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さよ、なら

 身長は一虎と同じくらい。上下が一体の、焦げや油汚れにまみれた濃緑色の作業着。その上にはやせ細った首と、服と同様に汚れ、荒れた白い肌。肌と同様に、明らかに手入れを怠って傷んだ長い水色の髪は結われて肩にかかっており、水色の目の下にくっきりと表れた濃いクマが、少女の睡眠不足を見せつける。少しこけた頬とカサついた唇が、生気の薄さを強調する。一虎も、少女の放つあまりのどんよりな疲労感とゲッソリな容貌に、思わず軽く身を引いている。

 そんな、登場からすでに過労で倒れそうな少女に対し、



「あ・・・!?」



 剣呑な声を出した先ほどとはうってかわり、柳児が呆気にとられた声を出す。すると、機械油で汚れた頬を軍手で掻き、水色の少女は少し恥ずかしそうにはにかんだ。先程と同じ掠れた声で、少女が言った。



「や、久しぶり、柳ちゃん」



 瞬間、



「・・・瑞季、さん?」



 呆然とそう言った柳児の顔が、耳まで真っ赤になった。一虎もその裏由、どこかで聞いたことのある〔瑞季〕という名前の出所に気づき、どんよりとした少女を見た。

 つまり、



『この人が、反咲くんが好きな人、〔雨摘瑞希(うづめみずき)〕さん!?』



 柳児の整った容姿から、彼に釣り合いそうな相手、つまりかなりの美少女を勝手に想像していた一虎は、先入観を打ち砕かれてポカンと口を開けて呆然とする。名前だけしか知らなかったらしいアインが「まさか、〔これ〕が?」などと無礼な呟きを漏らし、赫夜も「え、栄養不足?」などと失礼な呟きを零している。

 しかし、それら全てに気づきもせず、



「お、おい桧王!?〔裏力(ストレス)〕感知センサーはどうした!?なんでこの距離に近づくまで気付かなかった!?」

「〔素敵スギテ死ネル瑞希サンセンサー〕ハ、先ノ〔論戦(ディベート)〕中ニ〔傀儡(マリオネット)モード〕ヲ使用シタ時点カラ、停止中デゴザイマス」



 一虎の前で、柳児が焦った様子で桧王と密談する。その中には、一虎の予想を裏付ける情報が満載されており、



「どうしたの?」

「い、いえ!?な、何でもないんです!つ、つーかこんなとこで何してんです!?だって裏野近郊の〔論害〕討伐任務、〔遠征〕に行ってる〔教師陣(ティーチャーズ)〕や〔次世代(ネクスト)〕は、新入生が行う〔模擬論戦(プレゼン・ディベート)〕の決勝日まで帰ってこないはず、って、そういや瑞希さんがいるってことは、姉さんも!?」



 冷静かつ冷淡だった柳児が今までになく緊張した面持ちで裏返った声を放ち、そうかと思うとうって変わって、焦りも露わに左右に目を走らせる。この光景で、一虎は確信した。彼女が件の彼女なのだと。柳児をここまでテンパらせるほど、彼に想われている少女なのだと。対してグッタリな少女、雨摘瑞希は、クマに縁どられた瞳を弓に細めて微笑し、柳児を見上げた。



高嶺(たかね)は呼ばなかったの。会ったらまた柳ちゃんと喧嘩しそうだし。それに〔遠征〕のメンバー交代で帰ってきたばっかりだったから、皆疲れてたしね。あ、私は大丈夫。それに、大丈夫じゃなくても来るよ」

「え?」

「だって、早く高校生になった柳ちゃんに会いたかったし」



 微笑混じりのその言葉で、雷に打たれたように柳児が硬直する。さらにその顔面に、劇的な変化。

 すると、



「柳児様」

「あ、ああ?なんだよ?」



 呼びかけてきた桧王に、柳児が聞いた。

 そして、



「統計的ナ平均値ヨリ、鼻ノ下ガ1.5cmホド伸ビテオリマス」

「ば、馬鹿いえ!つーか俺の鼻の下の長さの統計なんかとってんじゃねぇ!」



 柳児はその言葉に慌てて鼻の下をこすった。そんなやりとりを、微笑を浮かべて見ていた瑞希が言葉を放る。



「ゴメンね?友達とご飯だった?」

「い、いや!ちょっと真面目な話をしてて!ちょうど話も終わったところです!」

「あ、ホント?じゃあ、えっと?」



 疲労少女が一虎を振り向き、伺うような様子を見せる。彼女の意図を察して、一虎は彼女の放つどんよりオーラに怯みながらも口を開いた。



「えっと、竹叢・・・竹叢、(かず)と・・・いや、一虎(いっこ)です」

「竹叢一虎くん。ありがとう、覚えた。私は雨摘瑞希(うづめみずき)。柳ちゃんの、あ、柳児くんの幼馴染で、君達の2つ上の先輩です。よろしくね」



 そう言って、瑞希が今にも倒れそうな儚い微笑を浮かべ、言葉を続けた。



「それで、竹叢くん?悪いんだけど、ちょっと柳ちゃんを借りてもいいかな?」

「あ、えっと・・・」



 柳児に何も言い返せず、赫夜の〔秘密〕も聞き出せていない一虎は言葉を濁す。

 だが、



「大丈夫です!もう〔結論〕は出てますから!」



 そう言って、一瞬柳児が一虎を見た。そこには先ほどと同じ、確固たる意志がある。〔目的のためなら手段を選ばない論派〕、〔異論派〕である彼らしい、冷淡な光があった。それに〔反論〕出来るだけの〔論裏〕を持たない一虎は、ただ〔発散〕しきれない〔もどかしさ〕を抱えて黙り込む。



「じゃあ、借りてくね?」



 そう言って、桧王を伴った柳児が瑞希と席を離れていく。



「どうして来てくれたんです?」

「昼間の〔論戦(ディベート)〕見たんだ。そしたら桧王が壊れてたから。ちょうど、入学祝いに2人にあげようと思ってたものが役に立つかなって」



 そんな談笑をしながら、去っていく。

 その背を見て、しかし、



『僕に、何が言える・・・?』



 一虎が、まだ伝えきれていない気持ちを表す言葉を見つけるには、その時間はあまりにも短かった。



『・・・だけど!』



 一虎が、言葉にならない〔もどかしさ〕だけを抱えて立ち上がり、声を放とうとする。

 しかし、



「あ・・・」



 一虎は、現れた〔彼女〕の姿を見つめて呆然と呟いた。〔彼女〕は、柳児と瑞希と出入口ですれ違い様、一虎の前に現れた少女は、



「・・・!」



 一虎の姿を見とめると、すでに去ってしまった柳児と瑞希を追うように背を向けた。一虎は、反射的に叫んだ。



「あ、天出雲さん!」

「・・・」

「あ、の・・・」



 呼び止められた少女、制服姿のままの天出雲深夜の背中が止まる。だが一虎は、柳児に何の〔意志〕も〔力〕示せなかった少年は、それ以上何と言っていいかわからなかった。〔普通〕の少年は、〔キラキラ〕を持つ彼らに、何と言って自分を示せばいいかわからなかった。

 そんな一虎に、



「・・・一虎」

「え?」



 深夜が口を開き、横目に一虎を振り返った。

 そして、



「・・・嘘つき・・・言って、ゴメン」



 そう言った。



「・・・私、一虎が・・・勝手に、強いって思って・・・」

「僕、は・・・」

「だから・・・でも・・・弱者とは、強者じゃないのなら、一緒にいられない、から」



 深夜が、再び背を向け、



「・・・さよ、なら」



 一虎の前に、決別を告げる言葉を残して、去った。


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