自殺志願者B
「ところで竹叢くんは〔論戦〕がどういうものかきちんと裏解していますか?」
「ふぁい!?」
その声を、煤に汚れた制服姿の一虎は、月光を受けて灰色にそそり立つ廃ビル群の間を、息を切らして走り抜けながら聞いた。左腰には自らの〔裏論武装〕である竹を模した〔抜刀〕。右手には施設内のカメラの映像を映す四角い窓、半透明な黄色を基調色とした3次元ディスプレイがある。そして傍らには、その声を放ったモノがいた。
それは見た目、浮遊する黒い風船だった。
もし違いがあるとすれば、それは黒い風船の上部に〔黄金に輝く丸い瞳〕があり、下部に付いた本来風船を引っ張る紐が、自走する風船の本体に引っ張られて地面をこすっていることだ。
そして、
「はい、そこは左です」
「は、はい!」
1番の違いは、その黒い風船が、鎌足縁の声を発して一虎を誘導していることだ。そして一虎は、苦手意識を持っていたはずの男の声に縋るように、必死の形相で廃ビルの角を曲がる。
同時、一虎の後方100m付近から現れる人影。同時に、その影を追っていたカメラが閃く銃火を一虎の持つ3次元ディスプレイの画面に流す。
途端、
「わああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
ドッ!
走る一虎の左後方、先ほど曲がったビルの角が、爆散した。
しかし、事態はそれに留まらない。走りながら背後を振り返った一虎はその異変に気づき、顔を前に戻す。
「竹叢くん、全力ダッシュです」
「はいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」
一虎は黒風船から発された鎌足の声に従い、瓦礫や廃車の転がる路地を必死になって走る。すぐ先にある、アスファルトの捲れあがった十字路を目指す。そんな彼の背中に、覆いかぶさるような影。
瞬間、
「レッツ、ジャンプです」
「のおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
一虎は思い切りよく、十字路に向かってヘッドスライディング。
同時、
ガッッッッッッッッッバ!
そんな音を立てて、一虎が先ほど角を曲がったビルが、彼が今しがた全力疾走してきた路地の上に倒壊してきた。間一髪それを回避した一虎は、巻き起こる灰色の粉塵に煙られて目を瞑る。
そして、
『ありえ、ない!ありえない!まだ、ふぁい、わああ、のおおおおくらいしか言ってないのに!』
一虎は、そう思った。彼がそう思うのも、無裏はないことだった。
なぜなら一虎は、〔彼女〕が放った銃声を一度しか聞いていない。
なぜなら一虎は、〔彼女〕が放った閃く銃火を一度しか見ていない。
だというのに、一虎は見た。それは先ほど走りながら振り返って見た光景。
『なんで、あの廃ビル・・・蜂の巣に・・・』
そう、全ては一虎の思う通り。たった今倒壊した廃ビルは、倒れる寸前、たった1発分の銃声と閃く銃火によって蜂の巣、つまり、その全体に合計12発分の大穴を穿たれていたのだ。
それはつまり、
『まさか、一発の銃声が聞こえる間に、装填された銃弾を全弾・・・?』
そしてそれは、とある人物によって成された所業。
つまり、
「おい。自殺志願者B?無事か?」
3次元ディスプレイの映像が、声の主を映す。灰色に煙る倒壊した廃ビル。その淵に、艶めかしい内ももを見せながら脚をかける〔彼女〕の姿が一虎の目に飛び込む。口許を覆っていた黒いマスクは外され、同じく戒めを解除された〔拘束衣〕から伸びる右手が、保持していた、過負荷で銃身が破裂した自動式拳銃を無造作に捨てる。
そして、
「おい。生きているなら返事をしろ?生きているなら・・・」
肩に届く程度の長さのウェービーな金髪を靡かせる女。大量殺人未遂犯であり一虎の仮担任教師たるアイン・シュバルツ仮名は、右手に回転式拳銃を取り出して、シャープなフレームのメガネを銃口で持ち上げ、言った
「すぐに私が楽にしてやる」
だから、一虎は思う。
『僕、僕・・・』
女が無気力な翡翠色の瞳で周囲を睥睨し、周囲を取り巻いていた粉塵や煙が恐れを成したかのように晴れる。
だから、
「そこか死ね」
『僕、死んだねっ!おお、死んだねっ!』
一虎はすぐ傍に立った死の美貌が向けた銃口、その直視を受け、そう思った。




