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魔法の法律的解釈  作者: 佐村 蒼
2章、花嫁騒動と試験と試験
29/29

25、法科大学院生の日常



「あれ…?」

気まずい空気のまま就寝して、翌朝。

さすがにあの後、部屋を別にして就寝したんだけど(部屋というより、部屋と廊下だけど。だってうちは1Kだ)、昨日まで確かにいた悠斗は、どこにも姿がなかった。

「もう向こうに戻ったのかな?」

月曜の朝に魔法世界に帰ると言っていたけど、もしかしたら早めに帰ったのかもしれない。

気になったが、次元の違う世界同士では連絡する術はなく、気にしないことにした。

日曜日だから授業はなかったけど、そのまま支度をして学校へ向かう。

明日の予習がまだ終わってないし、択一の勉強も進めたいしね。

授業のない日曜や祝日は、一応施錠はされているから、一般の人は立入できないけれど、在学生にはセキュリティパスが支給されていて自由に入ることが出来る。

自習室は、夏季休業と年末年始の数日を除いて、ほぼ毎日24時間開放中だ。

身支度と朝食を済ませて、十数分程度歩く。梅雨の最中の蒸し暑さはなかなかつらいけど、学校内はまだ冷房が効いてないから、これもまたつらい。

学校近くのコンビニに立ち寄り、飲み物を購入するついでに涼をとってから、ようやく自習室に

到着した。

さて、始めますか。


それから数時間。

集中力がとぎれたのと、勉強に飽きてきたので休憩を入れることにして、こもっていた自習室からラウンジへと赴けば、友達が数人おしゃべりに興じていた。

ラウンジには、何セットかテーブルと椅子が設置してあって、話をしたり、飲食したりできる場所として活用されている。そこでは、ご飯やお茶している人や、誰かに勉強を教わっている人とかいて、いつも混雑している。たまに、お菓子を食べながら勉強したい、って我儘をかなえるためにも活用されている。

自習室で許可されているのは、原則は飲み物だけで、飴とかガムがお目こぼしされているくらいなのだ。

それ以上の飲食が出来る場所っていうのは、各種教室かラウンジしかなくて、教室は授業時間外には施錠されてるせいで、ラウンジには入れ代わり立ち代わり人がやってくる。

けど、自習室で飲食されると、そのにおいとか音って気になるし、衛生的なことを考えても仕方ない措置だと思ってる。

そんなわけで、ラウンジで思いおもいの飲み物を手にして、休憩していた友人たちを見つけた私は、彼らに声をかけた。

「お疲れ様、何してんの?」

「おー、お疲れ!」

ちなみに、『お疲れ様』は法科大学院ローでの基本挨拶だ。

1限の授業で会えば、さすがに「おはよう」と声をかけるけど、それ以外の時間帯ではみんな「お疲れ様だ」になる。

自ら望んで勉強しているのに、「お疲れ」も何もないような気もするけど。

「俺らは、自主ゼミの休憩中ー。去年の司法試験の刑法やってた。新宮は?」

「私は、明日の予習だよ。民法演習の課題やってたんだ。自習室にいるの飽きたから、出て来てみた」

「え、今そっちどこまで進んでる?問題15に入った?」

「ううん、次の授業。今予習してるとこ」

「あー、そっかぁ。エックスの請求、何を検討した?」

「錯誤かな。瑕疵担保責任も検討したけど」

そのまま、必修科目の授業課題の検討で盛り上がった。

必修科目は、複数のクラスで同じ授業をやるから、進度の早いクラスの人がいると、色々話を聞けたりする。

民法の場合、請求方法が複数考えられることが多いから、一番適切な解決方法を迷うことが多い。

考え得る請求方法は全部検討するし、しなきゃいけないんだけど、それぞれ請求方法ごとに要件や効果が違うから、何が適切なのかは様々な事情を考慮する必要がある。

ついでにいえば、エックスとは、課題に出てくる人物の名前だ。民法では、請求する側の人間をX、請求される側の人間をYで表現することが多い。

ひととおり盛り上がると、友達数人はゼミを再開すると言って、ゼミ用のグループ学習室へと引き上げていった。

と思ったら、一人だけ残っていて。

「あれ、ゆうちゃんはゼミじゃないの?」

優ちゃん。フルネームは、佐久間さくま 優香ゆうか

私の法科大学院ローの友人で、同じクラスの子。一緒に勉強したり、ご飯を食べに行ったりしている子だ。

「うん、ここで判例読んでたら、しゅうたちに邪魔されたの」

そう言って、彼女は唇を尖らせた。

秀とは、さっきまでいた友達のうちの一人のこと。

彼女がラウンジで、一人で判例の勉強していたところに、秀たちが話しかけたらしい。優ちゃんは、自習室の静かすぎる空間が苦手らしく、よくラウンジで勉強しているのだ。

邪魔されたとは言うものの、彼女が冗談で言ってるのはわかるから、私も笑って返した。

「じゃあ、私も邪魔しちゃおうっかなー」

「えー、沙耶ちゃんまでひどい」

そう言いながらも、彼女はパタンと開いてあった判例集を閉じた。

「でも、休憩しようかな。お茶でもいかない?」

「いいけど、ごめん、大丈夫?」

本当に邪魔してしまったかなと尋ねれば、彼女は屈託なく笑った。

「今日はそんなに集中出来てないし、戻ってからやるから大丈夫だよ。行こ?」

そんな彼女の言葉に甘えて、私は荷物をしまうと、彼女と一緒に学校を出た。


そうして向かったのは、学校の近くのチェーンのコーヒーショップ。

コーヒーと甘いものは、勉強にかかせない(と私は思ってる)。

もはやコーヒーでなく、カフェインを錠剤で飲む人もいるけど、私はそこまではしない。

甘いラテを頼んで席につき、一口含むと、二人して深い溜息がもれた。

「甘いもの、大事だよね」

「わかるわかる」

そう言って、顔を見合わせてクスクス笑う。

この空気は、こっちにしかないものだった。

いくら魔法学校になじんでも、クロノス一族として居場所が出来ても。

こんなふうに視線を合わせただけで、なんとなく分かり合えてしまうような、そんな雰囲気はこちらにしかない。

むしろ、そんなことの出来る相手というべきか。

定期試験が終わったら、この二重生活をやめようと、向こうに集中しようという昨日の決断を、早くも後悔しそうになる。

だけど、この中途半端な状況が辛いのは確かで、仕方ないなぁと思った。

魔法の改正作業を引き受けた以上、クロノス一族としての紛争に巻き込まれないわけにはいかない以上、これは避けられなかったと思うから。

それでも今だけは。

そんなことを考えながら、彼女ととりとめのない話をするのは楽しかった。


***


彼女と一時間ほどおしゃべりをしつつ、ついでに遅い昼食もとって、一緒に学校に戻った。ラウンジで彼女と別れ、もう一度自習室に向かう。

そのまま、また三時間ほどやってから、夕飯時になったので家路についた。

夕飯をコンビニ等ですませて、深夜近くまで学校に残る人も結構いるけど、自炊派の私はお家ご飯だ。

だけど、最近の二重生活で、私の感覚としては一か月前に買った野菜が、冷蔵庫の中でまだ青々としているのと見ると、なんだか不思議というか変な感じがする。

こっちの世界の時間は動いていないんだから、当たり前なんだけど。

余談だが、24時間自習室やラウンジスペースを開放している法科大学院では、そこに住んじゃう人もいるらしい。

もちろん、学校側が認めているわけじゃないけど、いつ帰っているかなんて管理されないし、零時をまわって明け方に帰ることも禁止されてないから、実質的に住めてしまうんだ。

お風呂は、近所の銭湯で、寝るときは、机で仮眠状態。洗濯だってやろうと思えば、近所のコインランドリー出来てしまう。

荷物をとりに行くためだけにたまに家に戻るって、なかなかシュールな生活だと思うけど。

そういう人の自習室の席は、本当に住処のように荷物がごちゃごちゃと置いてあって、離席してても誰も使えない。

でもそれくらいでなければ、一日15時間の勉強とかって無理なのかなぁと思う。

私は、だいたい8時間。授業があると、もっと少ない日もあるかもしれない。

でも、これはおそらく最低ラインだと思う。

質と量の問題はもちろんあるし、だらだらと勉強していても意味がないとは言われるけれど、最低限確保しなければいけない勉強時間量というものは、やっぱりある。

短い期間で司法試験に合格しようと思えば、勉強の質を高めるのも重要だけど、勉強時間を確保することもすごく重要で、このままだと足りないなぁなんて思ったりするんだ。

でも一方で、8時間以上勉強してても、全然集中できてないことは自分でわかるし、だらだら続けることもあるけど、結局時間を無駄にすることの方が多い。

集中して勉強することに向いてないのかな、と思うと、司法試験がすごく怖くなる。


そういう意味では、魔法世界にしばらくとどまって、元の時間軸に戻してもらえるというのは、反則技だけど、すごく魅力的な方法だった。

向こうで法律の勉強は禁止されてない。

もちろん、一日8時間なんて勉強時間は確保できないし、法律の勉強をしている人間が全然いないっていう周りの環境は、決していいものではない。

でも、魔法世界で過ごす時間は、本来私には得ることの出来ない時間で、それを自由に勉強にあてていい、というのは本当に魅力的。

読みたい判例や読みたい基本書は限りなくあるし、解いておきたい参考書や課題だって多くある。時間はいくらあっても足りないっていうのは、本当のことなんだ。


だから。

私は、もう少しだけ、魔法学校の学生とクロノス一族でいよう。


Fin

非常に中途半端なところで完結としてしまい、申し訳ありません。

このまま放置しておくより、書き溜めておいたものを投稿して、一度完結にいたします。

読んでくださった皆様、ブックマークをつけたままにしておいてくださった皆様、本当にありがとうございました。

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