#3
~ライーザ隊
「レオンが敵将と一騎討ちだって!?」
ユリウスとレオンの到着と共に部隊を後退させていたライーザに飛び込んできたのは、耳を疑う言葉だった。
兵を預かる指揮官が、配下の兵士を放り出して一気討ちだなんて、馬鹿げている。自分が何をやらなければならないのか、わかっていないんじゃないだろうか。
「しかし、あのとんでもない奴と互角以上に……」
「そうでなければ困るッ!!」
レオンの腕前はよく知っている。彼ならばあの将といい勝負ができるだろう。
だが、この状況でやることではない。どう考えてもリスクとリターンが吊り合わない。
「まぁまぁ、先輩。あいつがあんな性格だってのは知ってるだろ?」
すると、苦笑を浮かべたユリウスが隣に来た。彼も自ら戦っていたようで、鎧に返り血が付いている。
「ユリウス!?」
「包囲は済ませてる。……てな訳で、行こうぜ」
「行こうぜって……」
「レオンの見せ場を見物に、だよ。あいつの本気なんか、なかなか見られねぇぜ?」
ユリウスはライーザの手を取ると、前線へと向かいだした。
「お、おい!」
「なに、任せてくれよ。俺に考えがあるからさ」
気にならないと言えば嘘になる。ライーザが一番気にかけているのはレオンなのだから。
~ブラックフェンリル
金属音は耐えることがなかった。二人の一騎討ちはまだ続いている。
いやはや、実に楽しいね。
シェイズはレオンと打ち合いながら、密かに笑った。これほどの腕を持つ男と対峙するのは初めてのことだ。そう、レオンの武術はアルスも、シェイズの幼い頃の師をも上回っていた。
これほどの腕を持つ男の名前が売れていないだなんて。本当にこの男はレオンという名前なのだろうか。本当は違う名前の、高名な武芸者ではないのか。そんな疑念を抱かせるほど、レオンの腕前は凄まじかった。
一太刀一太刀毎に、有り余る高揚感を覚える。断言できる。人生で最高の勝負を繰り広げていると。
シェイズの胸には感謝の思いが去来していた。こんな巡り合わせを作ってくれた神と、レオンへの。
これならば、敗れても悔いは無し。それどころか、自慢すらできる。
周囲からは誰からともなく歓声があがっていた。そのほとんどはレオンに向けてのものだが。
剣と剣がぶつかる金属音。大地を踏み込む音。一振り毎に漏れる気迫。兵士達の歓声。それは、二人の武人が奏でる交響曲だった。
そして、兵士達は敵味方関係なく、その公演に魅入られていた。多少腕前に覚えのある者でも、二人の太刀筋の全てを見切ることはできないであろう。このような辺境では、一生かかっても見ることのできない戦いだ。
できることならずっと戦っていたい。
「シェイーーーーーズッ!!」
シェイズのその思いは、アルスの声によってかき消された。蹄の音と共に、剣が振り下ろされる。
「アルスッ!?」
レオンはそれを間一髪でかわすと、忌々しげに舌打ちした。
「乱入してくるとはとんでもない奴だな」
「うるせぇ。お前等、よく頑張った。ここらで引き揚げるぞ」
アルスが馬を止める。周囲は少しずつざわつき始めていた。
今まではレオンとシェイズの一騎討ちということで、戦の手を休めていた両軍であったが、それが中断された今、戦闘は再開されるべきなのか。自分やアルスなら、この囲みを突破するのは容易なことだろう。だが、他の兵士はどうなるのか。
「おいおい、逃げんのか? まぁ、俺は二対一でも構わないがね?」
「言うねぇ……」
レオンは剣を握ったまま、こちらに向かって手招きする。挑発しているのだろう。せっかく来てくれたアルスには悪いが、この男とは決着をつけたい。
「双方そこまで!!」
レオンの挑発にシェイズが乗りかけたときだった。男の声で、二人は動きを止める。
「ユリウス!?」
驚くレオン。声の方向を向いてみれば、体格のいい男が居た。威風堂々、という言葉がしっくりくる。レオンの声から察するに、ヴェステア軍の大将であるユリウスらしい。なるほど、噂通りの男前だ。
「シェイズさんとかいったな。いや、本当に見事な武勇だった。レオンとまともにやりあえた奴なんか、久々に見たよ」
ユリウスは少しずつこちらに近付いてくる。彼の後ろには、やや小柄な人がいる。体格と顔つきから察するに、女性なのだろうか。
突然の大将の登場に、双方の軍は戸惑っている様子だ。それはシェイズもアルスも例外ではない。
「それに、ブラックフェンリルの諸君。ここまで粘られるとは予想外だったよ」
「……ユリウスってのはてめぇか」
「その通りだ。……ここで俺を狙うなんてのはやめてくれよ? そうなったら、囲みが一気に狭まるだけだ」
乾坤一擲を狙おうとしていたアルスだったが、ユリウスはそれに釘を刺す。ユリウスの声で、囲みは少し狭まった。
「ここで君達を殺すのは惜しい。それに、これ以上血を流したくはないしな」
「何が言いたい? 俺はせっかちなんだ。もう少し単純に言ってくれ」
アルスはこう言っているが、この後に続く言葉は想像できているようだ。現に、剣を収めている。ある程度予測できているとはいえ、どうなるかわからない以上、自分はまだ構えておこう。
「じゃあ、一言で言おう。……降伏しろ」
ユリウスの言葉は予想通り。それはアルスも同じだったようで、彼は少し目を閉じた後、残っている兵士を見渡す。彼らは皆、疲労困憊であった。無理もない。これだけの兵力差がありながら戦ってきたのだから。自分はまだ戦えるが、それだけだ。この状況を覆すことはできない。
「……よし。ユリウスさんよ、捕虜は手厚く扱ってくれるんだろうな?」
「あぁ。約束しよう。君達の命は保証する」
「今の言葉、信じるぜ。……お前等、武器を置け!」
「アルスさん!?」
「ブラックフェンリル隊則、復唱ッ!」
戸惑う味方に対し、アルスは大声で号令をかけた。
「「己の生還が第一! 戦友の生還が第二! 勝利が第三ッ!」」
アルスの号令で、残っていたブラックフェンリルも決心ができたのか、全員が武器を置いた。その様子を見届け、シェイズもそっと武器を置く。その様子を見たユリウスは微笑んだ。
「じゃあ、まずは飯でも食わせてもらおうか、ユリウスさんよ」
「あぁ。……では、これをもって、この戦、我々の勝利とするッ!!」
ユリウスの号令で、ヴェステア兵は一斉に歓声をあげた。
~ミラバル城
「味方が帰ってきたぞッ!!」
伝令が城中を駆け回る。その声で、レンファは本を読む手を止めた。
伝令の声の調子はそんなに高くない。ひょっとして。
城門に向かってみると、ミラバル兵はともかく、ブラックフェンリルの数は半分ほどに減っていた。
ずいぶんとやられたものだ。腕が立つ指揮官が敵にいると思ったが、どうやら想像以上のものだったようだ。
そして、肝心要のアルスとシェイズの姿が見えない。
「……ちょっとあんた、アルス達はどうしたの」
「……アルスさんは、突出したシェイズさんを助けに、敵陣へ……」
「あンの馬鹿ッ!!」
レンファは手にしていた扇子を掌に打ちつけた。乾いた音に、周囲の兵士が驚いた様子を見せる。
指揮官ってこと、忘れてるんじゃないの。自分の立場もわからないなんて、馬鹿にも程がある。
この様子だと、今回は負け戦だ。まったく、何をやっているんだか。自分を使っておいて負けだなんて、許さないから。
不機嫌なのが顔に現れているのか、周囲の兵士は怯えた様子だ。まったく、情けないったらない。
「ほらほら、邪魔よ邪魔、邪魔! どきなさい!」
レンファは閉じた扇子を振り回しつつ、ウォードのもとへと向かった。アルスがやらかしたせいか、凄くイライラしている。
アルスとは長い付き合いだ。彼が色々と駄目な男というのは知っているが、彼の実力はそれを払拭するに十分ということもまた知っている。彼が兵士からどれだけ信頼を集めているかも知っている。だからこそ、帰ってこなかったことへの怒りが沸くのだった。
「レンファよ。入るわ」
ウォードが詰めている部屋を乱暴にノックし、返事を聞く前に扉を開ける。中にはモーリッツの姿もある。最近の状況からか老け込みが激しく、四十代半ばという実年齢よりも遙かに老けて見えた。
「アルス達のこと、聞いた?」
「あぁ。先程な。アルスとシェイズを破るとは、大した奴らだ」
ウォードの声に悲愴感は感じられない。さすがは百戦錬磨の傭兵、といったところだろうか。
「ブラックフェンリルも半数が帰ってこなかった。これからどうするか考えたいところだが……」
ウォードがモーリッツに一瞥をくれる。彼は俯いたまま、何も語らなかった。情けない。軽蔑よりも哀れみが浮かんできた。
「最悪、レンファにはもう一働きしてもらわなければならんな」
「勘弁してよ。あんまりやりすぎたら、ギルドから狙われちゃう」
術を生業としている人間は、漏れなく術使いギルドに登録されている。悪質な術士と見なされれば、ギルドから追手を差し向けられてしまうのだ。術の平和利用のため、という面目で。
「冗談だ。やれやれ、久々に厄介なことになったな」
ウォードが苦笑した。
~ヴェステア軍・陣地
「うん、不味いッ!!」
アルスは捕虜にあてがわれた食事をかき込む。捕虜にあてがわれる食事というだけあって、芋と煮ただけの粗末なものだ。
「不味いが文句は言うなよ! 飯を食わせてもらってるだけありがたいと思え! おかわりしろ!」
「あ、アルスさん、俺はもう食えないですよ……」
「なんだい、情けないねぇ。俺達で敵を兵糧攻めにするよ」
シェイズがギブアップ寸前の兵士の肩を叩く。大柄なシェイズだけあって、彼の食事量は非常に多い。
「アルスさんにシェイズさんよ、うちの大将がお呼びだ」
すると、レオンが現れた。シェイズと互角に渡り合ったというのも納得のいく、非常にいい体格をしている。平均身長を少し超えるぐらいのアルスからすれば、羨ましいといったらない。もっとも、彼にはそれを補って余りある馬術があるのだが。
「かー、よく食うな、お前ら。ちょっとは遠慮しろよ」
「やなこった。これがせめてもの抵抗だよ」
アルスの回答で、レオンが笑った。そういえば、アルスにはレオンに聞きたいことがあった。
「ところでレオンさんよ、あのときの先鋒はあんたなのか?」
「違ぇよ。俺だったらすぐに負けてるって」
レオンはあれだけの武芸を持っているのに、指揮の腕はいまいちらしい。もっとも、それは謙遜かもしれないが。
「先鋒はライーザだよ。流石に疲れたらしくてな、今は休憩中だ」
「ライーザ……ってことは、女か?」
「ああ。おっと、本人の前では言うなよ? 気にしてるからな」
レオンは笑い、歩きだした。
女に負けた。またもレンファから煽られるネタが増えてしまったじゃないか。アルスはため息をついて、レオンに続いた。すると、少しだけ大きいテントにたどり着く。どうやらこれがユリウスが使っているテントらしい。
「ユリウス、二人を連れてきたぜ」
「おう、ご苦労さん」
ユリウスの返事があったので、二人は中に入る。そこには普段着のユリウスが居た。
「窮屈な思いをさせて悪いな。飯はどうだ?」
「不味いな」
「だろうな。まぁ、捕虜への食事はあれが限界だ。我慢してくれ」
ユリウスは笑って、前にある椅子を指差す。座れ、ということか。遠慮なく座っておく。
「さて、お前達を呼んだのは他でもない。聞きたいことがあってな」
「そいつはどういう意味だ?」
「単刀直入に聞く。聞きたいのは反乱軍の戦意について、だ」
ユリウスの表情が一変し、険しいものとなった。正直なところ、反乱軍の戦意はないも同然だ。これはモーリッツに巻き込まれての戦争なのだ。そんな雑兵に戦意を持て、というほうが酷な話だろう。
「それを聞いてどうすんだ?」
「一つ、面白いことをしたくてな。この戦を終わらせる。俺達は休みたいし、お前らも連中と心中したくないだろう?」
確かにこの戦はもう負け戦が確定している。父やレンファの腕は認めるが、主力を大幅に失い、圧倒的に士気で劣るこの状況を覆すことができるほどとは思えない。
「元はと言えば悪いのはモーリッツ一人だ。俺達だって、これ以上フィツール民を相手にしたくないからな」
「……そうだな。連中の士気は元々高くない。そして、この敗戦だ。崩壊しかかってると言っても過言じゃねぇな」
内情を語る。立派な利敵行為だ。
「おい、アルス……」
「しゃあなしにだ。これ以上、この戦を続けたところで、俺達には何の利も出ねぇよ」
「そうか。いや、ありがとう。予想通りといえば予想通りだが、助かったよ」
ユリウスが右手を差し出す。アルスはそれを握り返さず、ユリウスを睨んだ。
「握手はまだだな。お前がどんなことを成し遂げるか、それを見届けてからだよ」
「なるほど。じゃあ、善処しようか」
ユリウスが笑った。




