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番外編 ライア・ヴォレジア

「国を…人々を導く道標になってくれるかい?」

幼いながら、父の言葉の重みを分かっていた。

その問いは、私にその道を歩ませてしまう罪悪感を抱いた父の言葉だった。


私は、優しく娘にすら遜ってしまう父と、聡明で慈愛に溢れる母のもとに生まれた。


私は活発で、父の幼少期とは全く違うと周りからよく言われた。

でも、皆と分け隔てなく親しく接するところは、父と母にそっくりだと言われた。


その言葉たちが嬉しくて、今も時々思い出す。


六歳になった頃から魔術や武術の稽古が始まった。


その頃から薄々気づいていた。

私は他の人間とは違う、人間と神の紛い物なのだということに。


父は言った。そんなことは気にしなくていいと。

周りの人はそれを知った上でそう接してくれている。だから悩まず、畏まらず、今まで通り自分らしくあればいいと。

その言葉を、私は一瞬疑った。

そんな私の顔を見て、父は笑って言った。

「じゃあ、お師匠さんに聞いてくるといい。君が神さまだとしても、普段通り接してくれるかって」


その言葉を胸に、師匠に聞いた。

「お師匠さま…私が…人じゃなく神さまだとしても、いつも通りのままでいてくれる?」

「はぁ〜、君はそんなことで俺を呼んだのかい?

そんなことどうでもいいじゃないか、君は君なんだし。

それに、多少同い年の子より武術や魔術ができるだけで、俺はまだ片手すら使ってない。

まぁ、だからそんな顔をする暇があるなら、稽古に励むといい」

その言葉は、私の幼少期の大切な記憶だった。


そんな中で、親友とも呼べる友達もできた。

「ちぇ、ずるいぞ!神さまの力を使うなんて!」

「そんなの使ってないし。

そうだ、いいことを教えてあげるよ。

そういうのは負け惜しみって言うんだよ!!」

「なんだよ、それ!!

もういい!!

一回勝負させろ!!」

今思うと、そんなことを言い合えたあいつが懐かしい。

随分と本国へ戻っていないせいで、あいつの仕草もところどころ忘れてしまった。


そんなわだかまりを感じた時もあったが、幸せな幼少期を送ることができた。


◇◇◇

八歳になった頃、私は初めて国外へ行った。

それは、パレードと呼ぶにはあまりにも物寂しく、つまらないものだった。今思えば、幼さゆえに抱いた、ひどい感想だった。

父さんとは、この時から中々会えなくなってしまった。一国を統べる王として活躍していることは分かっていた。

けれど、会えなくなってから、この国はますます豊かになっていった。

国土が広がり、他国の文化が入り、最先端の魔術技術も手に入った。

市場には、見たことのない宝石や、まったく読めない本が置かれていた。

たくさんの見たことのないもの。それらは、この時の私にはとても魅力的だった。


そんな時、一冊の本に出会った。

読めない字だったので、指南してくれる外国の方がいろいろと教えてくれた。

その時、私は気づいてしまった。

この豊かさは、誰かの幸せを養分にし、吸い尽くして手に入れたものなのだと。

幼心にも、申し訳なくなった。

その時から、父に対する疑念が強くなっていった。


久しぶりに父に会う日が訪れた。

そして聞いてしまった。

「父さんは…この国はどうしてこれ以上の幸せを求めるの?」

「…みんなを守るためだよ」

「そんな答えが欲しいんじゃないし。

もうそんなに幼くなんかない。だから教えて欲しい。

父さんはなんで、他の国を不幸にするの?」

「…そうか、知らない間に成長してたんだな…

僕はね、神様から言われたんだ。

『皆を守りなさい』って。

それで教えてもらったんだ。いつか人間は滅んでしまう、他でもない人間によってね。

それで、国々を一つにする必要があるんだ。

だから、皆が寄りかかれるくらいの柱が欲しくなる。

そして僕は、この国をそんな柱にしたいんだ」

「でもそれじゃあ、途中で苦しんだ人が報われない…」

「そうだね。

僕もそれが正しいとは思わない。

けど、誰かがやらなくちゃいけないんだ」

今でも、純粋な疑問から聞いてしまった私を恨む。

あれは父なりのSOSだったのに、気づけなかったことを。

「だから彼らには道標が必要なんだ、ライア。

…君に重荷を背負って欲しい訳じゃない。

…けど

この国を…人々を導く道標になってくれるかい?」

少し弱々しい声色で問いかけてきた。

「まったく、お父様らしくないわね。

任せてちょうだい!!

この国を、苦しんだ人もみんな幸せになれるくらいすごい国にしてみせるわ!!」

ピースサインで父に答えた。

胸を張って、堂々と。

昔の自分は、父を分かった気になっていた。

そんな私を見て、父は笑った。

その顔が嬉しくて、どこか誇らしかった。


◇◇◇

十一歳になったとき。

あれはひどい雷雨の夜だった。

母の訃報が届いた。

雷に撃たれて死んだらしい。

国を越えて、賢母として知られた母が死んだ、と、たった一文だけで知らされた。


言葉にならなかった。

次の週末に、ご飯を食べに行こうと話していたのに。

そんな些細な願いは、叶うことがなかった。

数日間、泣いた。

執事の方々も悲しいはずなのに、私はそんなことにも気づかず泣いてしまった。


葬儀の日、多くの国々が参列する中、私は一人だけ声を上げて泣いていた。

周りのことなんて考えられなかった。

父は、母の冷たくなった体を前に立ち尽くしていた。

その時、朱色の目は確かに光を失っていた。

父はそっと母の頬を撫でた。

そしてゆっくりとこちらを向いて言った。

「ライア、ごめんな、ごめんな」

その声は震えていた。

言葉にできなかったから、私は首を強く横に振って答えた。

そんなこと言わないでって伝えたかった。


母との最後の別れの時でさえ、私は父の胸の中で泣いていた。


◇◇◇

十二歳になって、初めて父の遠征に最初から最後までついて行った。

南西の国だった。

でも、大体は拠点にいたから、何をしていたのか分からなかった。

けど、もう幻想を見るほど私は幼くなかった。


二日ほど拠点で過ごしたら、父の部下の人に呼ばれて、昔、自分がパレードだと思っていたものに参加した。

それはパレードなんかじゃなく、「お前たちは負けたんだ、だから従え」という意味を持った凱旋だった。


今も時々思い返す。

その時の彼らの眼を。

私たちをいつか呪い殺してやるという意思が籠った眼を。


その時、私は可哀想だと思った。

そんな彼らを幸せにしなくちゃと思った。

その思いが間違いだと気づかずに。


その時から、父に遠征へ誘われることはなくなった。


◇◇◇

十三歳の時、本の指南役の方から聞いた。

父が今、見境なく、脅威と捉えた国を滅ぼしていると。

私は夢から覚めた。

父のおかげで不幸になる人はいるけれど、幸せになる人の方が多いと信じていた。

けど、そんな大義名分を背負っていたとしても、看過されるべき行為じゃないと。


そして、父こそが滅びの原因だと思ってしまったこともある。

けれど、父のおかげで今の幸せなこの国がある。

私は考え始めた。何をすべきか。


◇◇◇

コツコツコツコツ、足音がする。

久しぶりに父が帰ってきて、話ができる、そんな喜びを抱いているわけではなかった。

長い廊下の脇に立つ。

いつもは形式上、周りの人に手を振ることはなかったけど、私にだけは決まって手を振ってくれていた。

けど、今日は違った。

ただ私の前を通り過ぎていった。

どこか悔しかった。

この場で言っちゃいけないと分かっていたけれど、言ってしまった。

「父上!!」

冷たい朱色の目がこちらを見る。

「父上…

なぜです…

父上はこれ以上の幸せを求めるのですか?

なぜこれ以上人を不幸にするのですか?」

父の重いため息の音がする。

「私は、今の父上が正しいなんて、前みたいに胸を張って言えません!!」

今思えば、宣戦布告とも取れる内容だった。

「連れて行け。

ライア、君はまだ世界を知らなすぎる。

一度、頭を冷やしてきなさい」

こうなることは大体分かっていた。

「ですが陛下、…ご息女を…」

そう言いかけた兵を、父は遮った。

「私に文句があるのか?」

「い、いえ」

「では連れて行け」

そう言い残して父は去り、私は兵に外へ連れ出された。


◇◇◇

空は灰色に染まっていた。

今年も厳しい冬がやってきたのだと実感する。鼻先に冷たい水滴が垂れてきた。

雪だ。

手のひらに落ちてくる雪の結晶は、すぐ私の体温で溶けて無くなってしまう。

「まるで母さんね」

そう呟いた。

ああ、目頭が熱い。

泣くのはもう恥ずかしいから、堪えようとする。

でも、ポロポロと雫が頬を伝う。


私から、みんな離れていってしまう。

母様も父様も。

私が無知で夢見がちだから、離れてしまう。


私は壁の陰で泣いていた。

そんな中、あいつが肩をポンと叩いた。

「お前、泣いてんの?」

「うるさいわね。

泣いてなんか…いないわよ」

「たく、本当に嘘つくの下手だよなお前」

私はもっと泣いてしまった。

「おいおい、俺が泣かしたみたいにしないでくれよ。

はぁ。

もっとお前は自分らしくあったらいいんだよ。

腹減ったら飯って叫んだり、

俺のことを負かしたら煽ったり、

もっと昔っぽくいたらいいっつーの」

その言葉が、悔しいことに嬉しかった。

「うるさいわね、もう」

泣きながら、あいつの頭を叩いた。

「あ、師匠にサボってんのバレたらまずいから、じゃあな」

あいつは昔と変わってなかった。

ただ嬉しかった。まばゆいほどに。

……

そうだ。

私は私らしく、この思いを貫き通せばいい。

誰かを幸せにしたいというこの思いを。


これが動機だった。


◇◇◇

十五歳になった時、一人の執事を連れて国を出た。

その執事はレイルという名だった。

そいつは宮廷で信頼されていて、私が旅に出ても心配されないよう、連れ出した。

正直、人を間違えた。

年もあまり離れていないせいか、愚痴や嫌味ばかり言ってくる。

明確な目的はなかった。

ただ、父の今の過ちを止めるために、まずは強く賢明な人になろうと思った。

支配された国々を回っていった。

お金は十分にあったから、生活にはあまり困らなかった。


そこで私は沢山の人を見た。

母を殺された子供。

金品や職を失い、普段の生活ができなくなった人。

逆に、上手く養分を吸って豊かになった人。


沢山の人を見た。


ある日の夜、突然一人の少女が訪れた。

手にはナイフを握っていた。

私は気づいた。

私は恨まれる存在なのだと。

彼女の紫の眼ではっきりと理解した。

制圧するのは簡単だった。

彼女は私の手に必死に噛み付いた。

泣きながら。

父さんの気持ちが分かった気がする。

守る相手は、どんな時だって善意の眼差しを向けてくれるわけじゃない。

父さんはそれを知っていて、あの行動をとっていた。

彼女の悲しみは私が償えるものじゃない。それでも、歴史の砂にしちゃいけないと思った。

だから何も言えなかった。

だから、この手の痛みは忘れちゃいけないと思った。


◇◇◇

私は今、また一つ救えなかった。

大勢の人が父さんによって殺された。

レイルは一人で、燃える国へ走っていった。少し用があるって言って。

逃げた人がこちらまでくる。

そうだ、この人を守らなくちゃ。憎しみを育む要因になろうとも。


恐らく父さんの次の目的地はアルヴェリア王国。

そこで、願望機を使って願いを実現させるつもりだ。

だから父さんには譲れない。

渡しちゃいけない。

それで勝って、父さんに言うんだ、はっきりと。

王の座を譲れ、私なりの方程式で、みんなが報われる国を作るんだって。


◇◇◇

今も思い出す。

あの日の夜、

彼女を突き放した後、レイルに話しかけた。

「ねえ、レイル。

私、分かった気がする。

これから不幸になる人を、できるだけ不幸になる前に助けなくちゃいけないんだって。

それと…幸せの方程式なんてないんだって」

「そりゃそうだろう」

「だからね、私は成りたいんだ。

そんな方程式を作る、魔術師に」


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