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勉強してんのか

 俺はすべてを知っていた。


 敵を知り、味方を知り、戦いの意味を知っていた。

 故にこの戦いに価値はなく、この戦いに勝ちはないと知っていた。

 きっとエイロネイアという組織はただの悪あがきに過ぎず、きっと俺の抵抗は駄々をこねる子供程度にしか受け取られていない。


 俺はすべてを知っていた。

 正義が正しくないと、家族を失った少女の悲しみこそ救うべきなのだと、俺は知っていた。




~~~~~~~~~




 けたたましい機械音が朝の到来を告げる。


「……ぅーん?」


 ベッドから手だけが伸び、携帯に設定した目覚ましを止めた。

 カーテン越しに突き刺さる光が部屋全体を照らし、お世辞にもキレイとは言えない全容を明らかにしていく。そういえば部屋を片付けろといつも言われていたっけ。


「空ー、遅刻するわよー」

「はーい。起きてるよー」


 二度寝に突入しようとしたが、部屋の外から飛んできた声が空の睡眠を許してくれない。

 仕方ないので空は温もり恋しいベッドを蹴り飛ばして、服を脱いだ。そしていつもの青い制服ではなく、空の通う学校指定のブレザーに着替える。ネクタイを締めるのは久しぶりだ。

 空は自室を出ながら首を傾げた。休みたいとは常々思っていたけど、学校はサボっていなかったはずだ。どうしてネクタイを締めるのに懐かしさを感じる? 


「ようやく起きたか」


 リビングの扉を開けると、新聞を広げた壮年の男がジロリと睨んできた。眼鏡をかけて新聞って、オールドタイプにもほどがある。もしかしてもう老眼が始まってしまったのだろうか。それなら少しぐらいは同情してやってもいい。


「親父。珍しいなこんな時間に」

「今日は早番だったんだ」


 会話自体何か月ぶりぐらいだろうか。記憶から引っ張り出さないといけないぐらい昔なのは確かだ。

 空の記憶にある父親は部屋で寝てばかりだった。一緒に食事をとるなんてそれこそ何年ぶりとかになるかもしれない。


「夜勤に早番とかあんのか?」

「あるとも。人手が足りなければな」

「確か製造業だろ? 大変なんだな」


 社会人というのも大変らしい。同情する。

 空は父親に合掌した。数年後自分も合掌される立場になるとは夢にも思っていない。


「まっ平和のためになるんだ。多少は我慢できる」


 確か自衛隊でも使われる部品を作っているんだったか。

 別に戦争しているわけでもないはずだが、空は興味がわかなかったので黙ってコーヒーを流し込んだ。

 何だか物足りない。砂糖が入っていないからだろうか。


「じゃなくてだな」


 新聞から空に、鋭い父親の目つきが移った。


「お前、勉強してんのか?」

「んだよ藪から棒に」


 焼けていたトーストを噛み千切って、空は面倒だと瞳で訴えた。

 空が将来について考えるにはまだ時間があるはずだ。


「もう一年で卒業だろう? なのにお前ときたら春休みも寝てばかりで」

「そうよぉ。春休みは寝てばかりで部屋からほとんど出てこなかったじゃない」


 父親だけが相手かと思ったが、台所で皿洗いをしていた母親まで参戦してきた。

 二対一では分が悪い。


「そうだったっけ? ……だったかも」

「それから、ゲームセンターに行くのは控えなさい」

「……あ?」


 空の顔色が不機嫌一色に染まった。


「エイロネイア、だったか? 父さんも色々調べたんだ」

「お母さんも調べたわよ。ゲームするだけ損するんですってね」


 両親の口撃に空は怒りをぶつけそうになるが、必死に押しとどめる。


「損じゃない。確かに攻略は難しいかもしれないけど、続けていればきっと」

「継続は力なり。父さんも確かにそう思うが、それとこれとは話が別だ。聞くところによると、ゲームクリアした人はいないそうじゃないか」


 そう言われてしまうと、空は何も言えなくなる。

 確かに言う通りだ。エイロネイアは世界中でまだ一度も攻略されたことのない珍しいゲームだ。毎日ゲームセンターに通う身として、どれぐらい人気がないのかも理解している。


「空。さっきも言ったがお前の高校生活ももう一年しかないんだ。後悔してほしくないんだよ」

「……進路なら、やりたいことならもう決めてる」

「へっ? そうなの?」


 空の告白に、何も聞いていなかった母親が素っ頓狂な声を出す。


「俺は自衛隊に入る。戦闘機のパイロットになりたいんだ」


 エイロネイアのおかげで気付いた感動を、空はもっと味わいたかった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は今日午後12時更新予定です。

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