信号機
シトラたち三人の美少女と別れ、空は健太郎と共に船の中を移動した。軽く息が上がるぐらい移動した。少なくとも漁船などという民間人が所有するものではないということは無理やりでも理解させられる。
エレベーターに乗り、艦橋に到着した。見晴らしがよかった。といっても雲は広がっているわ海は変わらず青いわという何の変哲もない光景で、有難みは感じられなかったが。
ディスプレイ。ディスプレイ、ディスプレイ。辺り一面にあるのはディスプレイの山とその前で焦ったようにキーボードを叩く焦った顔の人間たち。恐らくこの艦橋は司令室も兼ねているのだろう。そうでなければ、居心地が悪すぎる。
「戦闘準備だ! 総員配置につけ!」
健太郎の指示によりテキパキと周りが動いていく。シトラたちと同じような青い制服を男女ともに着ていることからして、彼らはやはり軍人なのだろう。空母というのも信ぴょう性が増してくる。
「どうして俺を連れてきた? 部外者は邪魔になるだけだろ」
手持ち無沙汰な空は覗き込むようにしてディスプレイをただ眺めていた。索敵専門のレーダーがいくつものウィンドウに映し出されているようだ。中にはエイロネイアで見た覚えのあるものもある。
「百聞は一見にしかず、だ。お前の質問に答えるのに、実物を見せない手はないだろう?」
健太郎は雪崩のように指示を仰いでくる人間たちへ的確な受け答えをしつつ、空の疑問にすら反応を示してみせる。特殊メイクではない、顔に刻まれた深いしわたち。空の知らない親友の年月が明確に二人の差を広げていた。
「俺たちが呼ばれた理由を、この世界での敵の存在をな」
「目標捕捉! 十二時の方向、距離三百!」
艦橋に、名も知らない男性の声が響き渡った。同時に緊張が走って全員の顔が強張る。
全員の視線が、外へと向けられていた。その先には灰色の雲がもうもうと広がっている。
一機、姿を現した。
光沢のある不自然なまでに凹凸のない円盤型。まるで未確認飛行物体のようだ。とても人間が乗っているようには見えない。
一機だった円盤はやがて十機となり五十機となり、数えきれないほどに増えていった。空一面に広がっている円盤たちは、それなりに壮観な景色だ。
「三人を出せ!」
健太郎も円盤を確認して、すぐに声を張り上げる。作業をしていた人が反応してキーボードを叩き出した。
『シトラ・バール・レイ』
『エン・ジュンシン』
『ん』
『『出撃します!!』』
司令室に、機械越しに響く鈴の音のような声が響く。どんな混乱の最中でも聞こえるように最大まで音量を上げているのだろう。空は耳鳴りがしたが、不思議と不快感はなかった。
エイロネイアでしか聞いたことのない振動が速くなるような音、キィイインという甲高い音が三重で聞こえてくる。また耳鳴りがしたが、音の正体が信じられなかった空は大して気にならなかった。
円盤は空を飛んでいる。健太郎は円盤を敵と言っていたし、この船は空母だとも言っていた。つまりこの船には空を飛ぶものが載っていることになる。
そして空はこの音の正体を知っていた。エイロネイアで聞き覚えがある時点でエンジン音だと確信は持てていたし、音の微妙な違いも攻略の手がかりにならないかと耳にタコができるぐらい聞き込んだのだ。間違えているとは思えなかった。
空の予想を裏付けるように、三色の光を尾に引いて何かが空母から飛び立っていった。
「――信号機」
空は息を呑んだ。
円盤に相対するために空を舞う戦闘機三機。すぐに戦闘が始まり、目まぐるしい速度で所せましと動き回っている。機体にはそれぞれ赤、青、黄色にカラーリングされており、流線型のフォルムに大きな二つの翼。二つのエンジンの排気口付近にも一対の翼を備え、機体とほとんど鉛直に立つ尾翼も二つ備わっていた。武装の姿は見えないが、空は機内に収納されていると知っていた。
それは紛れもなく空の青春をかけて敵対したエイロネイアの規格外ボス、信号機だ。
「任せたぞ三人とも。一機たりとも残すな」
『了解』
『もちろんや』
『ん』
現実に存在するはずのないものに、文字通りゲームが現実に出現したことに言葉を失っている空の横で、健太郎は自分専用のディスプレイに話しかけ、少女たちからの頼もしい返事に微笑む。
しかし彼は司令官だ。すぐに表情を引き締めると、ディスプレイを叩いている職員たちに二つ三つ指示を出す。半分ほど単語の意味が分からなかったが、それでも警戒しろという内容だったのは理解できた。
「あれが俺たちエイロネイアの誇る最高戦力だ。実力については説明するまでもないよな?」
指示を出し終えた健太郎は一度頷き、恐らく自分が説明に意識を向けてもよいと判断したのだろう、いつも浮かべていた微笑を空へと向けた。
確かに説明されるまでもなく、空は信号機の実力をその身をもって知っている。今も大した時間が経っていないにも関わらず、すでに円盤の数は半数近くまで減っていた。
「なるほどな。確かに異世界だ。宇宙からの侵略者も信号機もあり得ない。実在するってんなら、俺が知ってる世界じゃないってのはしっくりくる」
渇いた笑いが出てくる。
異世界なんてあり得ない。だが目の前にあるゲームが現実になった光景だってあり得ない。どちらもあり得ないのなら、片方が存在している以上両方正しいと考えられる。
「俺の知ってるエイロネイアとは違うな。お前が名付けたのか?」
「ああ。信号機の性能も俺のノートが基礎だ」
「勉強熱心だったもんな」
空はどこか感情のこもっていない声音で腕を組んだ。
信号機の攻略に当たり、ノートにメモしようと言い出したのは健太郎だ。空はどうせ頭に入れなければいけない、プレイ中にノートは読めないと消極的だった。何より一々メモするのが面倒だったからだ。しかし、それなら全部メモするからと健太郎に言われ、空は渋々従った。結果として攻略の大きな助けになったから、今では感謝している。
「あの円盤はなんだ? 敵なんだろ?」
「俺たちはシュテルンと呼んでる。数だけが取り柄の雑魚どもだ」
健太郎の声に感情が乗っているような気がした。何かがあったのだろう。だけど空にとってはどうでもよかった。
「ふぅん。たくさんのUFOってことは人さらいでもすんのか?」
「……」
「マジかよ。陳腐だな」
健太郎の無言を肯定とみなし、空は思わず鼻で笑った。
「……空、大丈夫か?」
「何言ってんだ、大丈夫に決まってんだろ」
健太郎に内心を見透かされても、空は鼻で笑うだけだ。
ここは異世界で、数年経ったであろう風貌の健太郎がまだいる。
つまり帰り道はない。
帰れないのなら諦めるしかない。人間諦めが肝心だ。
健太郎の心配そうな視線を無視して、三機の動きに注目する。簡単な話しかしていなかったのに、もう円盤の数が目に見えて減っていた。
「ははは。さすが信号機だやっぱり強ぇ」
笑いながら、空は条件反射で信号機の動きを読み始めていた。赤が右に旋回し、黄色が赤が撃ち漏らした敵を追い越し、青が赤と交差するようにミサイルを飛ばして数を減らす。行動パターンのほとんどがエイロネイアで空がしのぎを削っていたときと同じようだ。
「空……」
「健太郎、いや司令官殿。戦闘はもうすぐ終わるぞ。指示を出さなくていいのか?」
何か言いたそうにしていたが、健太郎はすぐに司令官へと戻って数分で戦況を鎮めた三人に通信を飛ばした。
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次回は明日午前7時頃更新予定です。




