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道具

 光源がモニターの光ぐらいしかない薄暗い部屋。コンクリートがむき出しになっておりとても衛生的には思えない。部屋の中央には簡易ベッドが一つ置かれており、光源代わりのモニターたちが囲うようにして天井から伸びたアームに固定されている。その数は六。モニターは家電量販店で買えるパソコンでは一台に付き二画面しか繋げられないそうだから、単純に考えて一般的なパソコン三台よりスペックの高いものを使っているのだろう。変態科学者の癖に。


「さぁイリーナさーん。楽しみましょーかー」

「ん……」


 イリーナは簡易ベッドに仰向けで寝ていた。どうやら意識はないようだ。ネオン教授の粘っこい声にも反応が乏しい。


「あーあー、だいじょーうぶでーす。いつーもみたーいに、たーだ任せてくださーい」

「よしっ、教授は気付いていないな」


 部屋の隅、乱雑に積まれた空き箱に隠れるようにして、空は呟いた。

 突き止めろとの命令を受けたが、建物が一つもない町中で尾行するのはほぼ不可能だ。身を隠すところがない。そのため、イリーナを連れて自分の研究室へと帰っていくネオン教授をチートパイロット二人が本気を出した。

 エンが広域レーダーで教授の拠点を導き出し、シトラが空を運ぶ。ネオン教授の扉はパスワードを入力しないと入れないようになっていたが、自称天才が適当に入力して解除した。根拠はあったみたいだが話を聞く時間がなかったのとところどころに挟まる自慢が鬱陶しかったので真面目には聞いていない。


「しかーし、ずいぶーんとおいしそーうになりまーしたー。いつも味見してーるかいがあーったといーうものでーす」


 静かな部屋だ。布の擦れる音であっても空の耳まで届く。心なしかネオン教授の声も弾んでいるような気がした。

 空は慎重に、ここでバレてはすべて水泡に帰す、ネオン教授の様子を確認する。

 彼はイリーナの服を丁寧に脱がしている真っ最中だった。


「――んっ」

「きょーうせーいにも艶がでてきまーした」


 イリーナの胸を乱暴に掴んで、実に気味の悪い笑みをこぼす。


「まーさかこんなーにもはやーく気付かれーるとは思いませーんでしたねー。あーのおとーこはほんとーうにめざわーりでーす」


 布の擦れる音が途切れると今度は水音が部屋に響いた。もう一度二人の方を覗くと、ネオン教授がイリーナの口に貪りついている。


「しこーみはおわりまーしたー。そろそーろ本気を出-してもいいかーもしれませーん」


 カチャカチャと音がする。何かを外しているのだろう。だけどイリーナはとっくに衣服を脱がされている。

 これから行われるであろう行為に、空は寒気がした。


「――そこまでだ!」


 空は物陰から飛び出し、躊躇わず拳銃の引き金を絞る。一瞬の耳鳴りと火薬のにおい、腕の痺れを与えた一発の弾丸は、照明代わりのモニターを貫通した。


「おやー? まさーかつーいてきたのでーすかー?」

「イリーナから離れろこの下種野郎」


 カチャカチャとベルトを絞め直しているネオン教授に、空は痺れる右手を左手で支えながら銃口を向ける。

 次は外さない。


「ごあーいさつでーすねー。わたーしはちょーうせーいをしよーうと」

「お前の弁論は聞いてないし聞くつもりもない。離れないなら撃つ」

「こわーいでーすねー」


 ネオン教授は両手を上にあげて壁際まで移動した。暗がりに紛れて気付かなかったが、車椅子のようなものがある。


「もしーやこれはあなーたのでしーたかー?」

「イリーナは家族だ。物扱いすんじゃねぇ」

「ハーッハハハ! 笑わせなーいでくださーい。ろくにしゃべれなーい。家族もいなーい。出身地もなーい。そーれはどーうぐのしょーうこでーしょう?」


 空は無言で拳銃を撃った。


「うぐっ」


 肩を押さえ、ネオン教授がうめき声を漏らす。


「イリーナは道具なんかじゃない。プレゼントをもらって喜ぶ可愛らしい女の子だ」

「ぐぅっふ」


 今度は足を撃つ。

 勲章なことだ。痛みに泣け叫んだとしてもおかしくはないというのに、うずくまるだけで耐えるとは。


「それをお前は汚した。本当なら今すぐにでも撃ち殺してやりたいよ」


 空はネオン教授の頭に照準を合わせた。引き金を引くだけで、彼の命は拭き消える。


「だけどきっとイリーナはその結末を望まない。だからお前はエイロネイアに連れて帰って裁いてもらう」


 だが、空は拳銃を下ろした。最低のクソ野郎だが、イリーナは信頼していた。感情に任せてやりたいのはやまやまだが、それでは彼女が納得できないだろう。

 正当に裁きを下す。イリーナにとっての最善は、空の私刑ではないはずだ。


「大丈夫かイリーナ」


 イリーナを抱きかかえて、近くの床に投げ捨てられていた服を彼女に着せていく。


「……ん?」

「そうだ空だ。助けに来た」


 あんな行為をしようとしていたのだ、やはりというか意識は混濁しているらしい。

 イリーナを安心させるために、空は強く抱きしめた。


「くふーふ。おもしろーいじょうだーんですねー?」


 拳銃を構えて振り返る。ネオン教授が自分の血で白衣を真っ赤に汚しながら車椅子に座っていた。


「どーうせわたーしたーちはシュテルンのどれーいでしかあーりませーん。わたーしもおまーえも、けーっきょくは道具に過ぎなーい!」


 車椅子のどこに隠れていたのか、背もたれの方からネオン教授の頭をすっぽりと覆うヘッドセットのようなものが現れた。


「今すぐ止めろ。じゃなければ殺す」

「やーってみてくださーい。もーうおそーいでーすがねー?」

「何?」


 突如として天井が崩れた。


「メルセデス――!」


 空は天井を吹き飛ばした原因であろう黒い機体に、苦虫を噛み潰したような顔になった。

 ゆっくりと降りてくる機体。空が覚えている限り、四人がかりで初めて倒せた機体。チートを撃墜するためだけに生まれた、チート殺しのチート機体。

 悪魔の名前はメルセデス。シュテルンが持つ戦力で、もっとも高性能を持つ機体だ。

 コクピットが開き、ネオン教授はけが人とは思えないほど滑らかな動作でコクピットに潜り込んでいった。空は拳銃を撃つが予想外の相手が登場して動揺しているのか、ネオン教授に当てることができない。


『よくもやーってくれまーしたねー。今度はこーっちのばーんでーす』

「伏せろ!」


 反射的にイリーナの頭を押さえて、ベッドの陰に隠れる。

 ガガガガガガガガッ!!

 毎秒何百発なのかも分からない鉛玉の嵐が、空たちの隠れているベッドを襲う。


「クソッ、大丈夫かイリーナ!」

「ん」

「そりゃよかった。だけどどうするかな」


 ネオン教授は特注品のベッドを使っていたようだ。鉛玉の嵐に削り取られながら、それでも空たちが会話する余裕を作っていた。

 しかし長くは持たないだろう。ベッドが消し炭となる前に策を考えなければならない。


『楽しそうね空』


 ネオン教授ではない通信と一緒に、ミサイルがメルセデス目掛け飛んでいく。

 メルセデスは垂直に飛び上がることで避ける。目標を見失ったミサイルは研究室を吹き飛ばした。空はイリーナを抱きしめて、爆発を必死に堪える。


「二人ともはよ乗って! タクシーぐらいには使えるはずや!」


 見覚えのある青い機体が、研究室だった場所に降り立つ。通信と一緒にコクピットが開き、予想していた青髪の少女が身を乗り出した。


「エン! シトラも!」


 この状況で最善の援軍の登場に、空は煤に汚れた顔で笑みを刻んだ。

 だが、喜んでばかりはいられない。空もイリーナも生身だ。戦闘機の戦いに巻き込まれれば、一秒と持たず肉片になってしまう。


『よく言ったわ空。確かにイリーナはアタシの大切な部下よ。少なくとも他人が好き勝手していい道具じゃない』


 エンの指示通り、蒼龍に乗り込む空とイリーナ。二人が乗り込むと同時に蒼龍のコクピットは閉じて浮き上がる。垂直発進ができるとか聞いていない。


「ほな行くで。しっかり掴まっててな」

「待てよエン! シトラが――」


 いくらシトラでも、一人でメルセデスの相手は難しいはずだ。


『アタシが足止めしてるから、さっさと戻ってきなさい』

「そういうこっちゃ。全員で潰すで」


 一人では勝てない。だが二人でも勝てるような相手ではない。

 四人揃わなければ、対信号機用機体であるメルセデスは倒せない。


『じゃーまをしなーいでくーださーい』

『黙りなさい三下。よくもアタシの部下で遊んでくれたわね』


 後方を見ていると、紅と黒が絡み合うように機銃を振り回していた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は明日午前8時更新予定です。

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