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彼の剣と彼女のペン  作者: あびす
第二部・野望の始まり
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9/22

#7

~ユリウス宅




「お前、何言ってるんだ?」

 沈黙を破ったのは、レオンの声だった。

「フィツール王国再興の兵を挙げる。そう言った。聞こえなかったか?」

「いや、聞こえてたけどよ……本気かよ」

「冗談でそんなこと言えるかよ」

 レオンは呆気に取られた表情を浮かべている。無理もない。友人から謀反の企みを聞かされては。

「俺はフィツール王国の血を継いでいる。だから、王座に就いてもおかしくはないだろう?」

「……お前なぁ。昔から、本当に大きなことばかり言ってるよな」

 ユリウスの大言癖は今に始まったことではない。幼なじみであるレオンは、そのことをよく知っているだろう。

 だが、これはいつものようなホラではない。

 ユリウスが王家の者だという資料はない。だが、フィツール戦争の際に多くの資料が焼失したのも事実である。そして、ユリウスの瞳の色は緑色。極めて珍しい緑色の瞳は、フィツール王家の血が入っている証となる。

「今、謀反を起こすことは、平和なこの地を乱すことだっていうことはわかってる。だけどな、俺が。俺が、成すべきことなんだよ」

 今際の母が呟いた一言。

 ユリウスの父親は、フィツール王国最後の国王。ユリウス兄妹はフィツール王国の血を受け継ぐ者。

 それを聴いてから芽生えた夢。そして野望。

「なぜ兵を挙げようとするのか。それは、父親の見ていた景色を知りたいということ」

 ユリウスはカイオスの足跡を学ぶうちに、一つの疑問を抱いていた。

「顔も知らない父。彼が、どんな景色を見て、どんな感情を抱いていたのか、俺にはわからない。そして、なんで国を失わなければならなかったのか。それも、俺にはわからない」

 フィツール公ディアスは、カイオスのことを個人的に尊敬していた。故に、ディアスの統治姿勢はカイオスのものを踏襲しており、それが生み出したものは、組織の若返り。そして、活発な改善。体制の変化。

 ユリウスは士官学校時代にそのことを学んでいた。だからこそ、なぜカイオスが亡国の君主とならねばならなかったのか、それがわからなかった。多少の諍いこそあれど、カイオスはフィツール王国を立派に治めていた。なのに何故、カイオスは亡国の君主となったのか。そのことはユリウスの脳裏にこびりついていた。

 今までこの地で築いてきた人脈と、磨いてきた才覚。全てはそれを知るためにあった。己の夢を、野望を叶えるためにあった。

「俺は、それを知りたい。父の目指した国の形。それを見たい」

 ユリウスの声に迷いはない。それは、レオンとウォードにも伝わったようだ。

「……儂は、これほどまでに『フィツール王国の再興』をはっきりと口にした方は、初めてお目にかかりました」

 ウォードは幾度となく「フィツール王国の再興」を謳った反乱に力を貸してきた。だが、それらはいずれも名目であり、己の野望を満たすためのものであった。

「……目の前でダチから謀反の話をされた俺の気分にもなれよ」

「……レオン。俺はお前のことを信用してる。だからこそこの話を聞かせた。どうするかは、お前に任せる。俺の夢が、お前に終わらされるのなら、悔いはないさ」

 これは賭けだ。ここヴェステアで反乱を起こすには、レオンの力が必要不可欠。レオンが敵になるのなら、もはやそれまで。フィツール王国の再興。それは稚気じみた夢だったということだ。

「……ユリウス、覚悟はできてるんだな」

「ああ」

「じゃあ、その夢、今ここで、俺が終わらせてやるよッ!!」

 レオンが立ち上がり、剣を抜く。

「ユリウス殿ッ!?」

 ウォードも立ち上がるが、隻腕の彼に機敏な動作を期待することはできない。レオンの剣がユリウスに振り下ろされた。


「……どうして避けなかった?」

 レオンの剣は、ユリウスの目の前で止まっていた。どちらかが少しでも動けば、ユリウスの皮膚が切れる。そんな距離。

「知れたことだよ。俺は自分の死に方を知ってるからな」

「へっ、よく言うぜ」

 ユリウスの口癖を聞いて、レオンは苦笑しつつ剣を納めた。

「それに、さっきも言っただろ。お前に終わらされるのなら、悔いはないって」

「……そこまで信用されちゃ、しゃーないな。お前とは腐れ縁だからな。手ェ貸してやるよ」

 レオンがユリウスの肩を叩く。その横でウォードはほっと胸を撫で下ろしていた。フィツール王国の再興は、ウォードの夢でもあったからだ。

「ウォード殿、貴方は……」

「無論、協力させて頂きます。断る理由などありませぬからな」

 ウォードが手を差し出した。ユリウスはそれをしっかりと握る。

 まずは第一目標完了。次に引き込むべきはライーザ。レオンとライーザがいれば、主立った武官は従うだろう。そして、文官にも根回しをせねばなるまい。第一に狙うべきは、文官のリーダーともいえるキルド・フォーゲル。

 ユリウスの思考は、廊下を走る足音で乱された。

「何や何や、何があったぁ!?」

 メリーベルだ。先程のレオンとのやりとりを聞きつけたのだろう。手には得物を握っている。身内とはいえ、このことを知られると面倒なことになるかもしれない。適当にごまかしておこう。

「あー、今度、劇やることになってな。その練習だよ、練習」

 我ながら苦しい嘘だ。案の定、レオンからは不安そうな視線。

「……何や、そないなことかいな。心配して損したわー」

 って、引っかかってる。

「邪魔しちゃ悪いなー。ほな、がんばってやー」

 メリーベルは小さく手を振って、部屋から出て行った。

「……ユリウス、あの子……」

「つくづく単純だな。ま、そこがあいつのいいところだが」

「で、リーンやライーザは?」

「リーンには声をかけてる。文官さんのほうはリーンに任せてるんだけどな、俺も動かなきゃならんだろうよ」

 リーンは士官学校の同期ということで、レオンも面識がある。

「なるほどな。……気になるのは、ヨゼフだよな」

「……ああ。まぁ、言ったところで、あいつは従わないよ。現実主義者だからな、あいつは」

 そう。ヨゼフとはきっと、敵同士になるだろう。ヨゼフは道理の通らないことは行わない男だ。そして、ユリウスが今からやろうとしていることは、道理の通らないことだから。

 気が滅入る。だが、それでもやらねばならない。

 だが、やらねばなるまい。リーン。レオン。ウォード。自分の夢に、力を貸してくれる人が現れたのだから。

 賽は投げられた。今更、引くことなんかできないのだ。




~数日後




 今日は掃除の日である。メリーベルには床の雑巾掛けをしてもらい、カチュアは不要物の片付けを行っていた。一通り完了し、あとは兄の部屋だけだ。

 兄は新しい物好きな割に飽きっぽく、部屋の中は不要物で溢れている。ここを片付けないことには、掃除をしたことにならない。

「はぁ……しょうがないなぁ。やるかっ!」

 自分に檄を入れ、兄の部屋に入る。彼は仕事に出かけており、部屋の中は相変わらず散らかっている。

「ったくもー……後先考えないで物を買うんだから」

 廊下に散らばっている便利グッズの類や奇抜な衣装を整理して、明らかに使っていないようなものを一カ所にまとめておく。最後通告の紙を置いて、あとは床の掃除。

 ふと、机に目をやると、そちらも書類で溢れかえっていた。もう一度ため息。

「こんなの、どれが要るかなんて、あたしにわかるわけないじゃない……」

 ぼやきながらも、ユリウスが書いたものと、貰い物の書類とに分別していく。ユリウスが書いたものはどうせ清書を頼まれるんだし、見えるところに放置しているのが悪いんだ。中身に軽く目を通しておく。そのうち、一つの紙切れに書かれていた単語。それは、カチュアの目を止めるのに十分だった。

「反乱 協力者」

 反乱だって!?

 見てはいけない書類の気がするが、興味が湧いてしまう。ついつい文章を追う。

 リーン、レオン、ライーザといった、ヴェステアの主要人物にことごとく○がついていた。この○が意味するのは、反乱の協力者ということか。となると、首謀者は。ここに挙げられている人名と付き合いが深い人といえば、ユリウス。

 まさか。

 これはもう見なかったことになんかできない。兄が帰ってきたら、問い詰めよう。

『あなたの父親は、フィツール王国国王の、カイオス・ギュンターよ』

 今際の母の言葉がフラッシュバックする。

 まさか、あの言葉を信じているとでも。母のことを悪く言う気はないが、あんな、証拠も何もない話を。

 カチュアはそれっきり、掃除が手に着かなかった。




「……お兄ちゃん、入るよ」

 その日の夜。カチュアはユリウスの部屋に入る。

「おう、どうした? 何か買って欲しいとかなら、言うだけ無駄だぞ」

 兄の調子はいつも通り。カチュアは深呼吸して、ベッドに腰掛ける。

「……昼間、お兄ちゃんの部屋を掃除したんだけど」

「ああ、あの服はまだ着るって」

「それじゃない。……あたしが聞きたいのは、机の上にあった、紙切れのこと」

「……紙切れか」

 ユリウスの目つきが変わった。たまにしか見ることのない、真剣な眼差しに。

「反乱、って。どういうこと……?」

 カチュアの問いかけに、ユリウスはしばらく答えなかった。重苦しい沈黙が、部屋の中を覆う。

「……もうちょっとしっかりとした機会に説明するつもりだったんだがな」

 しばらくの時間が経ったあと。ユリウスが観念したかのように口を開いた。

「そうだよ。俺はフィツール王国の再興を掲げて、反乱を起こす」

 予想通りの回答。だが、それでも驚かずにはいられない。

「何言ってるの!? そんなこと、本気で言ってるの!?」

 思わず大声が出る。

「冗談で言えるようなことじゃないだろ。……母さんが言った言葉、覚えてるか?」

「覚えてるわよ! でも、あんなの、証拠も何もないことじゃない!!」

「確かに、証拠なんてない。だけど、大義名分には十分だ。幸い、俺達の瞳は緑色だしな」

 フィツール王家特有の緑色の瞳。それは確かなことだ。いや、聞きたいのはそんなことじゃない。

「それはそうだけど……それだけで、反乱なんか起こす気なの?」

「……フィツール戦争の頃、お前はまだ小っちゃかったよな。覚えてるか?」

「……あんまり」

 十五年前のフィツール戦争。そのとき、カチュアは六歳だった。何があったのか、ぼんやりとしか覚えていない。ただ、町中が殺伐とした雰囲気に包まれていたことだけは覚えている。

「あのとき、なんていうか、惨めだったんだよ。仲の良かった兵隊さんは死んで、代わりにやってきたのはナディアの兵隊。そこらの店に因縁つけて、商品をふんだくって。戦争に負けるってのは、惨めなんだな、って思ったんだよ」

 ヴェステアは主戦場から離れており、ナディア兵が来たのは終戦後のことだった。終戦後にも関わらず、当時のヴェステア領主は抵抗し、少なからぬ血が流されたそうだ。血が流れたが故に、進駐してきたナディア兵はしばらくの間、横暴な態度を取っていた。終戦後ということで、戦勝の常である略奪が行われなかったことが救いだったのだが。

 じきにナディア兵の態度は落ち着き、ヴェステアには平穏が戻ってきた。だが、あの頃のことは、ユリウスの脳裏に焼き付いていたのだった。

「だから、俺は、この国を二度とそんな目に遭わせない。それには、今のままじゃダメだ。だから、俺は、この国の形を変える。そのために、反乱を起こす」

 ユリウスは淡々と、それでいて力強く語った。唯一の肉親だ。こうなったときの兄はてこでも動かない。そのことは十二分に知っている。

 そして、兄の気持ちもわかる。すでにフィツール王国は無くなっているが、それでも所属心はフィツール王国にあった。どこの人間だ、と聞かれれば、自分はフィツールの人間だと答えるだろう。あの頃子供だった自分でもそうなのだ。もっと年上の人は余計にだろう。

「……メリーを雇ったのは、このためなんだよ。もし何かがあっても、あいつがいれば、お前だけはなんとかなりそうだからな」

「……中身、読んだよ。リーンさんにレオン君、ライーザさん……あれだけの人が協力してくれるんなら、今更あたしが止められるはず、ないもん」

 兄の覚悟が聞けた。それだけで十分だ。それに、自分が止められるのなら、すでに誰かが止めているはずだ。賽は投げられている。もう後戻りはできないのだ。そのことは兄が一番よく知っているだろう。

「……だけど、一つだけ、約束して」

 自分にできることはただ一つ。

「……必ず、必ず、帰ってきてね」

「ああ。約束する」

 ユリウスは笑って、カチュアを軽く抱いた。




~二週間後




「それじゃ、行ってくる」

 ユリウスはいつものように家を出る。いや、いつもと違うことが一つあった。

 今日、ユリウスは反乱を起こす。

「なぁ、ユリウスさん。あんたがとんでもないことをやろうとしてんのはわかる。ウチなんかに止められへんけど……」

 メリーベルがカチュアの肩を抱きながら、強い口調で喋る。

「カチュアちゃんを一人にするようなことあったら、ウチは一生、あんたのことを許さへんからな」

「……ああ。約束したからな、カチュア」

「うん。……ほら、足下震えてるよ。なっさけないなぁ!」

 こちらを安心させるかのような、少しおどけた口調。それはずいぶんと救ってくれる。

 実のところ、昨晩はろくに眠れなかったのだ。勝算があってのことだが、それでも怯えていた。今朝になってみれば、ずいぶんと吹っ切れたのだが。

「……じゃあ、『また』な」

「うん。『また』ね」

 ユリウスにとって、最も長い一日が始まった。

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