黄金の瞳
その日の夜。
「た、だいま・・・」
一虎はアインとの最後の訓練を終えて寮室に帰宅した。この1か月半、早朝から夜中まで3つの課題を繰り返していた一虎の身体は、すでにかなりボロボロだった。しかし、もう寝ているだろう柳児と赫夜、桧王を起こさないよう、少年は極力音を出さないように気を使った。明りも付けずに廊下を横切り、リビングに入る。ソファに倒れこみ、一虎はそのまま翌日の夕方、深夜との〔論戦〕まで睡魔に身を任せようとして、
ピロ~ン。
間抜けな音が、一虎の腰の情報統合端末から響いた。鈍い身体を動かして、一虎は着信を示したメールソフトを黄色がかった3次元ディスプレイとして起動。宛名不明のメール受信表示を見つけ、不審に思いつつも、開く。
そこに書かれていたのは、
「〔真実を、知れ〕?」
その一文のみだった。
瞬間、
「イッコ~」
「ん?」
柳児の部屋、その扉が薄く開いており、そこから青白い明りと赫夜の小さな声が漏れ聞こえた。一虎は不可解なメールの内容への思考を閉じた3次元ディスプレイごと断ち切り、重い身体を両腕を突っ張って持ち上げ、その呼びかけに応じた。
「赫、夜?」
小声で問いかけながら、一虎は柳児の部屋に音を立てず踏み入った。
柳児の部屋は、私室と言うよりも、研究所と工房を合わせたような趣があった。
一虎の右手には、雑多に散らばる工具と、マグロの解体でも出来そうな木製の作業台。本棚には、〔武装化における派系相性〕、〔新説・裏論武装構造論〕、〔共感素材辞典〕など、職人である柳児らしい専門書の背表紙が、深緑や青色の列を作っている。
正面の執務机に、最終調整を終えた、対深夜戦を想定した補助兵器、金属製のボールにしか見えない〔流王〕を傍らに置く柳児の背中があった。紫を基調とした三次元ディスプレイを中空に複数枚展開させたまま、長身の少年は机に突っ伏して寝息を立てている。
そして、
「・・・イッ、コ~」
一虎は、左手から上がったその声に振り向く。そこには、人間で言う就寝状態にあたる〔待機モード〕の桧王が、壁にもたれ、両脚と両手をダラリと伸ばして座っている。さらにその膝の上には身体を丸めた声の主、白髪を口に咥えて眠る、白地に赤の水玉パジャマを着た赫夜の姿があった。
無垢な幼女の寝姿に、一虎の頬が自然と緩んで微笑を作る。出会ってまだ短いというのに、いつも自分の味方であろうとしてくれる少女の顔に、一虎は元気をもらう。
『みんなのためにも』
そんな風に、気持ちを新たにした一虎は、赫夜を覆っていたのだろう、傍らに落ちていた毛布を彼女と桧王の身体にかけてやる。一虎は柳児にも同じことをしようと、静かに彼の背後へと、床に放ってあった彼の上着を取ってから近づいた。
そして、
「?」
一虎は見た。
それは柳児の頭上、複数展開していた3次元ディスプレイに映った文字列。どうやら様々な論文や検証資料を集めたもののようで、本来なら職人でもない一虎のような素人が裏解出来るような代物ではない。
だが、
「これって・・・」
それら膨大で雑多な情報群に共通する1つの項目を、一虎は瞬間的に〔見抜〕いていた。
それは、
「〔ジン核〕の・・・延命、手段?」
一虎は、確かに〔ジン核〕の〔意志〕に寿命があることは知っている。人口の培養液や特殊な〔裏生物〕の体内で成長する〔ジン核〕は、一度でもそこから取り出せば、その時点で成長を止める。さらに使用限界時間、つまりは〔意志〕が、〔死〕へ向かっていく。
そして〔意志〕が死ねば、〔ジン核〕はその機能の全てを失う。
しかし柳児がそれを調べている、それが意味することが、一虎にはわからない。
なぜなら、少なくとも柳児の使っている〔操十糸〕や、赫夜の本体であるビー玉サイズの〔ジン核〕でも、その〔意志〕は、〔眠っている〕、〔覚醒している〕に関わらず、100年から120年の寿命を持っているのだ。桧王に至っては、赫夜のような例外を除いて〔ジン核〕が〔意志〕を覚醒させるサイズ、培養液の中で直径10センチ以上に成長させてから〔武装化〕されたのだと、以前訓練中の雑談の中で柳児が言っていた。つまり、おそらくは数百年単位の寿命、〔延命〕などという言葉が愚かしいほどの時間を、桧王という存在の根幹にある〔ジン核〕の〔意志〕は持っているはずなのだ。
その上、現在では技術力の向上により、〔意志〕が〔死〕を迎えた〔ジン核〕に、ただ〔裏論〕を使うためだけの擬似人格を上書きすることが可能だ。つまり、〔廃ジン化〕と呼ばれるその処置を施せば、生成に莫大な時間がかかる、貴重な資源たる〔ジン核〕を失わずに済む。
だから一虎は、柳児がどういう意図で、どういう目的でそんなことを調べているのか、瞬時に裏解することが出来ない。
だが、
『・・・いや、違う』
瞬間、一虎の中にあった断片的な事実が、繋がった。
〔彼女〕は、〔再武装化〕されたということは、以前から〔裏論武装〕として使用されていた。
〔彼女〕は、だから一虎が思っている以上に。
それを裏付ける、一虎の〔彼女〕への印象。
〔今にも壊れてしまいそうな〕、〔彼女〕。
瞬間、
「そん、な・・・」
一虎は、真実に気づいた。
隠されていた事実に、〔彼女の抱えていた秘密〕に気づいてしまった。
思考が混乱し、その事実を拒絶しようとした無意識が、彼に一歩を下がらせた。
「・・・なんで、今さら。だって僕、どうしたら・・・」
そんな少年の意識に、確かな声が響いた。
『〔君は全てを背負うことが出来るの?〕』
それは、赫夜と出会った夜、一虎の前に現れた銀の髪の女の声で、少年に問いかけた。
だから、
「そんな・・・」
一虎は、真実を映す紫の光に、脳裏に響く女の声に恐れをなして、柳児の部屋から逃げだした。
だから、少年はそれを見なかった。
眠っていたはずの柳児が身を起こし、まるで暗闇を照らすランプの輝きを思わせる〔黄金の瞳〕を、作り物めいた笑みに歪ませる様を。




