・・・頼みが、ある!
〔交流〕たる〔論戦〕を終えて、5時間後。
食堂、〔裏飯屋〕の壁にかかったレトロなアナログ時計を見て、備え付けのパイプ椅子に座った一虎は、現在時刻が午後9時43分であることを知った。夕飯時を過ぎた食堂内には一虎と、彼の隣に座る、制服を着た少女姿の赫夜以外、数人の人影しか見えない。
「・・・一虎さん」
少し心配の色を宿した赫夜の声に、一虎は振り返る。そこには案の定、こちらを気遣うルビー色の瞳があった。
だから、一虎は言った。
「赫夜は、部屋に戻ってなよ」
「でも・・・」
言い募ろうとする赫夜に、一虎は苦笑いを浮かべて言った。
「大丈夫。別に喧嘩するわけじゃない。ただ僕は、天出雲さんが何を考えているのか聞きたいだけなんだ」
自分で口にした言葉で、一虎の中でほんの数時間前の光景が蘇る。ただ状況に翻弄され、狼狽えていただけの一虎に、彼女、天出雲深夜は言ったのだ。
〔一虎は・・・強い?〕
ほんの一瞬で敗北を期した少年に言ったのだ。
〔嘘つき〕
そんな一方的に過ぎる物言いに対して、一虎は怒るより、ちゃんと話を聞きたいと思った。
しかし、
「もちろん、天出雲さんが僕を避けてるのはわかってるよ?」
苦みを増した笑みで、一虎はそう言った。
〔論戦〕終わりの彼女を追いかけ、呼びかけた一虎を、深夜は振り返りもしなかった。逃げるような彼女の歩み、一虎は追いつくことが出来なかったのだ。当て推量で彼女の部屋にも向かって見たが、そこにも彼女はいなかった。
だから、
「赫夜は付き合わなくていいよ。もうここに居座って、2時間も経つし」
一虎はいずれ空腹を覚えるだろう深夜が唯一来そうな場所、〔裏飯屋〕で彼女を待っていた。
そんな彼に、
「私は、平気です」
赫夜は左頬の罅を笑みに歪めてそう言った。
「でも、さっき僕が〔裏論〕を展開した後、調子が悪くなったんじゃ・・・?」
一虎はそう言い募り、〔論戦〕終了直後、吐き気を催した赫夜が蹲る光景を思い出した。
その光景に、一虎の中では、赫夜に対して以前も抱いた、とある印象がより強いものとなっていた。
『赫夜・・・本当に、〔今にも壊れてしまいそう〕だった』
そんな風に心配する一虎を遮って、赫夜は首を横に振って言った。
「あの後、一度子供形態に戻った時に、疲れで一杯お昼寝しましたから。それにそもそも私は・・・一虎さんが思っているように、本当に、〔今にも壊れてしまう〕かもしれない〔ジン核〕で・・・」
「え・・・?」
間を挟んだ後の言葉が聞き取れず、一虎は聞き返す。そんな少年に、赫夜が何かに迷うように、何度も一虎とテーブルに置いた自分の手元を見比べる。
『どう、したんだろう?』
赫夜が何に迷っているのかわからず、一虎は彼女を手持無沙汰に見つめるしかなかった。
だが、
「あの・・・!」
意を決したルビー色の瞳を向け、赫夜が続く言葉を口にするより早く、
ガン!
食堂の入り口に、何かが当たる音。小さくないその音に、食堂内の人間全員が振り返る。一虎も、その人物を見た。
そして、
「ア・・・」
固まった。
すると、
「自殺志願者、B?」
食堂の入り口扉にウェービーな金髪をぶち当てた状態のその人物は、ずれたメガネとガラス越しにぼんやりした目で一虎を見て言った。再び両腕や体の自由を奪う〔拘束衣〕を起動させられた彼女は、つまり、
「アイン、先生」
呆然と呟く一虎に対し、なぜかアイン・シュバルツ仮名のシャープなメガネ越しに見える翡翠色の瞳に、これまでにないほどの強い光が宿る。血の気の少ない白い肌と相まって、その緑の眼光は浮き上がって見えた。光景に、一虎の気持ちが一歩引く。冷や汗が頬を伝い、後ろに下がろうとする体が、座っていた椅子にガタリと音を立てさせる。
だが、一虎は、
「・・・頼みが、ある!」
「・・・ひゃ、ひゃい?」
恐怖に圧されて逃げ遅れ、そそくさと去る他の生徒達を見送るしかなかった。




