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強いとは思うけど勝てないほどじゃない

 恐ろしくスムーズに敵を撃退した三人の英雄は、息をするようにこの空母へと帰還し、まっすぐ司令室に報告に来た。報告、と言ってもほとんど目視できたのだから大した内容の報告ではない。精々どれぐらいの損傷でどの武装をどれだけ消費したか言うぐらいだ。


「三人ともご苦労様」

「おおきに」

「ん」

「あの程度、どうってことないわ」


 報告を聞いて、健太郎は微笑みとセットにして労いの言葉を贈る。


 エン、イリーナ、シトラの順で誇らしい表情を浮かべてそれぞれ態度で答える。三人ともどことなく自信に満ちた表情だった。俗に言うドヤ顔だ。全員が美少女じゃなければ空はぶん殴っていた。それぐらい自信に満ちていた。


「クソ生意気な連中だと思ってたけどお前ら強いんだな。誤解してた」

「本人を前にして言うことじゃないと思うで? いくら本心でも」


 空の正直な賞賛に、エンが苦笑いを浮かべてツッコミを入れる。


 しょうがないじゃないか。本心なんだから。


 空はまったく反省していなかった。


「別にいいだろ。有無を言わせず人を拉致したくせに」

「ん? どういうことかな?」


 空が三人に胡散臭い目を向けると、すぐに親友が反応を示した。エンとイリーナが分かりやすいぐらい焦った表情に変わる。


「い、いや違うんやで司令官。抵抗しようとしてたから仕方なしにな」

「んっんっ」


 イリーナが無表情を崩してまで何度も頷いて、エンの言葉が正しいと必死に訴える。


 健太郎がそんなに怖いのだろうか。確かに微笑みは変わっていないにもかかわらず、背後に黒い何かが見えているような気がするが、慣れれば怖がるほどではないだろうに。


 空は内心首を傾げていた。目つきの悪さのおかげあってか荒事に慣れている彼は、悲しいかな自分の感覚がマヒしている自覚がない。


 ――まあ面白ければいいか。


「抵抗ね。勝手に人の家に入ってきて寝込みを襲って投げ飛ばしといて、無抵抗でいられる奴いないと思うけどな」


 空はわざとらしく顔を手で隠して悪意あるまとめ方の要点を何の躊躇いもなく口に出した。手で隠した口元が大きく吊り上がっているのは気のせいだ。


「三人とも? 俺は丁重な扱いを頼んだはずだけど?」


 健太郎が小さく首をひねる。なんということでしょうたったそれだけで威圧感二割増し。二人の口から小さな悲鳴が漏れた。


「ちゃうんや。ちゃうんやで司令官」

「んっんっ」

「全部イリーナが勝手にやったんや」

「んーっ!?」


 そうだそうだ私たちは悪くないぞーとばかりに首を上下に激しく揺らしていたイリーナが、仲間だと思っていたエンに裏切られて悲鳴をあげた。そんなに感情豊かだったのか、と空は自分で騒ぎを大きくしておきながら他人事のように思った。


 確かに寝込みを襲ったのも惚れ惚れするような一本背負いを披露してくれたのもイリーナだ。そこまで考えて空は思った。あれ、もしかして俺嫌われてる?


「へぇ……連帯責任って知ってる?」

「嘘やろ!?」


 顔か、言動か、それとも体臭か。空は嫌われた理由を調べるためにとりあえず自分のシャツのにおいを確認しているとエンが叫んだ。


 見ると健太郎は楽しそうに笑っている。あの顔は空が言いがかりを力づくで振り払った相手に見せていたときのものだ。噂では三日三晩夢に見るとか見ないとか。


「んっんー」


 イリーナが語尾に音符が付きそうなぐらい上機嫌な声でエンに指をさしていた。相変わらず言葉を離さないがだが、彼女が何を言っているのかすぐに理解できた。ざまあみろ、だ。


「はぁ。司令官。全部アタシの指示よ。責任ならアタシが取るわ」

「シトラ……」


 健太郎とエンたちのやり取りに参加しなかったシトラが、ため息を吐いて後頭部に頭を置きながら軽く責任を背負った。


 エンとイリーナが目尻に涙をためて救世主を見るような目で彼女を見ていたが、空は見ないふりをした。美少女二人の涙目はくるものがあった。思わず嗜虐心をくすぐられるが、ちょうど潮時だとも感じていた。だから何もなかったと自分に言い聞かせる。


「でもその前にちゃんと説明して。その男は何者で、どうしてアタシたち全員に回収させたのか」

「うっ」


 吊り上がった青い瞳が向けられて、よからぬことを考えていた空は不意を突かれて声を詰まらせた。彼女の眼光は鋭い。それだけでひ弱な草食動物なら殺せてしまうのではないかと思ってしまうぐらいの切れ味だ。


「大事な戦力だって説明しただろう」


 健太郎はエンたちに向けていた楽しそうな笑顔を引っ込めて、真面目な微笑を浮かべてシトラの疑問に答えた。


 ――いや待て初耳だぞ。いつから俺はお前らの仲間になった。


 自分が予想外の関わり方で話に参加して、空は意識を真面目な傍観者へと切り替えた。手始めにエンとイリーナは極力視界に入れないようにしたいと思う。


「戦力ってだけじゃ納得できないわ。イリーナが懐いている以上、変な野望は抱いていないようだけど足手まといでないという証明にはならない」

「確かにな。共感覚を持っているようにも見えへんし」


 空の努力は話題にあがったイリーナと会話に参加してきたエンにより早くも挫折した。彼女たちも真面目な表情を浮かべて健太郎に意識を向けていたから、一人で悔しがっている空は気付かれなかった。


「――共感覚?」

「信号機の機体に搭載されている特殊機構だ。彼女たちにしか扱えない」


 注目されなかったことをこれ幸いと空は一人で小さく咳払いしてから聞き覚えのない単語を繰り返した。


 今まで空が非現実だと思ったもののほとんどはゲームのエイロネイアにも登場していた。信号機しかりディスプレイに映っていたレーダーしかりだ。しかし、共感覚というものは廃人ゲーマーである空も聞いたことがなかった。


 健太郎が空の疑問に簡単に答える。信号機専用の特殊装備。空と年の変わらない少女たちがチート性能を乗りこなしている理由はどうやらその共感覚とやらにあるらしい。


「文字や音に色が見えるって話を聞いたことあらへんか? ウチらはそれぞれその感覚を持っとるんよ。ちなみにウチは音に色を感じるで」


 共感覚とやらについて後で調べるかと考えていると、エンが簡単ながらどのようなものか教えてくれた。


「聞いたことないな。なんだ超能力か?」

「ただの知覚現象よ。ほらやっぱり知らないじゃない」


 シトラは吐き捨てるように空から視線を外して、今度は健太郎を射抜く。


 生物を射殺しそうな視線も健太郎はどこ吹く風だ。どうも慣れているらしい。案外シトラが問い詰めることが多いのかもしれない。


「説明して司令官。今更一般兵を補充しようとするその理由を」

「……困ったな。生半可な理由じゃ納得してくれそうにない」

「当然よアタシはリーダーなんだから。最善を尽くす義務がある」

「本当は君たちには隠していたかったんだが」


 シトラが一歩詰め寄り、健太郎は後頭部に手を置いて苦笑いを浮かべる。


 彼女たちが信号機だというのなら、実力は折り紙付きだ。先の戦闘でも三機しか見なかったから、共感覚とやらを持っていない人間は戦闘機に乗らないようだ。戦力としては信号機だけで十分お釣りがくるのだから、わざわざコストをかける必要もない。空が戦力だからと説明されても納得できないのは無理がない。


 一瞬だけ健太郎から空へアイコンタクトが送られてきた。すまないと言われている気がした。


「彼、甲破空は君たち三人が束になっても敵わないほどの技能を持っている。だから共感覚を持っていなくても活躍してくれると思ったんだ」

「おい健太郎。それはゲームの話だろ」


 空は確かに信号機を落とした。しかしそれはあくまでもパターンでしか動けないプログラムを相手にした場合だ。何事もゲームと現実は違う。彼女たちが生きている限り信号機の実力は進化するのだ。勝てると断言するのは難しかった。


「は、はぁ? 正直に話すつもりはないってわけ?」


 シトラが不満そうに眉を寄せる。憎たらしいほどの自信に満ちた彼女だ。恐らく最強の戦闘機乗りであることがその自信の裏付けなのだろう。最強であるからこそ、自分より強い人間がいるという話は冗談にしか聞こえない。


「いや本当だ。なあ空」

「あー……あぁ。強いとは思うけど勝てないほどじゃない、と思う」


 健太郎に改めて問われ、空は迷った末に頷いた。


 三人の動きはほとんどパターン通りだった。生きた相手が予想外の反応をすれば負けるのは確実だが、少なくとも可能性はあると思えた。一ヶ月前なら絶対に首を横に振っていたが、空の手にはまだ感覚が残っているのだ。パターン通りなら負ける理由が存在しない。


 別に、ようやく振り回された仕返しができるとは考えていない。内心でほくそ笑んだりしていない。


「ほっほーぅ?」

「……ん」

「本人を前に大口叩くなんていい度胸してるじゃない。じゃあ証明してもらいましょうか」


 エン、イリーナ、シトラの顔つきが変わった。自信のある分野で面と向かって自分より上だと言われたのだ。内心穏やかではないし、是非ともその大口叩く実力を計りたいと考える。


 もしややってしまったかと気付いたが時すでに遅し。三人の美少女はそれぞれ空に何かを求めているような熱い視線を注いでいた。


「いやいや、本物の戦闘機に乗った経験なんてないぞ」


 それはもう嵐の中を旅する客船のごとく心が揺らいだが、空はなんとか三人の期待を振り払って事実を喉から絞り出す。空はゲームセンターに連日連夜通っていただけのただの高校生だ。いくらリアルさが売りとは言ってもゲームでしか大空を舞ったことがないのだから、実際に戦闘機を乗りこなせるわけがなかった。


「大丈夫だ空」


 健太郎が親指を立ててにこやかな笑顔を見せていた。空は不安になった。


「シミュレーション機なら四台ちゃんと用意しているから」


 健太郎は楽しそうに、生の信号機との対戦が実現すると断言した。シトラたちがそれぞれ気合に満ちた様子で喜んだ。空は面白がっている親友をいつかぶん殴ってやろうと心に決めた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は明日午前7時頃更新予定です。

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