任せても
『まーたシュテルンや。いい加減諦めてくれへんかな』
エンの通信が聞こえる。彼女の不機嫌そうな顔がすぐに想像できた。
三日ぶりにシュテルンが出た。空はようやく戦えると喜んだが、どうやら数は少ないらしい。といっても百は優に超えている。
空の感覚はかなり麻痺していた。百機以上の円盤を見ても少ないとしか感じなくなってしまった。
「そうも言ってられないだろ。アイツらどうもバカみたいだし」
『だべってないで集中しなさい』
エンの独り言に反応したらシトラに怒られた。
『ええやん。どうせ今回はイリーナに頼るつもりやねんやろ?』
『それでもよ。おしゃべりに夢中で落とされましたなんて笑い話にもならないじゃない』
『へぇーへぇー。分かりましたよ』
空の代わりにエンが軽口を叩き、やがて不貞腐れて適当な返事をした。
『イリーナ。任せてもいいかしら?』
『ん』
任せてと言わんばかりにエンジンの出力を上げて、黄色の流れ星が駆け出す。
まばたきをした刹那の間にもう機体は見えなくなった。レーダーに視線を落とすと黄龍を示す点が恐ろしい速度で円盤たちに向かって進んでいる。
「なんて速さだよ。よく平気でいられるな」
『まったくやな。ウチのミサイルよりも速いなんてどんな冗談や』
『アタシも操縦には自信があるけど、黄龍は乗りこなせないでしょうね』
自信家であるあのシトラでさえも些事を投げた、ただでさえ曲者ぞろいの信号機の中でも特に操作が難しい黄龍。
空も動きは頭に入っているが、真似しろと言われても不可能だ。まず間違いなく朝食のトーストをコクピット内にぶちまける。
空が想像しただけで気分を悪くしていると、前方に爆発が見えた。どうやらイリーナは既に戦果を上げたらしい。
最初は小さな爆発一つだったが、時間が経つにつれて数が増える。しかも爆発の規模が徐々に大きくなっているのも確認できた。
空は爆発の仕方に見覚えがあった。
「おいおい。俺の時短技まで真似するのかよ」
『さすが最高の才能やな。見ただけで覚えるなんて、ホントウチの立場があらへん』
空は開いた口がふさがらなかった。エンの声からして彼女もやれやれとばかりに重たいため息を吐いているのが分かる。
空の十八番、連鎖撃墜だ。
完璧にマスターしている空か、機体の有り余る火力でかろうじて似たような現象を起こすエンにしかできない破壊を、十二、三の少女が行っている。
なんだかプライドがへし折れた音がした。
『そんなこともないわ。イリーナも一人で練習していたみたいだし』
「どうしてそんなことが分かるんだ?」
『だって何度か鉢合わせたことがあるんだもの』
いかに天才集団の中でとびきりの偉才であるイリーナでも、見よう見まねというわけではなかったようだ。
空は救われた気がした。しかし、すぐにそれはないと気付いた。
「嘘だろ。俺は一度もなかったぞ」
空もそこそこシミュレーション室にこもっている。しかし練習に励むイリーナの姿は見たことがない。彼女を見かけるのは他のパイロットと戦っているときぐらいだ。
『シトラはクソ真面目やもん。暇さえあればシミュレーション室にこもっているような変態やで?』
『っるさいわね。別に空の真似をしようとか考えてないから』
「……あぁ。俺がいない間に練習してたのか。言ってくれれば手伝ってやったのに」
『誰が教わるもんですか。空にできるのならアタシにだってできるし!』
自ら墓穴を掘った少女に、空は呆れた顔をするしかなかった。
シトラは完全に意地になっている。彼女ならエンと同様即席でもそれなりの形にはできるだろう。しかし、それなりの出来でシトラは納得しない。
空は機体の性能差に関係なく、それこそ信号機に並ぶ高性能機からプロペラで飛ぶ前時代的な機体であろうとも、戦闘機を墜とせて相手が密集さえしていれば連鎖爆発が起こせるからだ。
自他ともに認める才気の持ち主であるシトラが、空の技量に気付いていないわけがなかった。一度の敗北で悔し涙をにじませる彼女が、純粋な技量の差を許せるはずがなかった。
『相変わらずの負けず嫌いやなぁ』
「なんだか安心するよ」
エンと空が同時にため息を吐いた。
エンも空も他者の長所を尊重する考えだ。
エンは攻撃に特化した性能上、誰かに守ってもらう必要があった。空はその経験上、信号機の面々には何度も苦汁を飲まされてきたからだ。
『ん』
イリーナから通信が入る。反射的にレーダーに視線を落とすと、黄龍以外の反応は既に消失していた。
『あ、ああ。終わった? 早かったわね。よくやったわ』
『ん』
シトラが功労者に労いの言葉を送る。イリーナもなんだか誇らしげだ。
それも当然だろう。今回はイリーナが全部墜としたのだ。鼻を高くしてくれないと空たちの立場がない。
『露骨に逃げおった』
エンの声はパイロット全員に届いたが、誰も反応を返さなかった。
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