第六幕 魔術師達
不便さへの怒りでため息がこぼれそうになったが、その気持ちを抑えてドアをノックした。
「ただいま戻りました、レノンです」
「おかえり、レノン」
「お疲れ、レノン」
二人はいつもと変わらない口調で迎えてくれた。
荷物を自室に置いてリビングに戻り、ソファに腰掛けた。
「さっ、とりあえず今日の収穫を教えてちょうだい」
ライアに促されるまま、今日あったことを話した。
「ステラの名前を口にした、イワンという医師に会いました。魔術医療を担当しているそうです。
病室には人工魔術回路がいくつもあって、霊脈の異常はそれが原因でした。聖遺物は見当たりませんでした。ただ、イワンがステラとつながっているなら、戦争と無関係とは言い切れないと思います」
イヴと会ったことは、話さなかった。案内してもらったと言えば、彼女を巻き込んでしまう気がした。
「分かったわ。そのイワンって医者について、近いうちに調べておきましょう。それと、明日の夜から本格的に動き出すから、今のうちに準備をしておいてね」
「すまないが、ご飯はもう済ませてある。鍋を温め直してから食べてくれ」
矢継ぎ早にレイルが言い、僕は「はい」とだけ答えた。
◇◇◇
机の上には、鉱石や刻印紙、ペン、小刀が散らかったままだった。
それを横目に、僕は眠りにつこうとした。
礼装の調整は、魔力が尽きる前にどうにか形だけ済ませたが、片付ける気力は残っていなかった。体の疲れは昨日ほどではないのに、頭だけが妙に冴えている。
その上、慣れない重さの毛布と、慣れない硬さの枕が、さらに目を冴えさせた。
考えることがないと、自然と母さんと兄貴のことを思い出してしまう。忘れてはいけない。けれど、覚えていると、心がどんどん蝕まれていく。
……だから、眠れない日が嫌いだ。
◇◇◇
いつも通りの朝が来た。
悪夢にうなされて目を覚まし、レイルがライアのコーヒーのついでに淹れてくれる緑茶を飲み、顔を洗い、歯を磨き、朝食を食べる。非日常は、すでに日常になりつつあった。
朝食が終わって自室に戻ろうとすると、ライアに引き止められた。
「夜七時に一旦ここを出て、旧病棟の方へ行きましょう。あまり人目につきたくないしね」
僕がきょとんとしていると、ライアは続けた。
「昨日君に行ってもらった病院から少し離れたところにある、旧病棟よ。
街からも遠くて不便だから、今は使われていないの。
あの辺りでは、数人の行方不明者が出ているって聞いてね。私は、この戦争の陣営の一つが関わってると睨んでるの。それで昨日の帰りに覗きに行ったら、結界が張られていたわ。君には、その結界を解いてほしいの。
ほら、得意な人に任せた方が得策でしょ? じゃあ、身支度を済ませたら庭に出てちょうだい。
ある程度動けるように、訓練をしておかなくちゃ」
「了解しました」
そんな会話を済ませると、軽い地獄のようなレッスンが待っていた。
◇◇◇
ライアの腕時計が七時半を指したころ、僕とライアは街の外れを歩いていた。
「今日の練習は何だったんですか。下手したら僕、二、三回死んでますよ」
「はぁ、君は何にも分かってないのね。君は武術でも生きていけるくらいのセンスがあるのに、いざ戦闘になると、生まれたばかりの子鹿みたいになるのよ。だから今のうちに、命の危険に慣れておかなくちゃ」
そんな会話をしているうちに、旧病棟に着いた。
外観はそのまま見える。傍目には、何の異変もない。けれど、目を凝らすと、新しい魔術の痕跡がはっきりと残っていた。
「人の気配が全くしないわね」
ライアが辺りを見回した。
「多分、結界の力でしょう。気配まで完全に消せるとなると、相当やり手の魔術師です。ライアさん、ちょっと地図を見せてください」
ライアから地図を渡された。
病棟のすぐそばに、墓場がある。
こんな場所で、医者に見られるのはいやだな……。
「では、僕はこの墓場に行きます。墓と霊脈は、深い繋がりがあるので」
「結界の中には、簡単に入れるのよね?」
「ええ、簡単に入れます。ただ、出るには結界を破壊するか、マスターキーを使うかのどちらかでしょう。墓場は結界の内側にあるので、そこの霊脈を借りて、内側から破ります。あ、でも安心してください。こう見えて、四位を取ってるんで」
「頼もしいこと」
「はい、任せてください。それと、結界を破壊すると目立ってしまうので、ご了承ください」
「分かったわ。破ったら、すぐに中へ入るから。よろしく頼むわよ」
ライアと別れ、結界の外周に沿って、墓場の近くへ向かった。
墓場の近くまで来て、結界の内側へ足を踏み入れた。
そこには、ただ薄気味悪い病棟が建っていた。
結界へ視線をやる。目に魔力を込めると、結界の構造が糸の束のように浮かび上がった。
「このタイプか……」
医療現場などでも使われる、外部からの接触を断つことを目的とした結界の応用型だ。内側へは容易に入れるが、一度入れば出られなくなるやつだ。
鉱石をバッグから取り出した。
「これでいけるな」
鉱石には、昨日から丹精を込めて作ってきた回路が刻まれている。これがあれば、霊脈の力を存分に使って、結界を破壊できるはずだ。
鉱石を手に、墓場へ向かった。
普段は詠唱など挟む質ではないが、念には念を入れる。
「レノン・エルダの名において告げる_____」
一歩を踏み出した。
瞬間、世界と繋がった。
「汝の思いは僕が継ぎ______」
もう一歩。
やがて、人と繋がった。
「僕が生かし_______
僕が活かし_______
僕が繋ごう_______」
墓場に立った。
そして、死者と繋がった。
「その思いに応えてくれるならば、答えてください!!」
鉱石を地面に埋め込み、魔術を施した。
刹那、地面から光が溢れた。
「______________カタリュシス」
結界が崩壊した。
張り詰めていた糸が切れるように、光の破片が夜空へほどけていく。
◇◇◇
その夜、僕は一人、部屋でコーヒーを飲んでいた。
患者の診察を終えたのに、山積みになった仕事がまだ残っている。
その仕事を片付けるために、少しカフェインが欲しかった。
ステラはもう家に着いただろうか。そんなことを思いつつ、コーヒーをすすった。
ふと、窓の外に目を向ける。
花火のように、雪のように、結界が崩れていく。
「ああ、破られてしまったか。やはり一筋縄にはいかないな」
カップの中に映る自分の顔を見つめた。
「もうすぐ答えが分かるよ、エレナ」
◇◇◇
まともな寝床を見つけられて、やっと一息つける。そう思っていた。
「突然の申し出に応えてくれたオーナーさんには感謝しかないな」
そんなとき、ガラスが割れるような轟音が響いた。
窓から外を覗く。
「始まってしまったな、ファル」
返事はなかった。どうやら眠っているらしい。
かすかな光を放つ結界の破片に目をやった。
「あんたの自慢の弟君、生きてるといいな」
◇◇◇
「王、旧病棟で動きがあるらしいが、どうする?」
「そこら魔術師など、放っておけ」
「分かった。失礼する」
そんな会話を済ませ、王の部屋を出た。
昔のあいつとは変わってしまったな。昔なら、些細なことでも心配していたのに。
そんなことを思っていると、ユリウスが話しかけてきた。
「師匠、王様はなんて言ってたんですか?」
「放っておけとさ。それと、もう一つ新しい仕事だ。迷子のライアお嬢様を連れて帰れとのことだ」
「了解っす、師匠」
◇◇◇
イワン先生に怒られないように、遠出はせず、家の屋根の上から星を見ていた。
そんなとき、音が響いた。
「……戦争の狼煙が上がった」
やっとこの思いが晴らせる。そう思うと、気分が高揚せずにはいられなかった。
「私、頑張るから、見ていてください」
◇◇◇
山の麓にまで届くほどの、結界が崩壊する轟音が響いた。
「始まってしまったか」
視線を移すと、蝶が飛んでいた。
「この時期には珍しいな」
自然とため息がこぼれた。
「今回で終わらせてみせるさ、イヴ。
この長い長い運命を」




