第七幕 たった一つの冴えたやり方
レノン、ライアは共に魔術師がいると思われる旧病院へと向かった
さっきまで強固だった結界が、雪の結晶のように脆く崩れていく。
とりあえず中でライアと合流しようと思い、薄気味悪い病院へと足を運ぶ。
病院の中は酷く傷んでいる箇所もあるが、人が身を潜めるには絶好の場所と言える。
ライアと早く会えるように病院内を軽く走っていると、曲がり角の奥から足音がする。
……ライアとは違う気配だ。
咄嗟にバッグから鉱石と小刀を取り出して構える。
足音がだんだんと近づいてくる。
男と目が合う。
その男の手にはナイフが握られている。
「うわぁぁぁぁ近づくんじゃねぇぇぇぇぇ!!!」
想像していたよりも遥かに情けない声だった。
「あ゛あ゛、なんだガキじゃねぇか
ちぇ、あいつ使えないモノを寄越しやがって!!
ガキに壊されてるじゃねぇか」
警戒しながらより深く構える。
「まぁいい、所詮はガキだ」
そう言うと、こちらに段々と加速しながら向かってくる。
その動きに反応して、咄嗟に左手の鉱石を投げる。
鉱石は蒸発し、一時的な結界となって男の進行を止める。僕はそれを機に男と距離をとる。
「クッソ!!小賢しい真似しやがって!!」
「そちらこそ少し乱暴じゃないですか」
「うるっせぇなぁ!!
お前のせいでこちとら計画が破綻寸前なんだよ!!」
ああ、駄目だ。ステラのように冷静に話し合える相手じゃない。
交渉は諦め、戦闘に意識を切り替える。
結界の効果が切れ、男が再びこちらへ向かってくる。
今だ。
鉱石を軽く投げる。
「死ねぇぇぇ!!」
男は鉱石などお構いなしに叫びながら突進してくる。
男が三メートル先まで迫る。
けれど、鉱石の発動準備は済んでいた。
「ヤーキオ」
僕が唱えると、投げた鉱石が男のすぐそばで小さく爆ぜる。
衝撃に怯んだ男の視線が逸れる。
その隙を逃さず、僕は小刀を握り、一気に距離を詰めた。
目に魔力を込め、男の身体を分析する。
見つけた。
男の左手。親指の付け根にある第一中手骨。そこには刻印がある。
魔術を鍛えていない者は、魔術回路が損傷すると魔力が暴走し、気絶するはずだ。
男の魔力の扱い方からして、魔術に精通しているとは思えなかった。
だから刻印を破壊すれば、戦闘不能になる可能性は高い。
男がこちらに気づき、右手のナイフを振る。
「くるなぁぁぁぁ!!」
身を屈め、地面を滑るようにして刃をかわす。
そのまま小刀を逆手に持ち替え、がら空きになった左手へと狙いを定めた。
狙うのは、刻印のある骨。
小刀を突き出す。
ザクッ。
刃が男の左手に食い込んだ。
狙いどおり、刻印を正確に刺した。
血が噴き出すこともない。さすが、ライアの選んだ品だ
男は振り返ろうとしたが、途中で身体がぐらりと傾いた。
魔力の流れが乱れ、男の身体から力が抜けていく。
やがて男は、床に倒れ込んだ。
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ……」
そうぶつぶつ呟きながら、ライアの元へ向かう。
殺してはいないとはいえ、とても気分が悪い。
母さんのあの血の感覚を思い出しそうな気もする。
走っていくと、ロビーだったと思われる場所に着いた。
そこでは三人の男がライアがどこからともなく出した縄で拘束されており、奥には十代の女性が数人固まっていた。
ライアと目が合う。ライアはフードを被っていた。
「良かったぁ……
あいつらが、もう一人仲間がいるって言っていて、そいつに会っていたらと思うと心配で……」
「多分、その男ならあっちの廊下の奥で気絶してます」
そう言うと、男たちは絶望した表情を浮かべた。
「あらそう、訓練をした甲斐があったわね。それと今更だけど、これ着てくれる?」
そう言われ、少し大きめのフード付きの外套を羽織った。
「多分、これから軍が来るから、姿を見られないようにね」
僕の報告が済むと、ライアは男たちの方へ向かった。
「あんたたち?これからホントのこと言わなかったらどうなるか、分かってる?」
「俺らはただ、ある男に稼げる話があるって言われてそれをしただけで……
結界もそいつがよこしたものです……」
「へぇ、その稼げる話が良い年頃の女の子たちの誘拐なんて、そいつ相当いい趣味してるのね」
「そ、そうじゃなくて。『器』を探せって言われて、手がかりは十代の女ってことだけだったんです」
「馬鹿、そこまで言う必要ねぇだろ!!」
勝手に口喧嘩まで始める始末だ。
こいつらは雇われたもの達で構成された、即席の陣営に過ぎないのだろう。
「器ね。今回は今まで以上に大変な戦争になりそうね」
ライアがぽつりとこぼす。
「すみません、ライアさん。器ってなんなんですか?」
「あら知らないの?」
ライアは身を屈めて耳打ちした。
「この戦争の勝利条件の一つは、全ての聖遺物を集め、それを使って器を破壊することなの、分かった?」
「はぁ」
一人の人間を、壊す。想像もつかないうえ、自然とイヴの顔が思い浮かんでしまい、あまり考えたくもない内容だった。
それと、ライアが今までこの話をしなかったのは、意図的に隠していたからではなく、単に説明するのを忘れていたのだろう。
「そこの貴女たち、こいつらに変なことされてない?
されてたらもう一回絞めるけど」
ライアが誘拐された女性たちに目を向けると、女性たちは互いの顔を見合わせたあと、そろって首を横に振った。怯えた様子は残っていたが、少なくとも男たちに危害を加えられたわけではないらしい。
「あら、あんたたち、少しは見直したわ」
そうライアが褒めると、男たちは「へへへ」と照れ笑いを浮かべた。
「まあ重い刑を受けるのは変わらないと思うけど、獄中生活、頑張ってね」
外から複数人の足音が聞こえてきた。
見回りに来た軍らしい。
ライアは足早に裏口へ向かった。
「あ、貴女たち、私のことは口外しないでね。
じゃあ気をつけて帰るのよ。」
ライアは裏口から出ていった。
僕もそのあとを追った。
ライアの歩幅に合わせて走る。
足音が夜の街へ響く。
なぜかライアの顔にはいつもと違って、余裕が無かった。
旧病棟からかなり離れるとライアは会話を切り出した。
「もし仮に君がこの戦争に勝つとして一人の無関係な人を殺せる?」
空気が裂けた。
その隙間から、夜の冷たい風が吹きつけてくる。
けれど風は、どれだけ強く吹いたとしても、向きだけは変えようとしなかった。
「僕は多分できますよ、それで多くの命が戻ってくれるなら」
「そう、君も魔術師だもんね
君の覚悟を試すような真似をしてごめんね」
「いえいえ。
でも、もしその人が自分にとって大切な人だったら天秤を前に僕は躊躇うと思いますよ」
—あの時、僕は自然とイヴのことを思っていたのだろう。
それを思ったら風の向きが変わったのを今でも思い出す。
◇◇◇
「お帰り、ライア、レノン」
レイルがいつもと同じように迎えてくれた。
「なあライア、流石にあれはやりすぎじゃないか?
ここまで音が聞こえてきたぞ」
「それ、レノンに言ってくんない私やってないし」
レイルがこちらを向く。いやどちらかというと睨んできた。
「うぇぇ?弁明の余地もないんですけど
あれしか方法がなかったもんで」
「私が聞きたいのは方法どうこうの話じゃないんだ、
単にあれは君たちにとって危険な行為だったはずだ。
まぁいい次回からは気を付けてくれ」
「もちろんとも」
そう返した。
その答えを聞いたレイルは安心したような顔をして厨房へ向かった。
「二人とも腹減ってないか?」
「はい!!」
「私も!!」
「了解、あと十五分ほど待っていてくれ」
「はーい」ライアと僕の声が重なった。
◇◇◇
二日続けて病院にまつわる嫌な出来事に巻き込まれているのに僕は変わらず、病院へと向かっていった。
表向きの目的はもちろんイワンと名乗る医者の調査だ。けど本心はイヴにまたいつかと言われたからこの調査を引き受けた。
「やっ久しぶりイヴ」
彼女は驚いた顔をして振り返る。そしてその顔がやがて笑顔になった。
「久しぶりねレノン」
その笑顔を見るとこっちも釣られて嬉しい気持ちになった。




