスピカだけではなく、ココとシェイラもいて、カザトの顔を覗き込んでいた。
「さっきから何度か呼んでいたのですが…難しい顔をしてらっしゃって。あの、体調でも悪いですか? やっぱりソファが寝床だと身体が休まらないのでは」
「いや。なんでもない。平気だ。……ただの思い過ごしだろうし」
「? そう、ですか?」
「あぁ。それより。寝床といえばココは今夜からどうするんだ?」
「あ、はい。さっき竜になって貰ったんですけど、まだ大型犬くらいの大きさなので。ぎりぎり詰めれば何とか一緒に寝られるかなと」
「ふうん。良かったじゃん」
「はい!」
笑顔で頷き、カザトはスピカの頬についていたビスケットの欠片をぬぐってやっているシェイラから視線を外してあくびをする。
今日は一日中、見張りで気を張っていたから少し疲れていた。
(なんの確証もないし。ただの想像だし。別に言う必要はないだろ)
ただただ喜ぶべき成長なのだと信じているシェイラの顔が曇るのを、なんとなく見たくはなくて。
カザトは自分の考えを降り払うと、もう寝てしまおうと寝床であるソファに足を向けるのだった。




