興味ねぇ
「なんだか嬉しそうだな」
「ん?」
イリーナは首を傾げた。どうやら自覚してなかったようだ。
一昨日に続いて昨日もシュテルンは出てこなかった。
そう珍しいことではない。シュテルンだって都合があるのだろう。平和なのはいいことだ。
ただ体が鈍って仕方ないので、とりあえずステラを全力疾走した。もう指一つ動かせないぐらいまで疲労した空が倒れ伏したころ、イリーナに見つかってしまい介抱されていたというわけだ。
焦った表情を浮かべて水を取りに走ったりしてくれたイリーナには悪いことをしたと思っている。珍しいものが見れた。
「イリーナ、お前教授のこと知ってるのか?」
「ん」
イリーナが頷いた。
まあそりゃ知ってるよな。どうもパイロットたちにとって必要不可欠な人材らしいし。
「どんな奴なんだ?」
「んー?」
「懐疑的? まあそうだな。シトラとエンには既に話を聞いているし」
ろくな話じゃなかったけどな。
空は思ったが口には出さなかった。シトラたちと違い、イリーナは気付くのだろうが、事実なのだから仕方がない。
「ん?」
「じゃあなんで? そりゃあ色々な人に聞いた方が評価の正当性が増すだろ? 誰か一人だけだとその人の主観が混じっちゃうものだし」
「ん」
首を傾げたり頷いたりと忙しい奴だ。
空は顔の筋肉をピクリとも動かさずにコロコロと表情を変えるイリーナの姿に苦笑した。笑顔になればさぞ可愛らしいのだろう。
「だからせっかく二人に聞いたんだしイリーナの評価も聞いておきたいと思ってさ。別に他意があるわけじゃないんだ」
「んー……」
唸り声をあげて、イリーナは考え込む。
時折空をチラチラと見てくるのは、彼の機嫌を損ねぬよう彼女なりに気をつかおうとしてくれているからだろう。
俺のことは気にしなくていいから、正直な意見を教えてくれ。
空は意思を込めて彼女を見つめた。どうやら空の意図は読み取ってくれたようだ。イリーナが小さく肩を跳ねらせた。
「ん。んーん、ん」
「優秀な技術者で何度も助けてもらっている? それはどうしてだ? 関わりがあるのか?」
イリーナは基本的に言葉足らずというか、あまり説明が得意なタイプではない。
だから空から疑問を掘り下げなければ、欲しい情報は掴めない。彼女は全部を読めてしまうがゆえに、相手が求めている情報が何なのかを理解できないのだ。
「ん」
「教授の仕事はパイロットのケア? じゃあスイも世話になっているのはアイツなのか」
シトラが言っていた通りだ。パイロットのケアをしているのは、ネオン教授で間違いないらしい。
スイの言っていたドクターも間違いなくネオン教授だろう。ネオン教授がスイを薬漬けに変えたのだ。
「ん?」
「ああ、なんとなくな。スイも体調を崩すことが多いってのは前に来たときに教えてもらった」
シトラは持ち前の共感覚で気付いていたから、十中八九イリーナも気付いていただろう。
スイの共感覚が薬によって与えられた偽物であることを。
「ん?」
「スイが体調を崩したときに世話になる誰かがいるんだろう。そして教授がパイロットのケアをしているってのもさっき聞いた。合っているかはともかく、この二つの点を結び付けるのはそんなに難しくもないだろ?」
「ん」
イリーナが同意の頷きをくれた。
イリーナに肯定されただけで正しいと思えてくる。戦場でならともかく、観察眼なら彼女に勝る人間はいない。
「イリーナの調整も、教授が一枚噛んでいるのか?」
「ん」
イリーナが頷く。
新たな手掛かりを得られた。イリーナがスイと同じ目に遭っているのか分かる貴重な情報だ。あまり話をしたいとは思わないが、一度問い詰めなければならない。
「ん」
「空も助けてもらうべき? まあ確かに共感覚を与える薬? とやらを貰えるんだろうけどな」
息も大分整ってきた空は、立ち上がりイリーナの頭を撫でた。
イリーナは目を細めて空の手に意識を集中させる。こうしてみると小型のペットを飼っているみたいだ。人を噛むどころか投げ飛ばすようなペットだけど。
「興味ねぇよ。もともと俺は共感覚なんかなくたってお前らを落とせるんだ。これ以上強くなっちゃったら、イリーナたちに申し訳ないだろ?」
「ん」
イリーナの眉が一ミリぐらい動いた。擬音にすればカチンなのは間違いない。
「頭に来たか? しょうがないだろ事実なんだから」
「ん」
「いいぜ。勝負ならいつでも受けて立つ」
「ん」
「ちょっ受けて立つとは言ったけど。引っ張るなよ」
小柄な体格のどこに隠れていたんだと聞きたくなるぐらい強いイリーナの握力を、全身から疲労が抜けきっていない空は振りほどけなかった。
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次回は明日午前8時更新予定です。




