不抜
『僕、は・・・』
撃たれた柳児と桧王を見て思わず飛び出して来た一虎は、そう自問した。そんな彼の体勢は、左腰の〔抜刀〕の鞘を左手で、柄を右手で握ったもの。
つまりそれは、
「ほう、ようやく抜くのか?」
「竹、叢・・・?」
アインに対する臨戦と宣戦、苦しげに呟いた柳児と桧王を守護しようという意志を示す構えだった。
だが、
『僕、僕は、天出雲さんが思うような人間じゃない』
極度の緊張で今にも倒れそうな一虎は自分の存在を確認するように汗ばむ手で柄を握り直す。
そして、思う。
『僕の〔論派〕は、確かに天出雲さんのお母さん、〔侍〕の絶薙大和さんと同じで、珍しくて』
ゴクリと唾を呑んだ一虎の喉を、恐怖の汗が伝う。
『この〔裏論武装〕、〔抜刀〕・〔赫夜〕を鍛えてくれたのは、反咲くんのお父さん。最強の〔裏論使い〕・〔全段〕の1人、反咲流さんで、でも・・・』
息が、ぼんやりと一虎を見つめるアインのそれを見て、早くなる。
そして、一虎は絶望した。
『僕は、弱い』
それは、幾つもの事実。
『〔論戦〕なんて、したことない。〔抜刀〕なんて、握ったこともない。僕は、僕は天出雲さんが思うような、強者じゃないのに・・・』
そして、
『ここで、この場所で、僕に何が出来るっていうんだよ?』
自分の行動に対する、それは問い。
〔戦う術もないのに、なぜこの場所に出てきたのか?〕
〔こうなるとわかっていたのに、なぜこの交流に参加したのか?〕
〔そもそもなぜ自分は、危険とわかっていた、苦悩するとわかっていた学校を選んだのか?〕
そこまで問いを重ねて、一虎の心に閃く1つの言葉があった。
それは、
『・・・〔キラキラ〕』
だが、
「お前も消えてくれ」
「はっ!?」
そう言って、アインが動きの止まった一虎を撃った。胴体に衝撃が奔り、一虎の身体が後方へと吹き飛ぶ。地面に背中から倒れ、跳ねる。遅れてやってくる、激痛。
「カッ、ハ!?」
〔裏論武装〕を装備した者が持つ〔基本能力〕、常時展開された〔論裏障壁〕によって、廃ビルを粉砕する威力の大部分を減殺された銃弾は、一虎の身体を貫きこそしなかったものの、一虎はそもそも〔裏論〕の使い方を裏解していなかった。だから展開されている〔論裏障壁〕の出力は低く、ゆえに銃弾はボクサーのボディブロー並のダメージを少年の身体に浸透させている。少年の胃が蠕動し、食道を通って苦いモノが一虎の口中に上がってくる。反射的に四つん這いになった少年のくちから胃液が吐き出され、咽る。
だが、
「意外と頑丈だな?」
一虎の腹部を、アインのブーツが蹴とばした。少年の身体が、加えられた追撃にくの字に折れる。
そして、
「何を期待したのか知らないが・・・」
アインの銃口が、無様に見上げる一虎を捉え、
「期待しても裏切られる。そんなことも知らないのか?」
そう言った。
瞬間、
「・・・ょ」
一虎が、言った。
「何?」
ぼんやりとした目で、アインが見下ろす。聞き取れなかった言葉を促される。
だから、一虎は言った。
「知って、るよ」
「は?」
「自分に期待して、期して、待っても、意味はない。そんなの・・・」
一虎の瞳が、アインを捉えた。
その瞳は、しかし、
「そんなの、当たり前だろ!?」
言葉とは裏腹に、淀みない、まっすぐな光を宿していた。そんな少年の意志に呼応するように、左腰に差した〔抜刀〕、竹の鞘の中腹が黄色い光を放ち始める。
「お、前・・・」
実力で、言葉で追い詰めたはずのアインが、一虎の言葉と、それに相反した澄み切った眼差しに圧されて一歩を退く。
同時、
「まさか〔不抜〕?まだ〔抜刀術〕の端にも触れていないというのに、驚くべきことです」
鎌足の声が楽しげな響き、我に返ったアインが〔早撃〕を一虎に放つ。しかし一瞬早く割って入った苦労丸に銃弾を弾かれ、眼前で光る〔裏生物〕の〔黄金の瞳〕に狼狽えたアインが一度距離をとる。その隙を、男は見逃さない。
「竹叢くん。抜きなさい」
「は?え?」
一虎は鎌足に促され、しかし、
『でも、この刀には刀身が・・・』
そう思った一虎の思考を遮って、
「私は、〔そういう刀〕なんです!」
「赫、夜・・・?」
一虎は、見た。自分に向かって叫んだ赫夜が、左頬の罅割れを深めながら、自らアインの攻撃の盾になろうと、自分の前で両腕を広げる姿を見た。
だが、
「ごちゃごちゃと!」
後方跳躍して着地したアインが、苛立った口調と共に銃口を赫夜へ定める。しかし先の一虎の言葉と眼差しが尾を引いているのか、その動きには精彩が欠けている。
少年に、迷っている時間はなかった。
「う、わああああああ!」
一虎は、立ち上がりざま、ひとおもいに刀を引き抜いた。そして気づいた。一虎の握る植物の根のような柄の先、鍔の根もと。そこに、輝く刀身があることに。そのまばゆい黄色の光に、アインが目を細める。少年はその隙を突き、抜き切った刀を上段に構え、振りかぶる。
すると、
「う、おおおおおおおおおおおおおおおおお!」
黄色に輝く刀身が、伸びた。




