#6
~ヴェステア・新市街
ユリウスとレオンは退屈そうに町をぶらぶらと歩いていた。今日は完全なオフとしており、特にすることもない。
そんななか、女物の洋服店の前に見覚えのある男を見つけた。赤毛のぼさぼさな頭に無精髭。先日、剣を合わせたブラックフェンリル指揮官のアルスだ。
「お、アルスさんじゃねーか」
「何だ? あぁ、ユリウスの旦那か」
アルスは退屈そうにしていた顔を上げた。その手元には買い物袋。
「どうしたんだ、こんなところで」
「荷物持ちだよ」
アルスが顔をしかめる。女物の服、荷物持ち。これらが意味するものは。
「なんだ、さてはデートだな?」
「違う違う。それなら楽しいだろうがな、ただの荷物持ちだって言ったろうが」
アルスのため息。確かに、女性の買い物というものは長い。この様子だとずいぶんと長い間連れ回されているのだろう。
「そうそう。親父が探してたぜ」
「親父っていうと、ウォードさんか?」
「ああ。話があるんだとよ」
先日の戦の後、ウォードとは書面で連絡を取っていた。となると、今日は踏み込んだ話ができるかもしれない。
「なるほどな。……待たせちゃ悪いな。家に戻ってみるか」
「俺はどうする?」
「レオンも付き合ってくれ。話があるからな」
「ほー。なんか厄介な話になりそうだな?」
どんな展開となるのかを察したのか、レオンが顎髭をさすった。
「アルスー、ちょっと来なさーい」
店の中から女性の声。透き通った美声だ。
「……悪い、連れが呼んでる。またな」
アルスは憂鬱そうにため息をつくと、店の中に入っていった。
「連れって誰だろうな」
「あの娘じゃねーか? ウォードさんの後ろにいた、ポニーテールの娘」
そういえば、ブラックフェンリルの中に女性がいたのを思い出した。性格はきつそうだったが、美人だったのを覚えている。
「ああ、そういえばいたな。ってことは、やっぱりデートなんじゃねーの?」
「どうだかな。デートならもっと楽しそうにするもんだろ」
あまりプライベートを考証するのもなんだ。とりあえず話を切り上げて、家路を辿る二人であった。
カチュアは買い出しを終え、自宅へと戻っていた。後ろには荷物を持ったメリーベルがいる。
「カチュアちゃん、こんなに荷物持たせられちゃ、いざっちゅーときに護衛でけへんで」
「たまには仕事しなさい。もう、背だけ無駄に高いんだから」
メリーベルが居候して数日。彼女に家事を手伝ってもらおうともくろんでいたカチュアだったが、その計画は画餅と化した。何せ、メリーベルにできる家事といえば、雑巾掛けぐらいのものだったから。それでどうやって旅をしていたのか不思議なほどだ。そんなわけで、彼女には肉体労働を任せることにしたのである。
「背は関係ないやんかー。それに、ウチかて仕事してるで?」
「ほほう、言ってみなさい」
「えーと、笑いと癒しの提供?」
「はいはい、言ってなさい」
「いやん、もう、いけずやなぁ」
とは言うが、メリーベルは底抜けに明るく、彼女のおかげか、笑うことが増えた。そこは彼女に感謝しなければ。
「……あれ? カチュアちゃん、家の前に知らん人おるで?」
メリーベルが目を細めた。確かに見たことのない初老の男が立っている。その表情は険しく、堅気ではない雰囲気を持っていた。
「……ホントだ。あたしも見たことないよ」
「ってことは、ユリウスさんの客かいな?」
「だと思うけど……」
「よっしゃ、危ないかもしれへんからな、ウチに任せとき」
メリーベルがこちらに荷物を押しつけた。なんだか体のいい押しつけに見えなくもない。
「あー、人ん家の前で何しとんかな?」
メリーベルが努めて明るく話しかける。だが、警戒は緩めていないようだ。
「……ユリウス殿のお宅だと伺ったのだが」
男が振り返る。白髪混じりの赤毛に、顔には深い皺が刻まれている。そして、彼は左腕を失っているようだ。上着の左の袖が心細げに揺れている。
「ユリウスさんなら出かけてはるで」
「む、そうか……」
「あの、兄への伝言なら承りますが……」
どうやら悪意を持った人ではないらしい。おずおずと前に出る。
「兄……ということは、妹御か?」
「はい。ふらふらと出かけていますので、帰ってくるのはいつになるかわかりませんが……」
「重要な話ですので、できれば直接お話したいのですがな……」
男が考え事をするかのように顎に手を当てる。重要な話とは。
「申し遅れましたな。儂は傭兵団『ブラックフェンリル』団長のウォード・シュヴァイツァーと申す」
「ユリウスの妹、カチュア・ギュンターです。こちらがメリーベル」
メリーベルと共に会釈をする。傭兵団の団長ということは、やはり仕事の話だろう。伝言よりは直接話してもらおう。
「では、中でお待ちください。そのうち帰ってくると思いますので」
「そうですか。すみませんな。では、お言葉に甘えまして」
ウォードを応接間に通し、茶を淹れる。
「傭兵団の団長って、また変わった人と知り合いなんやなー」
メリーベルが荷物を整理しつつ呟いた。確かに兄の秘書のようなことを長年やっているが、傭兵団と付き合いがあるのは初耳だ。
「また強そうやしなぁ。ウチの目は誤魔化せへんで。あの目と手は本物や」
「目はわかるけど、手?」
「ああ。人は本気になったら目でも嘘つける。やけど手は誤魔化せへん。手はその人が何やってきたか、っちゅーのを表すもんやからな。ウォードさんの手、あれは長年剣を握ってきた手やわ」
メリーベルの表情は真剣だった。用心棒という仕事柄か、彼女の観察力は大したものだ。
「……って、全部お父んの受け売りやけどな」
メリーベルが恥ずかしそうに笑った。照れ隠しを含んだ、彼女なりの謙遜なのだろう。
茶と適当な本を渡して、あとは兄が帰ってくるのを待つだけ。全く、どこで何をしているのやら。
「ただいまー」
「邪魔するぜー」
そんなことを考えていると、ユリウスとレオンの声。噂をすればなんとやら、か。出迎えに行く。
「あ、お兄ちゃん、お客さん来てるよ」
「おいおい、俺にいらっしゃいは無しか?」
「レオン君はうちの準レギュラーだから挨拶しません」
レオンは兄の幼なじみなので遠慮なし。彼も遠慮する様子を見せないのでおあいこ様だ。
「客? ……名前は?」
「ウォードさん」
「ああ。大事な話があるんだった。待たせちゃ悪いな、すぐ行く」
「俺は?」
「だからさっき言っただろ、レオンも一緒に頼むって」
「応接間のほうに通してるよー」
応接間に急ぐユリウスの背中に声をかけると、彼は手振りで返事をした。
「悪い、待たせたな」
応接間に入る。そこには本を読んでいるウォードの姿があった。
「いえ、こちらこそ急に押し掛けてしまい、申し訳ありません」
ウォードが本を閉じ、立ち上がって礼をする。本のタイトルはカチュアの持っていた小説だ。全く、適当なものを渡して。
「しばらくぶりですな、ユリウス殿、レオン殿」
「ん? 俺の名前まで覚えてくれてたんですか?」
「それはもう。シェイズがよく話していましたからな。あのシェイズと互角に渡り合えたのは、息子の他に見たことがありませんでしたからな」
レオンが照れる。らしくないとは思ったが、凄腕の傭兵であるウォードから褒められるのは嬉しいことだろう。自分だってきっとそうなる。ユリウス達が椅子に座るのを見届けて、ウォードも座った。
「そうそう、さっきアルスさんを見たよ。買い物に付き合わされてた」
「でしょうな。レンファとアルスは仲が良い。腐れ縁でしょうがな」
カチュアがユリウスとレオンの茶を出し、部屋から出ていく。
「今はヴェステアで羽を休めております。ひょっとしたらまた会うこともあるかもしれませんな」
「それは楽しみだ」
茶をすすって、間を空ける。少し緊張してきたが、今からやろうとすることをレオンに伝えないことには進まない。
「……それで、本題だ。俺はレオンを信用してるから、この場に呼んだ。いいな?」
「どうした、急に」
こちらの雰囲気を察したのか、レオンの表情が変わった。
ユリウスの脳裏に、十年前の光景が蘇る。
今際の母が残した、あの言葉。
『ユリウス、あなたの父親はね……』
「俺は……」
あの言葉を聞いてから抱いた夢。いや、野望。
『フィツール王国国王だった、カイオス・ギュンターよ……』
「フィツール王国再興の、兵を挙げる」
その一言で、応接間の空気は静まり返った。
「第二部、始まったねー」
「我々の出番も久しぶりですね。エリーゼとパナメーラです」
「ヒロイン! それっぽい子が出たよ!」
「妹じゃないですか」
「妹でも愛があれば関係ないよ!」
「いや、愛、ありましたか?」
「それは……」
「それよりも、時代は百合ですよ。主人公ほったらかして甘い展開を……」
「エリーゼ、そういう願望あるの……?」
「なんで身構えるんですか。
さて、ユリウスが明かした野望。彼はどうしてその野望を抱いたのか。そして、その野望は叶うのか。次回をお楽しみに」
―――
第二部前半です。短めの更新になりましたね。
なお、予告の二人の会話は与太話として受け取ってくださいませ。




