表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/133

力を持つ者

「はじめまして甲破空」


 光が集まってできたヒトは、一目で分かる軽薄な笑みを浮かべていた。


「お前は――俺?」


 黒い前髪は目元を隠すぐらい長く、暗い印象を相手に与える。髪の間から覗く死んだ魚のような目も拍車をかけるだろう。

 身長は高い。百八十センチメートルをギリギリ超えている。よく絡まれるからか筋トレをしているのだろう。肩幅は広く、がっちりとした印象を抱かせる。もっとも暗い印象を与えられた相手からすればただ物騒な人間だとしか思わないだろうが。


 見覚えがあるどころの話ではない。

 目の前にいる男は紛れもなく空本人だ。


「正確には違うがな。この姿はあくまでお前の姿を借りているだけに過ぎない」

「知らなかったぜ。シュテルンは変装が得意なんだな」

「違う。オレは実体を持たないんだ。虚空に話しかけてばかりだと寂しいだろ?」


 偽空がニヤリと笑う。

 殴りたくなる顔だ。俺もこんな顔だったんだろうか。

 空はダメージを受けた。初対面でイリーナに投げ飛ばされたのも納得だ。


「俺への配慮ってわけね。変なところで気が利いているんだな」


 ダメージを、それこそ頭を抱えたくなるぐらい受けた空。しかし態度に出すわけにはいかない。空の目の前にいるのはシュテルンだ。敵に隙を晒すわけにはいかない。


「お前らの目的はなんだ?」

「人類の救済」


 簡潔な答えが返ってきた。


「おいおい。お前らが何しているのか分かって言っているのか?」


 あまりにあっさりとした内容に、空は一瞬だけ思考が奪われたがすぐに取り戻す。

 シュテルンが人類の救済を謳う。それは有り得ない。シュテルンは人類の敵だ。救済をするというのなら、まずはシュテルンそのものが滅びるところから始まる。


「理解しているとも。お前らエイロネイアを名乗るレジスタンスが勘違いしていることもな」

「勘違いだと? お前らは実際人間を拉致しているだろうが」

「確かにそちらからは拉致しているようにしか見えないだろう」


 シュテルンは確かにそうだとばかりに何度も頷く。

 なんとムカつく顔立ちだろう。殴り飛ばしてやりたい。貴重な情報を手に入れられそうだから我慢しなければならないのが恨めしい。


「ではオレは拉致した人間をどうしていると思う?」

「どうしているって、殺しているとか奴隷として扱っているとか?」


 考えたことがなかった。

 もしも滅ぼしたいのなら攻撃するだけでいい。わざわざ人間を連れ去る必要はないはずだ。

 実際にシュテルンが人を拉致するところを、空は見たことがない。戦闘が行われるのは高度一万メートル。生身の人間がいられる場所ではない。

 思い返せば健太郎から話を聞いただけだ。空はシュテルンが本当に拉致しているのかすら知らなかった。


「知らないだろう? お前らはオレを敵だと殺意を向けるが、目的も何も知らされていない」

「仕方ないだろ。お前らは正体不明の敵だ。情報のほとんどは掴めていない」


 声が震えてはいないだろうか。


「そうか。ならば教えてやろう」


 殴りたくなるぐらいの不敵な笑みを刻んでいるのだろうが、空はシュテルンの顔を直視できない。


「オレは人間たちに第二の故郷を提供している」

「はぁ?」


 しかしシュテルンは顔を逸らすことすら許してくれないらしい。

 あまりに的外れの言葉に、空は懐疑的な視線を叩き付ける。どうだ素晴らしいだろうと自慢げな顔に右腕がピクリと動いた。


「そもそもそちらの世界は緩やかに崩壊を始めている。気にならなかったか? お前らの世界で使う燃料はどうして尽きないのかを」

「それは……」


 異世界の超テクノロジーだと思っていた。恐らく空の考えは外れだろう。


「簡単だ。核反応によって生じた放射能を噴出している。これにより超長距離の移動を可能にしているんだ」


 勉強が得意ではない高校生だった空でも、核はよくないものだと知っている。


「お前らが戦えば戦うだけ、海も大地も空も汚染されていくんだ」


 もしもシュテルンの言っていることが真実だとしたら、確かにその通りだ。戦わない方がいい。

 敵の言葉でなければ信じていた。


「建物がすべて地下に入っている光景も見たはずだ」

「ああ。お前らに対抗するために」

「違うな。放射能汚染から逃れるための苦し紛れの策だ」


 いつの間にかシュテルンの顔から笑みは消えていた。


「オレは放射能で人類が住めなくなる前に、人類をほとんど似た環境に移している。オレは人類を救おうと働いているんだ」

「信用できない」

「だろうな。信じてもらえるとは思っていないさ」


 シュテルンはやはり淡泊に引き下がった。

 シュテルンは先ほどから笑ってしまうほどの衝撃の事実を暴露していくが、どんな内容でも無理やり信じさせようとはしてこない。空が首を横に振れば即座に一歩引く。

 その態度が逆に信憑性を与えていた。信じようが信じまいが本当のことだと告げているようだった。


「だけど人類の受け皿ぐらいは知っているはずだ。まあ先ほどまで見せていた夢がその答えなんだが」

「いっいやいや。嘘だ。俺は異世界から来た。お前とは何の関係もない」


 空は左右に勢いよく首を振った。さすがに有り得ないと思った。

 先ほど見せられていた夢、空が元いた世界が人類の移住先なわけがない。知り合いが、友人が、家族が元は別な世界から来ていたなんて有り得ない。外国人の移住ですら戸籍の手続きをしなければいけないのだ。異世界の住人は書類に何を書けというのか。異世界から来たという非常識な人間の話なんて聞いたことがない。


「本当にそう思うか? ゲームの報酬に異世界に連れていける存在が、他にいると思うのか?」


 信じられない。しかしすべてシュテルンの言う通りだったとすれば、辻褄が合う。

 空は自分が異世界に渡ったのはエイロネイアで信号機を撃墜したからだと考えている。健太郎の話ではゲームを攻略した人間のほとんどがシュテルンの手の中にあると予想していた。

 ではどうして、行方不明者が出てくるゲームが公共の場で稼働し続けたのだろうか。どうしてシトラたちの乗っていた機体がゲームに登場するのだろうか。


 もしシュテルンが裏で手を回していたら、問題はすべて解消する。

 敵として幾度も戦ってきたのだから、この状況ではこう動くというデータは集めやすいだろう。そうして集めたデータを使ったシミュレーションの舞台を作り、撃墜した者を兵士として採用する。

 なんと効率的だろう。空みたいなコアな人間なら勝手に訓練されていくのだから。

 ゲーム好きな兵士を別世界に送り込めるのなら、その逆もできるはず。

 すなわち、空の家族がいる世界を環境汚染された世界の受け皿にすることだって――。


「有り得るかよ」


 そこまで考えて、空は吐き捨てるように呟いた。


「そう有り得るのだよ。お前はオレの世界の住人だ。ああ安心しろ。お前は世界を渡ったりしていない。純粋にオレの世界で生まれ、育った。善良なる一般市民だ」


 そりゃどうも。気を使わなくていいから今すぐくたばれクソ野郎。

 両手を広げてまるで劇団員のように話す自分の現身に、空は胸中で中指を立てた。


「オレはあの世界を、すべての人間を救う義務がある。それが力を持つ者としての役目だ」


 中二病もここまで来ると痛々しい。

 残念なのはシュテルンが本当に力を持っているということだ。救うかどうかは別として。


「空。お前にオレの手伝いを頼みたい。具体的には、邪魔者を排除してほしい」

「それは、信号機を、シトラたちを殺せってことか?」

「死にはしない。オレが死ぬ前に救ってみせる」


 空の前に右手が差し出される。

 空は差し出された手を全力で、それはもう赤ん坊のころから培ってきた喧嘩のテクニックをフル活用して、叩いて拒絶した。


「断る。俺はお前の敵だ」

「そうか残念だ。もっと話が分かる奴だと思っていたんだが」


 弾かれた手を数秒眺めて、シュテルンはため息を吐いた。敵を生かす理由はない。手段は不明だが処刑する気になったのだろう。

 空は殺されてもいいと思った。知りたくなかった真相は、とても空一人で抱えられるものではない。

 後悔があるとすれば、勝ち逃げになってしまうことぐらいだ。


「ならば気持ちの整理がつくまで待つことにしよう。三千年ぐらい」

「さんっ……!?」


 だがシュテルンはことごとく空の予想外の行動に出る。


「ああ心配するな。ここは向こうの世界と違って時間の概念は操作できる。向こうにとっては一日程度の出来事だ」


 そう言って、空の姿をした宿敵は光の粒子となって消えた。

 残されたのは空一人。辺りは果てのない青が広がっている。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は明日午前8時更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ