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懐かしむ

「それで、アンタがエンを助けたのよ」

「へぇ、そんなことが」


 シトラの話を聞いて、空は目を丸くしながら相槌を打っていた。

 精密検査を受け、退院は可能だと言われた。ただ書類上の手続きに時間がかかるからとのことで、荷物もまとめ終わった空は待機していた。

 そして今、お見舞いがてら退院できるか確認におとずれたシトラに過去のことをレクチャーしてもらっていた。


「他人事ね。全部空がやったことなのに」

「まあ、あんまり覚えてないし」


 シュテルンの話が本当なら、空は三千年もの間孤独に耐えてきた。シトラたちにとっては数週間前の話でも空にとっては紀元前の出来事を話されているようなものなのだ。覚えていることのほうが少ないのも仕方がない。


「……本当に覚えてないの?」

「そんなに悲しそうな顔するなよ」


 覚えのない怯えているとも苦痛に耐えているともとれる顔になるシトラを安心させるために、空は苦笑を混ぜた微笑みを浮かべる。


「皆の顔を見てると、そんなこともあったなぁって懐かしむ程度には思い出してきてる。だけど実感がわかないんだ」


 嘘ではない。それは紛れもなく、空の本心だった。

 引っ越しをした人ならわかるだろう。一人暮らしをしている人も共感してもらえるかもしれない。

 かつて住んでいた、または実家に帰ったとき、懐かしさを感じることがある。

 ああここの公園まだあったんだとかあの家のおじさんは雷おやじだったなあとか、漠然とした懐かしさ。色々と記憶が溢れて懐かしいとは思うが、時間が経ったこともあり具体的には説明できない記憶。

 空が抱いているのも似たような感覚だ。経過した時間は異常だが、懐かしいと思う気持ちは変わらない。


「じゃあアタシのことも思い出してきてるってわけね」

「おう。当然シトラさんのことも思い出してきてるぜ」


 例えば初めての戦いの後に励ましてくれたこととか。何に動揺したのかまでは覚えていないが。

 シトラに何度も助けてもらったことは確かに覚えている。


「ねえ」

「ん?」


 バシィッ!!


「いてぇ!」


 空の額とシトラの中指が合わさり、轟音が医務室に響いた。

 痛みに転げまわる空。シトラは満足したように胸を張り、何度も頷いている。

 デコピンしたとは思えない音だ。自信家のシトラが満足するのも無理はない。


「何しやがる!」


 空は抗議の意味を込めて、シトラを睨みつけた。


「そのさん付け、止めてくれない?」


 睨みつけられて怒鳴られているのに、シトラには動揺はおろか微動だにしない。


「距離を感じるのよ。今まで呼び捨てだっただけに余計とね」

「それは……」


 距離がないわけがない。俺と彼女は敵同士だ。昔のような関係には戻れない。

 空は狼狽えた。理由は明かせない。しかしシトラの気持ちも理解できる。

 エンが救いの手を差し出してくれたときのように、空は彼女の手を払わなくてはならない。


「エンたちにも聞いたわ。二人にも同じ態度を取ってるみたいね」

「……悪いと思ってるよ。全員を傷つけているのも理解している」


 バシィッ!!


「二度目!?」


 空は再度叩き付けられた激痛に、両手で額を抑えて身悶えた。


「あのね。空が何に気を使っているか知らないけど、アタシたちにはそんなのいらないんだから」


 身悶えていることなど知ったことではないと、シトラが空の襟首を掴む。


「アタシたちは仲間なの。命を預け合う家族なのよ」


 真っ直ぐな瞳と空の視線が絡み合う。


「変に距離を取ろうとしないで。アタシたちに悪く思っているのならなおさら」


 共感覚を持っていない空でも分かる彼女の本心。

 とても眩しいと思った。


「――分かったよシトラ。そうだよ家族だもんな」


 頷くと、シトラが空の襟首を離した。


「ありがとう。また助けられた」

「べっ別に空のためじゃないから! あくまでエンやイリーナのためなんだからね!」


 どこかで聞いた口調で、シトラは勢いよく顔を背ける。

 髪の隙間から覗く彼女の耳は真っ赤に染まっていた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は今日午後6時更新予定です。

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