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彼の剣と彼女のペン  作者: あびす
第一部・黒い狼/反乱軍討伐
3/22

#2

~ヴェステア軍・ユリウス隊




 突然の豪雨、そして雷。

 すぐに元通りの晴天となった戦場で、ユリウスはしばし呆気に取られていた。

「術、か……?」

 これだけの急激な天候の変化は、何らかの超自然的な力が働いたとしか思えない。そう、術だ。

 戦場で術を使うことは禁じられている。戦争が今以上に凄惨なものとなるために。だが、それはあくまで国家間の戦争に限られており、今回のような反乱軍相手の戦争では、使われてもおかしくはない。術を使った国は他の国から総バッシングを受けるため、失うものは多い。だが、反乱軍は失うものなど何もないのだ。

 これだけの術を間近で見ては、兵士達も怖気付いているだろう。そして、敵がその隙を見逃すとは思えない。おそらくは総攻撃をかけてくるだろう。大陸一とも賞される、ブラックフェンリルが。そうなっては、いくらライーザといえども長くは持つまい。

「……作戦を変更、ただちに包囲に移るッ!! ほら、合図だ!! いつまでボケーっとしてるんだよ!!」

 ユリウスは側の兵士に喝を入れると、反乱軍の側面めがけて動き出した。




~反乱軍・ブラックフェンリル




「……思ったよりも損害は少ない感じね。今日はちょっと調子が悪かったのかしら。それに、敵さんにはいい指揮官がいるみたい」

 普通なら、先程の術で潰走寸前となっているはずだ。だが、相手はずいぶんと落ち着いている。すぐに陣形を回復させているのがその証拠だ。

「構わねぇよ。少しは突っ込みやすくなった」

 馬上のアルスがレンファの肩を叩く。彼の右手には飾りっ気のない無骨な曲刀が握られている。ブラックフェンリルの名を冠する、父から受け継いだものだ。無骨ながらも業物であり、目利きが見れば逸品と評するだろう。

「あらそう。それじゃ、肉体労働はあんたらに任せるわ。私は休憩」

「あいよ、任されて」

 アルスの隣にいる、同じく馬上の男が豪快に笑った。身長二メートルは超えているであろう大柄な体。黒い髪をオールバックにまとめ、鼻髭と顎髭がいかにも武者という印象を与えてくれる。鎧の上から東国風の衣装を羽織っており、その太い腕には長巻と長剣が握られていた。それが彼の腕力を表しているかのようだ。

 アルスの右腕ともいえる男、シェイズ・ロックハート。

「久々の戦だよ。腕が鳴るねぇ」

「奇遇だな、俺もだ」

「「ぐっふっふ」」

 アルスとシェイズは共に不敵に笑う。

 やれやれ、この戦馬鹿共が。

 彼らの様子にレンファは思わず苦笑した。二人とも根っからの戦争屋なのである。まったく、誰に似たのやら。親の顔が見てみたいものだ。

「それじゃ、行くぞ野郎共!! 餌はたっぷりあるんだ、取り合うんじゃねぇぞ!!」

 アルスが剣を掲げると、それと共にブラックフェンリルは駆けだした。




~ライーザ隊




 まさか、術を使ってくるとは。

 突然の落雷によって、陣形は崩れたうえに、少なからぬ兵士がやられている。一番痛いのは兵士達の士気が大幅に下がったことだ。

 無理もない。超自然的な術は恐怖を煽る。

 ライーザは濡れた髪を鬱陶しそうにかきあげる。前髪で隠されていた、彼女の顔の左側が露わになった。そこには大きく醜い傷跡が刻まれている。彼女が左側の前髪を伸ばしているのは、この傷を隠すためであった。だが、こんな状況になれば見た目に構ってはいられない。鬱陶しいものはどかしておくだけだ。

 このチャンスを敵が逃す訳がない。すぐにでも攻撃が来る。立ち直らなければ。そうでないと、後輩の前で見栄を切ったのが台無しだ。

「……お前ら、すぐに槍を取れッ!!」

 怖くないと言えば嘘になる。だが、戦わなければ無様に死ぬだけだ。

「敵が来るぞッ!! 死にたいのかッ!!」

 ライーザの必死な声で、兵士達は徐々に槍を取り、陣形を回復させていく。

 彼らは知っている。ライーザの言うとおりにしなければ死ぬということを。そして、ライーザならなんとかしてくれるということを。

「安心しろ、あれだけの術を連続して放てる道理はないッ!!」

 術のことはよくわからない。これはあくまで希望的観測に過ぎない。だが、何も言わないよりははるかにましなはずだ。自分のためにも、兵士のためにも。

「槍構えッ!! ユリウス達が来るまでなんとか持ちこたえるぞッ!!」

 ライーザの号令で、ライーザ隊は部隊としての体裁を取り戻していった。




~ブラックフェンリル




「だーっ!! しっぶてぇ奴だッ!!」

 アルスは現状に苛立っていた。無理もない。突破できないのは久々のことなのだ。敵は実に粘り強い戦をしている。

 あまりにも突破に手間取るようなら、敵の別動隊にこちらの側面を衝かれるおそれが出てくる。そうなれば、敵の勢いは回復するだろうし、逆にこちらが危機に陥ってしまう。

「こりゃ、彼女いないんじゃないかねぇ……」

 シェイズも苦笑する。諦めが悪い。それが誉め言葉となるのは、軍人に限っての話である。

「よっしゃ、俺が行くよ。そろそろ終わらせないと、またレンファにグチグチ言われるからねぇ」

 こうなれば、もはや敵は時間である。早いところ終わらせるには、敵に恐怖を植え付けるのが一番だ。シェイズはそう思っている。

「おう、手早く頼むぜ」

「任せときな」

 シェイズはアルスの肩を叩き、長巻と長剣を握り直すと、敵陣めがけて駆けだした。

「シェイズさんだ、シェイズさんが出るぞッ!!」

 シェイズの黒い馬と、彼の紫色の衣装を確認した味方が次々と歓声をあげる。それほどまでに彼は信頼と羨望、そして畏怖を集めていた。

「命が惜しかったらそこをどきな! 『退かずのシェイズ』のお通りだッ!!」

 接敵と同時に、彼の両腕が別々の生き物のように動き出す。たちまちあがる血煙。それは、すんでのところで持ちこたえていたライーザ隊にとどめを刺すのには十分だった。


「ライーザ様、とんでもない奴が……ッ!!」

「わかってるッ!! ……ったく、今日は厄日だね……」

 あまりの現状に、ライーザは歯噛みする。先程の合図から察するに、ユリウス達はこちらの救援に向かっているようだが、はたしてそれまで持ちこたえられるかどうか。

 単身で切り込みに来るとはいい度胸を持った敵である。そして、それに対抗することができない自分が情けなかった。武芸にはそれなりに自信がある。だが、いくら自信があるといったところで、自分は女なのだ。あれだけの腕を持つ男に対抗できるとは思えない。

 久々に冷汗が流れていた。

 いや、これだ。このどん詰まり、この冷汗こそが黒後家の戦なのだ。

「こらえろッ!! ユリウス達が来れば勝てるッ!! それまでこらえろッ!!」

 ライーザの鼓舞は、兵士に向けてというよりも、己に向けてのものだった。長剣を握る手に力がこもる。

 いざとなったら、自分があの敵に向かわなければ。死ぬときは戦場と決めて、ここにいるのだから。いつでも戦える。その覚悟は決めておく。

 そのとき、金管の音がした。音のした方向を見ると、そこには見慣れた軍勢がいた。

 ユリウスとレオンである。




~ユリウス隊




「……なんとか間に合ったみたいだな。さすが先輩。尊敬するよ」

 ユリウスの部隊はなんとか間に合った。反対側にはレオンの部隊が見える。かなりの強行軍だったが、ライーザはまだ持ちこたえているようだ。さすがは「黒後家」ライーザといったところか。

「よし、柔らかい脇腹に突っ込むぞ!! 先輩達を楽にしてやろうぜ!」

 ユリウスの号令とともに、攻撃の合図があがる。ユリウスとレオンが率いるそれぞれの部隊がブラックフェンリルを挟み撃ちにするかのように攻撃を開始した。いくらブラックフェンリルとはいえ、三方向からの攻撃には耐えられまい。肝を冷やしたが、この戦はこれで決着だ。

 ユリウスはそう願いつつ、得物のバスタードソードを構えた。




~ブラックフェンリル




 囲まれる。

 それがわからないほど、アルスは猪武者ではなかった。左右からの攻撃に加え、正面の部隊も勢いを増している。

 この戦、負けた。となれば、出さねばならない号令はただ一つ。

「……チッ、正面の連中に気を取られすぎたか。お前等、囲みを抜けて城に戻れ。今ならまだ間に合うはずだ」

 突出しているシェイズ達はともかく、ブラックフェンリル本隊とモーリッツの配下はまだ囲まれていない。今なら、脱出に専念すれば抜け出せるはずだ。

 傭兵たるもの、戦局の見極めが肝心。そして今、戦局の主導権は敵に移ったのだ。ならば、これ以上配下を無駄死にさせる訳にはいかない。それが指揮官の務めだ。

「わかりました。……副団長は?」

「言わずもがな、だ」

 アルスは改めて剣を握る。シェイズは十年来の右腕にして、友人。

 今ここで、彼を失う訳にはいかない。いや、そんな友人を見殺すのは、男として我慢ならない。これは、指揮官としてではなく、男としての意地。

「俺はシェイズを救出するッ!!」

「副団長ッ!?」

 配下の声を背に、アルスは敵の集団めがけて馬を走らせた。




~ブラックフェンリル




 ちょいとばかし、甘く見すぎたかね。

 左右から襲いかかってくる敵軍を横目に、シェイズは忌々しげに呟いた。

 こうなれば、もはやこの戦に勝ち目はない。

 ならば、自分にできることをするだけだ。

「……こりゃまずいね。お前等、ここらで退散しな。モーリッツのおっさんに義理立てする必要はないよ」

「……シェイズさんは?」

「言わせんじゃないよ」

 退かずのシェイズ。

 誰が呼んだか、もう忘れた。だが、この異名は気に入っており、拠り所でもあった。苦しい時、この異名は自分を後押ししてくれた。

 そんな異名に恩返ししなければ。変な話だが、異名に恥じない戦いぶりをするだけだ。

「俺はここで時間を稼ぐ。その間に城に戻んな」

「シェイズさんッ!!」

「命令だよ。死にたくないだろ? それに、ちったぁ俺を信用してもらいたいもんだね」

 シェイズが笑った。彼の気持ちを察したのか、彼に従っていた兵士達は退却の準備をする。

「……シェイズさん、ご武運をッ!!」

 兵士はそう言い残し、全速力で後方へと駆けていった。それでいい。彼らはウォードから預かった、大事な戦友なのだから。

 だが、全ての兵士が撤退した訳ではなかった。ほんの少し。十人前後だろうか。この場に残った者がいた。

「お前等……」

「水臭いですぜ、シェイズさん」

「俺達にゃ帰る場所なんかないんでね、シェイズさんとご一緒させてもらいまさぁ」

 彼らは元々は山賊まがいのことをしていた。だが、数年前にアルスとシェイズにこてんぱんにのされ、二人の武勇に心服してブラックフェンリルに参加したという経緯がある。

 帰る場所はなく、尊敬する人が一人で頑張ると言う。ならば、尊敬する人に付き従うだけ。

 それが、残った兵士達の思いであった。

「……すまないね」

 彼らの思いを知ってか知らずか、シェイズは感慨深げに呟いた。

「よし、ブラックフェンリル魂を見せてやるよ! 『退かずのシェイズ』の武勇、しかと見ときな!!」

 シェイズは大地に根を張ったかのように構えると、押し寄せてくるヴェステア兵に向けて啖呵を切るのだった。




~レオン隊




 様子がおかしい。

 レオンは戦場の空気が変わったことを即座に察した。今までの押せ押せムードとは異なり、恐怖のような雰囲気が伝搬している。

 それなりに鍛えている兵士達がこんな小勢に恐怖を抱くということは、間違いない。

「面白い奴」がいる。

「レオンさん、敵にとんでもない奴が……ッ」

 前線からの伝令。予感は当たったようだ。レオンは唇の端を歪める。それは不機嫌なものではなく、上機嫌なもの。

「なるほど、それで攻めが止まってるって訳か」

 伝令が頷く。彼が自分に求めていること。それはよくわかる。

「……よっしゃ。腕がうずいてたとこだ。俺に任せときな!!」

 レオンは二本の長剣を握る。幼い頃より磨いてきた、二刀の剣術。それは、誰にも負ける気がしない。

「と、なると……」

「その『とんでもない奴』ってのは俺に任せとけ!! お前等は休憩してろ!!」

 レオンの大音声で、味方の兵士はレオンの道を作るかのように左右に分かれた。

「お、いいね。こういうのは燃えるよ」

 レオンはにやりと不敵に笑うと、敵の元へと駆けだした。兵士達は明らかに怯えている。ならば、やることは一つだけだ。

 そう、この畏怖の対象を自分にする。

 それを達成するのはたやすいことだ。とんでもない敵を倒す。それだけなのだ。




~ブラックフェンリル




 包囲は少しずつ遠巻きになっていた。

 無理もない。シェイズ達の周りにはヴェステア兵の屍が散乱しているのだから。

「おーおー、情けないねぇ」

 ヴェステア兵の合間から、一人の男が顔を出す。がっちりとした体格で、両手に剣を握っている。その不敵な笑みからは、己の腕に抱いている自信を汲み取ることができた。

 男の名前はレオン・ガーシュイン。

 だが、シェイズ達はその名前を知らない。

「いや、ここはあんたらを褒めるべきだな。大した腕だよ」

「あんた、何者だい?」

 シェイズの訝しげな問いに、レオンは指を振った。

「人に名前を尋ねるときは、自分から名乗るもんだろう?」

 ずいぶんと大胆な男だ。シェイズは苦笑した。

「そりゃすまないねぇ。俺はシェイズ。シェイズ・ロックハートってもんだ」

「その様子だと、ブラックフェンリルのお偉方みてぇだな。なるほど、道理で強い訳だ。……俺はレオン・ガーシュインだ」

「レオン?」

 聞き慣れない名前だ。そんなシェイズの様子を察したのか、今度はレオンが苦笑した。少し失礼だったか。

「まぁいいよ。ここで出てくるってことは、勝負を所望ってことでいいのかい?」

「それ以外に何がある?」

 レオンが二刀を構えた。シェイズほどの腕前となれば、相手の構えだけでその実力を察することができる。

 こいつは口だけじゃない。

 レオンの構えは明らかに実力者のものだった。楽しませてもらえそうだ。

「……どうやら楽しませてもらえそうだね。いいよ、来な」

「ありがとよ。……行くぜッ!!」

 瞬間、レオンの姿が消えた。いきなり斬り込んでくるとはいい度胸である。だが、その度胸は無謀の類だ。ひとつお灸を据えてやらねば。

 レオンの剣が振り下ろされた。速い。だが、受けれないほどではない。シェイズは右手の長巻で受け止めると、左手の長剣でカウンターを狙う。

 捉えた。

 だが、二人の間合いが切れたとき、血が流れているのはシェイズの頬からであった。

「まずはご挨拶だぜ、シェイズさんよ」

 対するレオンは傷一つない。

 完璧なタイミングでのカウンターだったはずだ。だが、レオンはそれを受けたどころか、さらにカウンターを重ねてきた。その結果がこの傷だ。

「……がははははっ!!!」

「ぬははははっ!!」

 気が付くと笑いがこぼれていた。それに釣られたのか、レオンも笑う。

 これは楽しめそうだ。そう、アルス以来に。

「いや、失礼したよ、レオンさん。大したもんだ」

 シェイズは構え直す。今度は攻撃を主にしたものに。

「……お前ら、手出しは無用だよ。こいつは俺の獲物だ」

「それはこっちもだ。……さぁ、戦おうぜッ!!」

 レオンの声を合図にするかのように、二人は剣を合わせた。

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