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ひどいこと

「やっちまった……」


 空は壁に背を預け、頭を抱えるようにしてうずくまっていた。

 廃棄すら忘れられ、よれよれとなった段ボールの山。大型空母の忘れ去られた一角。どこぞの勝気な少女が気を紛らわせるために利用する行き当たり。

 誰も来ないであろう場所で空は一人頭を抱えていた。


「どうしたのよ空。そこアタシのお気に入りの場所なんだけど」


 訂正。誰も来ないわけではないようだ。

 空が顔を上げると腕を組んでいる金髪ツインテの美少女がいた。眉間には深いしわができており、不機嫌なのは明らかだ。


「俺のお気に入りの場所が実はあまりよくないって分かってな」


 本来のお気に入りの場所は甲板のすみ。海と青空を一望できる場所で風を感じながら物思いにふけていた。しかしエンのおかげで人目につくと気付いてからは一度も行っていない。

 空は思春期真っ盛りの男子高校生だ。あまり人目につくようなところは好ましくない。悩みを抱えているならなおさらだ。


「ふぅん。それで何をやってしまったの?」

「聞いてたのか」

「そりゃああんなに大きな独り言が聞こえてくればね」


 やれやれと首を横に振ってシトラは呆れた表情を浮かべる。

 一瞬、本当に一瞬だけイラっとした。だけど悩んでいるのは事実であり、シトラなら相談する価値があると思ったので苛立ちは飲み込んだ。

 勝気だし自信過剰だし何かと残念な彼女だが、空の上司でもある。信頼はしていた。


「イリーナにひどいことを言っちまった」


 シトラが怪訝そうに顔をしかめる。


「喋れと、言葉にしろと、言ってしまった」


 イリーナが何かを言葉にしたことはない。吐息交じりの単語しか聞いたことがなかった。

 彼女の強い共感覚のおかげで意思の疎通は問題ない。だから彼女が喋らない理由も今まで気にしなかった。何か事情がありそうなのは健太郎から聞いていた。


「それはひどいわね。出会ってすぐならまだしも、イリーナが喋れないのは知っているでしょう?」

「ああ。だから今絶賛反省中ってわけだ」

「なるほどね。まあ、反省もときには大切ではあるけれど」


 よっこいしょと少々おじさんくさく、シトラは腰を落とした。


「おいどうして隣に座る?」

「前にもあったわねこういうの。あのときは空が無理やり座ったんだっけ?」


 そういえばそんなこともあった気がする。今思えば無謀なことをしたものだ。

 いくら放っておけなくなったからと言って、自分を毛嫌いしている人間を励まそうとしたのだ。この世界に来るまでは考えもしなかった。


「イリーナが喋れない理由って聞いた?」

「いや、聞いていない」

「そう。本当は本人から話をするのが一番いいんでしょうけど、まあいいわ」


 シトラがまっすぐな視線で見つめてきた。宝石と見間違う二つの碧眼に空も視線を逸らせなくなる。


「イリーナが喋れないのは彼女の共感覚が原因なの」

「共感覚が? そんな危険なものなのか?」


 例えばスイのように苦痛に耐えているとか。


「違うわ。共感覚そのものに危険性はまったくない。イリーナの共感覚が特殊かつ強いことが問題なの」

「イリーナの共感覚? 確か人のオーラが見えるとかなんとか」

「ええそうよ。感情とか人柄とか、そういうものが全部見えるんですって」


 どこか他人事のように聞こえるのは、空が共感覚を持っていないからだろう。

 イリーナと、そしてシトラとも見えている景色が違う。空では知りえない世界に彼女たちは常に身を置いている。

 共感覚なんて大した名だ。他人に理解されないのに何を共有するのか。


「想像してみるといいわ。見るだけで相手が何を考えているか分かって、しかも相手がどういう人間なのか瞬時に分かってしまうの」

「それは……大変だろうな」

「ええ、言語障害が出るぐらいにね」


 シトラもイリーナと同じ共感覚を持っているわけではない。だが空のようにまったく想像できないわけでもない。

 だからだろう。シトラはやりきれない表情を浮かべていた。いつも強気な彼女には珍しい顔だ。


「何も言う必要はなく、何も理解される必要もなく、言葉すらいらない」


 理解されなくても一方的に理解してしまう。できてしまう。

 行動で示せば相手がどう思うのか、文字通り目にできるのだ。いつしか会話の必要性を感じなくなったとしても、不思議ではないのかもしれない。


「人の本性は一瞥で見抜けるし、善人悪人の区別だって勝手にしてしまう。人間不信になるなんてレベルじゃないわ」


 相手が望んでいることが分かるということは、相手が何を嫌うのか分かってしまうということだ。

 誰だって嫌いな人間がいるだろう。笑って接しているが、内心では話しかけるなと思う相手だっているだろう。

 イリーナはそれがすべて分かってしまう。しかも彼女は超がつくほどの美少女だ。空では想像できない感情に晒された経験も少なくないだろう。


「そう、だな。テレパシーってだけで頭おかしくなるって話だし」

「テレパシー能力の知り合いでもいるわけ?」

「いや、漫画で見ただけだ」

「あそ」


 すごく短く、シトラは言葉を切った。心なしか呆れられてるような気がする。


「ま、だから謝るなら早くした方がいいわよ。イリーナに嫌われたくないならね」

「分かってるよ。悩むぐらいなら行動した方がいいってことぐらいは」


 立ち上がってスカートを軽く払っているシトラ。空も彼女にならって立ち上がる。

 座り込んでいたところで問題は解決しない。それどころか悪化するだけだ。

 足が重くても歩かなければ意味がない。


「ところで、お前は何に悩んでいるんだ?」

「はぁっ?」


 急に何を言ってるんだお前は。

 シトラの顔に書いてある文字がはっきりと見えた。


「だってお前がここにいるってことは考え事がしたいときだろ? 相談なら乗るぜ?」

「いいわよ。それに悩みの種に言っても解決しないわけだし」

「あんだって?」

「何でもない!」


 シトラが足早で歩き出すから、空は急いで彼女の後を追った。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は今日午後12時更新予定です。

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