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 シミュレーションとはいえ単独で六桁という途方もない数を撃墜した空は、二日連続で遊ぶ気にもなれなかったのでステラ内部を当てもなく徘徊していた。


「エン、どうしたんだ?」

「空こそ何しとるん? 暇なん?」


 ふらふらと歩いていると両手で抱きかかえるようにして大量の菓子袋を運んでいるエンに遭遇した。適当に歩いていたから自分のいる位置を見失っていた空だが、どうやら食堂の近くのようだ。


「まあ出撃もないしな。暇してるのは確かだよ」

「ウチは訓練や。と言っても、気晴らしやけど」


 自室に持ち帰るかシミュレーション室に運んでいる最中だとふんでいたが、どうやら後者だったらしい。


「ウチはな、教授のことをよく思ってへんねんよ」

「分かる。何となく嫌な雰囲気あるよな」


 そのことについては昨日シトラと話し合った。まあエンに言えるわけがないが。

 シトラと一日中二人きりでいたなんて話をすれば、じゃあウチも夜通し二人で楽しみたいと言いかねない。


「雰囲気、ね。まあ空は共感覚を持ってへんし、それぐらいしか分からへんのか」

「あん?」

「覚えとるか? ウチの共感覚は音に色を感じるんやけど」


 一人で菓子袋を運んでいるエンの手伝いをするべきだろう。空も何度かシミュレーション室に置かれた彼女の貯蔵庫から拝借してきたのだし。もちろん本人了承の上でだ。

 話を始めたエンの横に並び、空は大量の菓子袋の内今にも落ちそうなものをいくつか選んで引っこ抜いた。危ういバランスだったからか、菓子袋が引っ掛かって二つの大きな果実が自己主張した。ありがとうございます。


「ああ、そうだったな。俺にはその感覚が理解できないけど」

「知っとうよ。本心やいうのも何となく分かる」


 バランスを整えるために菓子袋の山を抱えなおすエン。何がとは言わないがぶるんと揺れた。


「教授の声はな、色があらへんのよ」

「色が、ない? 良いことじゃないのか?」

「良いわけあらへん。他のすべてに色があるんやで?」


 あるんやでと言われても。

 共感覚を持たない空は困惑した。しかし指摘しなかった。何故なら大人だからである。

 まあ単純に、超絶自信家のシトラや言語を放り投げたイリーナと比べたら気にならないというだけだが。


「誰かの声も何かの機械音でも物が落ちる音でさえ関係なくあるものが、教授にはないんや。共感覚のない空に言っても難しいとは思うんやけどな」

「何となく分かるよ。異常事態だってことぐらいは」


 空でも分かる例えるなら、一切の物音がないようなものだろう。

 確かに声は聞こえている。言葉でのやり取りも可能だ。しかし足音や呼吸音、服の擦れる音は一切聞こえない。最初は気にならないかもしれない。しかし違和感はやがて大きくなっていくだろう。どれだけ肩で息しようとも不機嫌な足取りであろうともどれだけ激しく動き回ろうとも、一切音がしないというのは異常としか言いようがない。

 エンはそんな違和感をずっと感じてきた。よく思えないのも仕方がない。


「まあそれでもええよ。だから教授には近付きたくあらへんねん。ウチにとって色のない音ほど気持ち悪いものはあらへんのやから」

「でも腕はいいんだろ?」

「ああ、せやな。だから余計と気持ち悪いねん。何考えとるかまるで分からへん」


 いつも通り活発な笑みを浮かべながら首を横に振る彼女は、本心からネオン教授を嫌っているんだろう。

 スイとのいざこざに比べればまだ笑えるだけマシだとは思うが、多分かかわりが薄いのも要因の一つだと思う。シトラと同じ天然ものの共感覚を持っているエンなら、調整とも無縁だ。


「それに、よくない噂も聞くし」

「噂?」

「なんでも、色々とヤバい薬品を作っとるらしいで。人体実験もしてる、なんて話も聞くな」


 そりゃあスイの薬を作っているし。

 空はほとんど反射で出てきそうになった言葉を慌てて呑み込んだ。


「そうか。そりゃあ背後見せないように気を付けないとな」

「空はさっそく目を付けられ取ったみたいやし、本当に気を付けなアカンで?」

「分かったよ。忠告ありがとな」


 話をしているうちにシミュレーション室に着いた。もう手伝いはいらないだろうから、持っていた菓子袋をエンに返した。おわととっなんて言いながら増えた菓子袋のバランスを取る彼女からは、助けなんていらなかったという余裕が感じられた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は今日午後6時更新予定です。

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