彼女を倒す決意
「とりあえず竹叢、お前はこの〔模擬論戦〕、全部棄権しろ」
「えええ!?」
一虎と柳児が戦ったその日の午後。〔模擬論戦〕が行われて賑わうアリーナの観客席で、一虎は隣にだらしなく制服を着崩して座る柳児から横目にそう言われ、驚きに目を見開いた。振り向いた一虎の奥、柳児の隣の席では、子供赫夜と桧王が「フカヨン頑張って~!」、「フカヨン様!ワタクシ達ノタメニ是非勝利ヲ!」などと騒いでいる。それをうるさそうに見やってから、柳児は広いアリーナを数ブロックに区切って行われているそれに目を向ける。ちょうど眼下で始まろうとしている1つの〔論戦〕を見る柳児が、一虎に言った。
「お前の情報を、アイツには欠片も与えたくないんだよ。なんせアイツは、俺が弱体化させてたとはいえ、〔超過出力状態〕だった俺でも勝てなかったアインを、同じ〔超過出力状態〕で倒してんだ。認めたかないが、アイツの蹴りを甘く見てると高くつく」
「えっと、でもそうなると僕は、実力をアピールする手段がないから、〔三段論法〕を組めない気が・・・?」
「それについては、色々不確定要素や俺の気分もあるが、ちゃんと考えがある。心配すんな」
「はあ・・・」
柳児の真面目なんだか適当なんだかわからない言葉に、一虎は怪訝な声を返して柳児から視線を外す。自然、少年の視線は3人と同じところ、眼下のアリーナに向けられて止まる。
これから〔模擬論戦〕の1回戦を行う〔彼女〕の姿が、一虎のこげ茶色の瞳に映る。
〔彼女〕を中心にした桧王の計画。一虎は、今は柳児によって補正されつつあるそれを思い、冷や汗を流した。脚の間を見るように緊張で俯いた一虎の内心には気づかず、柳児が言った。
「見ろ始まっ・・・」
ドォン!
光景よりも先に、轟音。振り返った一虎は、〔彼女〕の対戦相手が、「〔立証〕せよ」とすら叫ばせてもらえずに、鮮烈な1発の上段蹴りでノックアウトしているのを見つけた。
「強~い!お~い!フカヨ~ン!」
赫夜がそんな声を出し、〔彼女〕が一虎のほうを振り返った。ビクリと仰け反ってしまった一虎に、〔彼女〕、白を基調にブルーのラインが入った戦闘用ジャージに身を包んだ天出雲深夜は、
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
スッと視線を外して一虎達に背を向け、〔模擬論戦〕用に区切られたブロックから去って行く。
その様子を見て、柳児は不敵に笑って言った。
「さすが〔戦論派〕。〔弱者〕は眼中にないとさ。順当にいけば、1か月半後の〔模擬論戦〕最終日、俺とアイツがトーナメントの決勝で当たることになるが・・・どうする?〔計画〕は諦めるか?一応確認しとくが、これが成功すれば、3つのメリットがある」
柳児が指を1つ立てる。
「1つ。俺とお前がアイツに勝てば、赫夜の力を証明することが出来、〔反咲工房〕の名が上がる」
柳児が2本目の指を立てる。
「2つ。〔反咲工房製〕の〔裏論武装〕、赫夜がその名に恥じない威力を見せることが出来れば、俺はお前を排除しない。つまりお前はここにいられる。桧王も喜ぶだろ」
そして、3つ。
「アイツはお前を〔弱者〕と見なしている。それを覆せれば、つまり勝利すれば、〔戦論派〕であるアイツはお前を〔強者〕と認めざる負えない。そしてお前が〔強者〕であるならば、アイツは〔あるもの〕を手に入れられるってわけだ。全員が全員、最高だな?だが・・・」
紫の眼差しを持つ少年は、全ての指を折って、拳を一虎に向ける。
「失敗すれば、俺達の1か月半は、全部ゴミだぜ?」
柳児が嘲笑うように、からかうようにそう言った。暗にこの〔計画〕が夢物語だと言っている柳児に、一虎はしかし不快なものは感じない。
なぜなら、
『反咲くんは、知ってるからだ。僕がなんて言うかを』
恐れに竦みそうな身体を深呼吸して沈め、一虎の根性を知っている柳児が、彼が予想しているだろう言葉をなぞる。
「僕は・・・僕が必ず・・・」
一虎は、アリーナの更衣室につながる扉から消える、深夜の背を見つめて、告げる。
「・・・天出雲さんを、倒す」
『そう、それが出来れば、全てが上手くいくんだ』
一虎は、柳児の言った3つのメリットを思う。
〔柳児は工房をアピール出来る〕。
〔一虎と赫夜は追い出されずに済み、桧王も喜ぶ〕。
そして、〔深夜が敗北すれば、彼女にも、手に入るものがある〕
「やる。やってみせる」
そう決意を示した一虎は、しかし次の瞬間、
「・・・えっと、でも、どうやって全試合棄権の僕が天出雲さんと〔模擬論戦〕を?そ、それにその場には、反咲くんもいるんだよね?」
どうしても答えに辿りつけない謎を、柳児に聞いていた。すると呆れたような柳児の眼差しが応じた。
「・・・お前、マジでわかんねぇの?」
「あ、え~っと、すみませんわかりません」
「・・・まあいいや、俺はわかってるし」
柳児はそう言い置くと、かったるそうに椅子から立ち上がり、背中の筋を伸ばして歩き出した。その背を見て、「終わり?」「デゴザイマス」と、子供赫夜と桧王も後を追う。最後に、一虎が慌てて立ち上がると、フラフラ歩く長身の背に追い縋った。
「ちょ!?放置プレイ!?教えて下さいお願いします反咲先生!」
「う~ん、貸倉庫の賃貸料、折半するなら教えてもいい。私物が多いから借りたんだが、結構バカにならねーんだよな~」
「そんな!だって僕、反咲くんみたいにモデルじゃないし!」
「いやお前モデル以外にも幾らでもバイトあんだろ。なんでバイトがモデル一択?」
呆れた調子で去ろうとする柳児に、一虎は縋りつくように後を追う。そんな少年の背後から、1人のメガネの女性がフラフラと近づいてきて、言った。
「見つけたぞ、一虎」
その女に振り返った一虎と柳児は、笑みを引きつらせた。




