ネックレス
「んー」
「分かったって引っ張るなよ」
太陽の光が届かない地下に広がるデパートで、空はイリーナに袖を引っ張られていた。
イリーナが調整をしてから一か月が経った。調整のためにイリーナが一人で町に降りてからだ。決してネオン教授がステラの中で行った調整からではない。あれからまだ一週間も経っていないはずだ。
「そういえば、イリーナと二人で遊ぶのは初めてか」
「ん」
「はいはい。分かったよ。どこへでもついて行くから、服引っ張るなって」
イリーナにしっぽが生えていたら、間違いなく千切れんばかりに振られているだろう。想像したらあまりの可愛さに鼻の奥に鈍い痛みを感じた。ケモ耳とかしっぽは最高かもしれない。今度エン辺りに頼んでみよう。多分喜んでつけてくれる。
空は企んでいるとイリーナに睨まれた。そういえばイリーナは人の考えが読めるんだったか。
「体の調子は大丈夫か?」
「ん」
イリーナが小さく頷いた。どうやら今日は調子がいいようだ。
ステラ内部での調整をした結果、彼女は体調の不調を訴えていた。三か月以上一緒にいると分かるが、食事の量が減っていた。
健太郎やシトラも事態を重く見ているようだ。しばらくの間休養に専念するようにとイリーナに命令が出ている。今日だって、本当は空一人で町中を歩くつもりだった。
「何か食べるか?」
「んーん」
「じゃあゲーセンとか?」
「んーん」
「やべぇ、俺にはどうすればいいのか分からない」
イリーナが二度首を横に振っただけで、空の思いつく遊びは尽きてしまった。
元の世界だとゲームセンターかバイトしかしてなかったのだし、こちらの世界に来てからはシトラやエンが主導権を握っていた。同年代の女の子が喜ぶような場所なんて知るはずがなかった。
「ん」
「レパートリーが少ないって? うるさいな仕方ないだろ。あんまり経験ないんだから」
「ん?」
「ああ、シトラやエンが行先を決めて俺はついて行くだけだったからな。あんまり女の子を先導したことはない」
空は胸を張って答えた。あまり誇らしげにすることではない。
「んー」
「なんだか嬉しそうだな」
町に出ることがそんなに嬉しいんだろうか。
空が来るまでは一人で町を歩いていた。なら、誰かと一緒に遊ぶなんてこともなかったんだろう。
しかもイリーナには調整がある。仮に順番に遊びに出ていたとしたら、シトラやエンに比べて楽しめる回数は少なくなってしまう。
「んーん?」
「そんなことない? そうは見えないけど?」
「んっ」
「いって! 悪かったよしつこくて」
疑いの眼差しを向けていると、イリーナに叩かれた。
彼女は体格の割に力が強い。力加減が下手というわけではないだろうから愛情表現なんだろう。多分。
「んー……」
「ん? どうしたんだ?」
イリーナがジッと一か所に視線を集中していた。
なんだろう。気になることでもあったんだろうか。イリーナは空と見ている景色が違うから、注意しないと彼女の考えを見逃してしまう。
「ん? んーん」
「なんでもない? 嘘吐くなよ」
空はイリーナに掴まれたまま袖を引きずるようにして、イリーナが注視していた箇所に歩み寄ってみた。
イリーナは首を横に振りながら体重をかけて空を引っ張っているが、悲しいかな。イリーナとの体格差なら綱引きで空が負けることはない。
「おー、こりゃまた綺麗だな。欲しいのか?」
ショーケースに入っているネックレスは一輪の花のように目を引き付ける。店の外から見えるような位置に置いてあるし自信があるのだろう。確かにこれほどの存在感を放てるのなら、良い品であると一目でわかる。
バラのように重ねられた花弁の中央に黄色の宝石が輝いていた。バラといえば赤のイメージがあるが、この店では珍しく黄色で統一されているようだ。イリーナによく似合うだろう。
「うわっ、でも高いなこれ。給料ひと月分くらいはあるんじゃないか?」
「ん」
空が目を丸くすると、イリーナも肩を落としたまま頷いた。
ネックレスのすぐ下に値段が書いてあるが、丸が五個並んでいる。学生だったときは考えられなかった金額だ。払えと言われても死刑宣告にしか聞こえない。
空はイリーナに視線を向ける。彼女は肩を落としたまま俯いており、哀愁を漂わせている。本当に欲しかったようだ。
「――しゃあねぇな」
「んっ!?」
空はため息を吐いて、店内に入ろうとした。イリーナに先ほどとは比べものにならない力で引き留められた。
「あんだよ血相変えて。欲しいんだろ?」
「ん」
イリーナが一度頷く。
「じゃあ遠慮すんな。正直あんまり金使わないんだ。ただ飯だしゲーセンにも行けないし」
「ん……」
「でもじゃないんだよ。俺が買いたいんだ。イリーナは俺のわがままを聞いてくれないのか?」
「んーん」
今度はイリーナは首を横に振る。
空は優しくて聞き分けのいい少女の頭を撫でる。
買いたいというのは本心だ。イリーナに似合うかもと考えたのだから、実際につけている姿も見てみたい。
「じゃあいいんだ。ちょっと待っててくれ」
「ん」
店に入った空はネックレス購入のため店員に現金を渡してネックレスを受け取り、イリーナに購入したネックレスを手渡した。
彼女はネックレスの入った箱をそれはもう愛おしそうに撫で、大事に抱えて歩き出す。どうやら今すぐつけてはくれないようだ。まあ高価な買い物だったから、大事にしたい気持ちも分かる。
空はちょっと残念に思いながらイリーナの後を追った。
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