動機がない
「教授を信頼してもいいのだろうか」
空は甲板すみに陣取り、波の流れに視線を落としていた。
甲板は人目に付く。だから一人で悶々とするには適さない。それは分かっている。
だが新鮮な空気を吸えば思考もまとまりやすいし、青色しかない光景は雑念を追い出してくれる。
話したい人間だっていることだし。
「確かに俺は部外者だし、詳しい話をされても分からない」
出てくるのはネオン教授の言葉。
否定された。空のやきもきする気持ちも、イリーナを心配する気持ちも。
とっさに食って掛かったがよく考えればネオン教授の考えの方が正しい気がしてくる。
空はパイロットだ。シュテルンという意味の分からない相手と延々と戦ってきたし、これからも戦い続けるのだろう。
もしもエイロネイア以外の人間、例えば戦えないからと地下に隠れた連中にお前らのせいでシュテルンがくるんだ戦いをやめろと言われて、果たして平然としていられるだろうか。何も分かっていないと思ったりしないのだろうか。
きっとなるだろう。そしてネオン教授と空の関係も似たようなものだ。
「でも、それは俺が疑わない理由にはならないはずだ」
正しいのはネオン教授で空が間違っていたとしても、心配する気持ちは悪ではないはずだ。誰も調整方法を知らないのが悪い。
「よっ、なんだか久しぶりだな」
悶々と自己否定と肯定を繰り返していると、待っていた声が届いた。
振り返ると白髪の混じった茶髪でメガネをかけた男がいた。
「そうだな、昔は毎日のようにつるんでたのにな」
「今じゃお互い忙しくて話をする時間も取れない。ゲームなんて以ての外だ」
「大変だな」
「お互い様だ」
元々は同い年だったというのに、かたや白髪の増えた中年かたや十代後半の青春真っ盛りという年齢差ができてしまったのだから、人生何があるか分からない。
「なぁ健太郎」
「なんだ改まって」
「お前は教授を信じているんだよな?」
前にも似たようなことを聞いた気がするし、何なら答えも貰ったような気がする。
だが問わずにはいられなかった。答えが分かっていたとしても、一つでも多くの意見が欲しかった。
「もちろん。大切な仲間だ」
「でも言ってたよな。エイロネイアには裏切り者がいるって。教授がその裏切り者である可能性はないのか?」
これはあくまでも空の希望だ。ネオン教授が裏切り者であるという確証はないし、証拠もない。
そもそもネオン教授が裏切り者だとしたら、イリーナの身が危険すぎる。空にとっても最悪の可能性だ。
「動機がない。教授の胡散臭さは確かだし、外部の人間である以上目も届きにくい。だけど教授には裏切り者にはなれない」
「なんでだよ。お前の言い方だと裏切る可能性が高く聞こえるぞ」
裏切るための条件は揃っているように感じる。
「教授は自分の興味さえ追及できればいい。だから我々は協力を条件に教授の研究を手助けしている。中々の好待遇だぞ」
「それだけか? さすがに信用し過ぎじゃないか?」
協力しているから裏切られない。シトラならともかく健太郎までもがそんな楽観的な言い方をするとは思わなかった。
「スイを含め、何人か教授のおもちゃにさせた。もちろんエイロネイアに有用な方法でしか遊ばせてないがな」
「共感覚の薬か」
「ああそうだ。共感覚を与えると知ったのは実験が成功してからだったがな」
健太郎の顔を見る。表情はピクリとも動いておらず、真顔だった。
「お前、そんなもんにスイを……!」
空は怒りで体を震わせた。
健太郎の言い方からして、初めは共感覚が目的ではなかったのは間違いない。
つまりネオン教授は自分が楽しむために妹を追いかけてきたスイを利用し、未来永劫苦痛に苛まれる体にしたのだ。そして健太郎はネオン教授の所業を止めるどころか手助けした。
「希望したのは本人だ。俺はただ可能性を示しただけに過ぎない」
空の怒りにあてられても、健太郎は淡々としていた。
「健太郎、教授よりも何よりもお前も信頼していいんだよな?」
「当たり前だろ。俺たちは親友なんだぞ?」
「ああ、そうだったな」
怒りのあまり、そんなことも忘れていたよ。
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次回は今日午後6時更新予定です。




