足りない
「大変だったんだね。俺だったら耐えられないや」
「そう思うなら助けてくれよ」
ヘラッと笑う親友に、空は飲み干した紙パックを潰して半眼になる。
昼休憩、窓際一番後ろの机。それが空の席だ。
健太郎は前の席の女子生徒を笑顔でどかし、窓に背を預けるようにして座っている。退けてもらうよう頼んだとき女子生徒が黄色い声援をあげていた。イケメン死すべし慈悲はない。
今日の昼飯は野菜ジュースだけだ。それで足りるのかと言われれば当然足りないが、いつもあまり食べなかった。なんだか今日は腹が減りすぎているような気もするが。
「できるわけないだろ。家族の問題だ。俺が手を出したらいけない」
「チッ、肝心なときに使えないなお前は」
「それが親友に対する言葉かね」
お前いつも助けてくれるじゃん。主にイチャモンつけられたときとか。
黒い笑顔で詰め寄る健太郎を何度も見ている身としては、戦力の一つに考えてもおかしくない、と思う。
「俺も」
「あん?」
「俺もあんまり遊ぶなって言われた。ゲーセンにも行くなってさ」
健太郎は顔をしかめている。どうやら冗談ではないらしい。
「ああそうか。健太郎の家って代々弁護士なんだっけ?」
「ああ。本音を言うと空とつるんでること自体家族はよく思ってない」
「まあ、こんな見た目だしな」
そりゃあ弁護士ともなれば真面目な人間だろう。偏見だけど。
少なくとも息子が非行少年と一緒にいていい顔はしないはずだ。どこの親でも一緒だろう。
我ながら悲しくなってくる。ちょっといやかなりゲームが好きなだけなのに、お前路地裏で人とか殺してるだろみたいな顔つきのせいでよく誤解される。
昔からだから今更訂正しようとも思わないが。
「今まではちょくちょく目を盗んでたんだけど監視の目を増やすって激怒してさ」
「おいおい大丈夫なのかよ」
「心配すんな。気付かれる前に帰ればセーフだ」
「おっおう。ホントお前の肝の据わり具合は感心するわ」
監視の目増えるって、どこの坊ちゃんだよ。かいくぐるのが前提だし、どうせ時間通りに帰らないだろお前。
色々言いたいことはあったが、空はあえて追求しなかった。何故なら彼は大人だからだ。
「だからさ」
「分かってるよ。今日こそ決着をつけてやる」
空は答えて、潰した紙パックを窓際一番前に置かれているゴミ箱へと投げる。目測は外れ、紙パックは床に落ちた。
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瞬殺だった。
「あれ?」
初めて見るゲームクリアという文字。だが、空は納得がいかなかった。
「こんなに簡単だったか?」
そう簡単すぎるのだ。エイロネイアは誰もクリアしたことのないゲームだ。その中でも攻略不可能といわれていたチートボス三機を、たった一分でクリアできるわけがない。
「まるで覇気を感じない」
違和感はそれだけではない。
ディスプレイ越しに伝わってくる、肌を焼くような敵意を感じなかった。それに墜としたときも静かだった。いつも負けるたびに悔しくて叫ぶ声があったはずなのに。
「ああ、そうか。そうだよやっと分かった。何かが足りないと思うわけだ」
何かが物足りないと思っていた。まるで常に喉が渇いているみたいに、空は何かを求めていた。
決して空腹を訴えていたわけではない。食事中も戦術を議論してくるやつがいなかった。甘えた声を出すやつもいなかった。メインデッシュを無言で取っていくやつもいなかった。
「俺に足りないものはライバルの存在」
そう。足りなかったのは心底負けたくない相手。常に真剣勝負じゃなければ勝てないような、実力が拮抗した三人の少女。
「ひょうきんなくせに抜け目のない奴や言葉少ないけどおしゃべりな奴」
空は目を閉じる。ヘラヘラしている少女や無表情な少女の顔が思い浮かぶ。
一瞬とはいえ彼女たちとの思い出を忘れてしまっていたことに、空は心の中で手を合わせる。
「そして、何度打ち負かそうと決して負けを認めない最強のライバルがいないんだ」
常に自信満々の自称策略家。
思い出すだけでも殴りたくなるような少女が、空の周りにはいたはずなんだ。
「見ているんだろシュテルン。俺が平和に埋もれていく様子は面白かったか?」
エイロネイア、シュテルンを倒す組織ではなくてゲーム機の、から外へ出る。
青空とそれを映す鏡のようになっている湖の上に空は立っていた。足を動かすと水面に波紋が広がっていく。ゲームセンターにいたはずだったんだが、どうやら相手は隠す気をなくしたらしい。
大した驚きはなかった。空が離れたのを見計らったかのようにコクピット型のゲームが湖の中に沈んでいったが驚かない。気付けなかったときの可能性は考えないことにした。
「そのまま牙が抜けていくのであればな」
空の前に光が集まって、ヒトが出現した。
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次回は今日午後6時更新予定です。




