ばけモノ
〔視線〕は、鼻血を垂らす小さな女の子を見ていた。
ランドセルを背負った女の子と同じ目の高さで、夕暮れる河原沿いの道を〔視線〕が見回す。
鼻血を垂らす少女を中心に、少女と同年代と思われる5人の少年が倒れていた。
ある少年は鼻が潰れ。
ある少年は腹を抱え。
ある少年は涙を流して、蹴り倒された苦痛に身を捩っている。
その光景に、〔視線〕は何も言わない。
〔ジン核〕である〔彼女〕には、まだ〔化身化〕されていない〔彼女〕には、何かを言う術がない。
代わりに、〔彼女〕の主である黒いパンツスーツの女、鼻血少女の母親が女の子に声をかけた。
「・・・深夜」
声に、鼻血を流した女の子が、黒い髪を揺らして振り向く。父親に似た、蒼い、ジトッとした三白眼を見据え、しかし声をかけた女は動かない。
その様を、〔視線〕は、女の腰の位置から見上げる。そして、長年共に戦い続けた〔視線〕は、黒の女が何を感じているかを悟った。
それは、恐れだった。
娘が自分と同じ気性と天賦の才、戦闘狂と呼ばれ、〔侍〕と称えられた黒の女と、同じそれを持っていたことに対する恐れだ。
だから女は、動けなかったのだ。
そして、
「ばけ、モノ・・・」
少年の1人が、鼻血を流した少女にそう吐き捨て、仲間と共に去った。
その言葉は、ますます〔視線〕の主である女の身体を縛る。
かつて自分がそう呼ばれたこと、その言葉を娘が受け継いでしまったという事実が、たかが子供の喧嘩に別の意味を与えていた。
「・・・母さん?」
〔視線〕は、鼻血を流した少女が黒の女にそう言うのを聞いた。
そして、
「・・・私、強い?」
〔視線〕は、無感情にそう問いかける、蒼い瞳を見た。
それからも、〔視線〕は、ずっと黒の女の腰の高さから、その女の子を見ていた。黒の女が腰に下げた奇妙な柄、〔裏論武装〕の〔意志〕は、女の子を見つめ続けた。
小学校の卒業式で。
中学校の参観日で。
体育祭で。
文化祭で。
お祭りで。
花火大会で。
海で。
山で。
研修旅行の写真の中で。
そこで、かつて鼻血を流し、〔ばけモノ〕と呼ばれた蒼い瞳の少女は。
いつも1人だった。
〔視線〕は、小汚い木造の山小屋で、少女と2人きりだった。
〔視線〕は、黒の女の〔裏論武装〕たる〔意志〕は、生まれ変わるためにそこにいた。
たとえ〔彼女〕の主や兄妹達に反対されようとも、〔人間〕を目指す想いは固いものだった。
なぜなら〔視線〕は、いつも憧れていた。
「・・・竹叢、一虎」
まだ〔化身化〕されておらず、喋ることが出来ない〔視線〕に対してそう呟く蒼い瞳の少女が、〔成長〕していく彼女の姿が、うらやましかった。
「・・・どんな人、なのかな?」
そして〔視線〕は、同じくらいもどかしかった。
「・・・私と、同じくらい、強い?」
〔強さ〕に囚われ、〔弱さ〕を拒み、〔ばけモノ〕と呼ばれて遠ざけられ、
「・・・でも、私、負けない」
しかし〔強者〕となった、〔強者〕となってしまった蒼い瞳の少女の不器用さがもどかしかった。
「・・・でも」
そして、〔視線〕は知っていた。
「・・・強いなら・・・強いの、なら・・・」
〔視線〕を、不安と期待に揺れる、蒼い瞳で見つめる少女は、
「〔友達〕に・・・なれる?」
絶対に、〔ばけモノ〕ではないのだと。




