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究極普通

「おい!?どういうことだ!?」



 一虎は、柳児が長い黒髪を振り乱してそう叫び返してくるのを聞いた。

 だが、



『構うか!』



 黄色く輝く竹光を構えた少年は、内心に活を入れて柳児へと走った。自分が伝えるべき口上を、喉から迸らせようと口を開く。

 しかし、



「く、〔傀儡柔法(くぐつじゅうほう)〕!」



 柳児の両手、黒革のグローブたる〔操十糸(ストリング・ドライバー)〕が紫の光を発しながら闇の中に軌跡を描く。次の瞬間、走る一虎の右腕に違和感。気づいた時には、少年の身体が空中を舞っていた。柳児の繰る〔糸〕によって投げ飛ばされたのだと気づいた時には、一虎は背中から倉庫のコンクリ床に落下していた。受け身のとり方すら知らない少年は、息も止まる苦痛に呻く。

しかし、



「・・・僕は、〔立証〕、する!」



 四つん這いになった少年は、獰猛な獣の光を宿した瞳で、柳児を睨んだ。



「お、前・・・」



 一虎のあまりの眼力に、思わず柳児が一歩を下がる。その隙を見逃さず、一虎が震える身体を叱咤して身を起こし、再度突進する。

 そして、叫んだ。



「僕は・・・君達が持ってる〔キラキラ〕が欲しかった!」

「何を、言ってやがる!?」



 振ったこともない刀を振りかぶり、狼狽える柳児に切りかかる。さらに叫ぶ。



「僕は天出雲さんのような、最強になるっていう志が欲しかった!」



 やたらめったら振り回す刀のことごとくを、すんでのところで柳児がかわす。



「反咲くんのような、誰かを幸せにするっていう想いが欲しかった!」



 しかし、



「どんなに辛く苦しくても!いつもこの眼を〔キラキラ〕輝かせていられる、この心を燃やしていられる〔何か〕が欲しかったんだ!」



 一虎は刀を振り続けた。叫び続けた。

 だが、



「うる、せえよ!」



 疾走の勢いを利用され、再び一虎が〔糸〕によって投げられた。その拍子に、地面にぶつかった竹光の刀身が半ばからへし折れる。しかし、すでにボロボロになっている一虎が、折れてなお光を放つ刀を持って立ち上がった。その様に戦慄した柳児が、歯切れ悪く言った。



「だ、だからなんだってんだよ!俺や天出雲みたいなヤツが、お前に何したってんだ!?」



 だから一虎は、応じた。



「君達は、わかってないよ!」

「何!?」



 切れた一虎の唇から血と震えの混じった叫びが迸る。闇雲に柳児に切りかかり、かわされる。



「だって、僕は・・・!」



 一虎の身体が三度不可視の〔糸〕に引かれ、投げ倒される。さらに今回は、上から〔糸〕によって圧力がかけられ、一虎が立ち上がることを阻む。

 しかし少年は、



「僕、はああああああああああ!」



 その圧力を無視して、揺れる両手で折れた刀を持ち上げ、構える。だが、投げで受けたダメージが、少年の膝を折る。身体を持ち上げようとする一虎は、顔を俯けたまま言った。



「僕は、〔普通〕だった!」

「〔普通〕、だと・・・?」



 一虎のこげ茶色の瞳が上がり、柳児のそれを真っ向から捉える。



「僕には、復讐したい敵もいない!憧れてる人もいない!殴り合いの喧嘩もしたことない!」

「何の、話しを・・・?」

「僕には、守りたい大切な約束も、誰にも譲れない目標も、人に誇れる特技も、大きなコンプレックスもない!なんとか流の継承者でもないし、笑いのセンスもない!秘密の一族の末裔でもない!」



 少年が、さらに叫ぶ。



「僕は〔論派〕が珍しいだけで、ろくに〔裏論〕も使えない!〔裏論武装〕が〔抜刀(ぬきがたな)〕でも、刀に触れたことすらない!身長も体重も視力も聴力も味覚も、頭の回転も平均的で、知る限り特別好きなスポーツも、興味のある学問もない!天出雲さんのようなとんでもない英雄の両親も、反咲くんのように幸せにしたい女性(ひと)もいない!アイン先生のように囚人で教師でもないし、鎌足先生のようにとんでもない〔弁論術士〕でもない!桧王のように〔形人〕でもない!赫夜のように〔月夜〕で成長するわけでもないんだ!」



 柳児の瞳に、裏解の色。

 それに対し、一虎が連続して言った。



「運命の出会いも・・・」



「生まれ持った特別な力も・・・」



「過酷な事件との遭遇も・・・」



「突拍子もない目的も、全くなかった」



 そして、



「僕の〔過去〕には、そんな、〔キラキラ〕を手にできる〔キッカケ〕が、何一つなかった。些細な出来事でも、自分の心を動かしたそれを逃がさずに拾っていればよかったのかもしれない。だけど僕には、それが出来るだけの感性がなかった。だから、自分にどんな〔未来〕があるのかも、わからなかった。だけど君には、君達には、あるんだろ!?」

「お、れは・・・」



 一虎の言葉を契機に、柳児の中を光景と思考が駆ける。確かに自分は一虎の言うように、〔過去〕を〔裏由〕に〔未来〕を描き、その〔裏想〕を実現するために〔現在〕を生きているということに気づかされる。 柳児は一虎に、〔反論〕することが出来ない。

 一虎は、悔しさに食いしばった歯を見せて、さらに言葉を零す。



「僕は、凡庸の詰め合わさった、ビックリするほど〔普通〕の人間だ。馬鹿な漫画や小説の、共感しやすい主人公みたいな。優柔不断で、作者の都合で動いて、キャラが立っていない、個性の欠落した無人間(むにんげん)だ・・・だけど」



 動けない柳児を、一虎が見た。



「僕は、そんな自分に気づいてから、自分にもどかしくなっていった」



 一虎が震える足取りで、しかし柳児に向かって一歩ずつ歩を進める。



「〔普通〕だとわかっていて、何もしない。〔何か〕をしたいと思えない。自分にとっての〔何か〕を感じとれない自分が嫌いになっていった。そして僕には、相変わらず何の〔キッカケ〕も、〔何か〕に気づくような感覚も訪れなかった。だから・・・」



 まっすぐに歩けず、よろけ、一虎は転びそうになる。

 しかし、



「わかったんだ!期待してるだけじゃ、何も起きないって!待ってるだけじゃ、〔普通〕にしてるだけじゃ、いつのまにか〔特別〕を夢見ていた自分に、裏切られるだけだって!僕はそれを、やっと裏解した!だから!」



 一虎は踏みとどまって、ギラギラと燃える瞳で柳児を見据える。



「僕は、〔キラキラ〕の〔キッカケ〕を手に入れるために、ここに来た!」



 一虎の、悔し涙を溜めたこげ茶の瞳から、柳児は目を逸らせない。



「運命に巻き込まれないのなら!」



 一虎の歩みが、ついに柳児の前に到達する。荒い息と嗚咽混じりの声で、一虎が言う。



「特別な力がないのなら!」



 一虎の膝が折れる。

 しかし、



「自分で勝手に飛び込んでやる!無様に足掻いてでも、手に入れるんだ!期待してたような僕を!僕は、反咲くんや天出雲さんのような、〔キラキラ〕を持った人達みたいに!〔何か〕に向かって生きてみたいんだ!」



 くずおれた少年の瞳は、炎と化した一虎の瞳は、柳児のそれが逸らされることを許さぬほどの熱を持っていた。

 行動の動機となる〔過去〕も〔裏由〕も持たない少年が、それ故に〔未来〕も〔裏想〕も描くことが出来ない少年が、それを変えたいという〔現在(いま)〕を必死になって示したのだ。

 そんな少年に、柳児が問いかける。



「・・・ここなら、手に入れられると思ったのかよ?〔キラキラ〕を?〔裏論使い(ディベーター)〕になれば、戦いの中や、〔裏論〕を学ぶ中で、お前の何かが変わるのかよ?」



 すると、少年が言う。



「わからない。でも・・・」



 少年は、一度言葉を切って、言った。



「少なくとも反咲くんや天出雲さん、アイン先生や鎌足先生、桧王や赫夜との出会いは、僕にとっては〔特別〕だったよ。だって・・・」



 一虎が、震えながら立ち上がった。薄い月光の中、黄色に輝く折れた刀を構えた。

 言葉を連ねる少年の瞳は、



「ここに来たことに満足して、自分自身も、凡庸な運命も変わったと勘違いして、また〔普通〕に戻りかけていた僕に、抗うことは歩き続けることだって、みんなは思い出させてくれたから」



 少年の眼差しは、驚くほど、澄みきっていた。

 これでいいのだという確信に、満ちていた。



「・・・だからここを去るわけにはいかない。俺の要求を呑むわけにはいかない、ってことか」



 一虎の眼差しをまっすぐに捉え、柳児はそう聞いた。一虎はそれをまっすぐ見返し、返答とする。柳児が、確認するために、問いかけた。



「お前もそれでいいんだな?赫夜?」



 柳児の視線が一虎から逸らされ、貸倉庫の入り口を見る。そこには、制服を着た少女姿の赫夜がいる。白い髪を揺らして、彼女は言った。

 深紅の瞳を弓に細めた笑顔で。

 何も言葉にせず。

 しかし確かに、柳児に言ったのだ。


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