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銀色の髪の女

 寮室のベランダ。

 黄色と黒のチェック柄のパジャマを着た、片手に薄っぺらい参考書を持つ一虎が見上げた紺色の夜空には、真っ白な月が昇っていた。

 校内に無数にあるレストランのうち、寮から1番近くにあった〔裏飯屋(うらめしや)〕で深夜と赫夜と夕食を摂り、備え付けのシャワーで汗を流した体はまだ温かい。赤いライトを明滅させる対戦防壁や、まだ起きている研究棟や、左手に見える中央管理塔の白や黄色の光を超えて、肌寒い春の夜風がやっと一人になれた一虎を撫でていく。

 そう、一虎は今、1人だった。

「・・・俺は寝る」と、なぜだかひどく疲れた様子で言った柳児は、結局顔面を完全に隠したまま夕飯も食べずに寝てしまった。

「・・・夜、赫夜、預かる。私、一人部屋。あと、観察。私、801号室」と言った、〔一虎=腐れドMロリコン〕と認定しているらしい深夜は、渋る赫夜を連れて自分の部屋に引っ込んだ。



「ほう・・・」



まだ冷たい春の夜気に白く色づく、安堵の溜息。それは一虎の体験した今日1日分の衝撃と困惑、驚愕と疑問の連続がもたらしたものだ。たった一日。だが、〔普通〕を自負する一虎にとって、今日という日は〔特別〕そのものであり、緊張するなというほうが無裏な話だったのだ。



『でも・・・』



 一虎は自問する。



『僕、こんな凄いところにいて、いいのかな?』



 裏野高校は、全国でも有数の〔論害〕襲撃率を誇る。対戦防壁の外、周辺一帯が荒野と化すほどの、危険極まる激戦区である。しかし同時に、最高の戦力(じんざい)と設備を持ってそれに対抗することで、国内でも屈指の撃退率を合わせ持つ学校だ。また、裏野では身近で〔論害〕との実戦が頻発するため、生徒達の〔死〕への危機意識が高い。それゆえに勉学に打ち込む姿勢そのものが他校の生徒と一線を画す。〔生きる〕ことへの〔気合〕の違いはそのまま有能者の輩出数にも繋がっており、裏野で専門的に教授・育成される、〔裏論〕を能動的に行使・研究・製作する人材、〔裏論使い(ディベーター)〕の質は群を抜いて高い。一虎も当然、それは入学前からわかっていた。裏野が、生半可な覚悟で来て良い場所ではないことを。

 しかし、一虎はあえて地元の高校へは行かなかった。

 少年の中にも、何かしらの覚悟はあったのだ。

 だが、



『僕は、やっぱり、〔普通〕なのに・・・』



 実際に目の前に現れた死の脅威は、自らを〔普通〕と定め、絶薙大和からも同様にそう認められた彼の中に、これからやっていけるのかという不安を生んでいた。

 しかし、



『いや』



 その不安と同時に、同じくらいの力を持った意思が、一虎の中に膨れ、拮抗する。

 それは、



『僕はここに来るって、自分で決めたんだ。〔裏論使い(ディベーター)〕になるって。ここで〔見つける〕って』



 眼前と一虎の中に存在する、それは〔間違いだった〕という不安に、眼を閉じて抗う。少なくとも、このまま尻尾を巻いてこの学校から逃げ出すことは一虎の望むところではないのだ。



『この〔もどかしさ〕をぶつけられる何かが。〔論害〕との戦いの中か、それとも別のどこかに・・・僕にも、〔キラキラ〕出来る何かがあるはずだ』



 息を吸って、吐く。



「よしっ!」



 小さく自分に活を入れる。これでいいんだと言い聞かせる。

 同時、



『〔君は全てを背負うことが出来るの?〕』

「え・・・?」



 一虎は、背後から響いたその声に振り返る。

 そして、



「・・・は?」



 ガラスの中に映った平面の人影。白いワンピースを着た、長くウェーブする銀髪の女の姿を見て、一虎は呆けたように口を開けた。


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